表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

4 『私の名前は』

 「私が要領の得ない質問しても意味ないから、知ってること全部言ってくれると助かるなぁ……」


 「わ、分かりましたっ!」


 何故かこいつには優しくしようという感情が異常に湧かない。でも、謎に心に働きかけてくるその心情を押さえ込んで、出来る限り柔らかく対話を試みる。


 「あなたは、私が喚びました」


 「私がここにいる理由知ってるじゃんっ??!」


 「ヒッ……ごめんなさい、話聞いてなかった」


 「こいつ……」


 密かに再燃し始める私の殺意。


 ……まあいいや。めんどくさいし。

 そんな風に頭の中で片付けた私は、話の進展を望んでとりあえずその会話は横流しにする。


 「仕方ないし話は聞くよ。夢の一つでもゆっくり出来るならゆっくりしたいし」


 「怠惰だなぁ……」


 「そうね、うん、まあそれは認めるけど……で、喚んだって?」


 柔らかく肯定しつつ、本格的に切り込む。話を聞くのは好きだが、つまらない話は眠くなるので好きではない。


 「んん……取り敢えず自己紹介から」


 姿勢を正す相手。一口紅茶を口に運ぶと、その白髪を揺らしながら優しげな顔に笑みを浮かべ、口を開いた。


 「初めまして。僕は、ここ……『ドラナエグの境界』──の番人、オルトだ」


 「ドラナエグ……」


 口の中で復唱するも、よく分からない。まあそれを解するのは後回し。相手が名乗ったんだし、と口を開く。


 「私は……私の名前は……」


 「……………」


 ──なんだっけ。


 そう認識した途端だった。筆舌に尽くしがたい"何か"が私を襲った。


 「ぁっ…、ぐ……ッ、」


 痛みだった。

 耐え難い、痛み。今までに経験した事のある痛みを全て掻き回したかのような痛みが頭を襲い、体を襲い、そしてそれを"痛み"、だと認識した途端、それが鮮明になって吐き気を催す──。


 声にならない声を捻り出しながら、必死に耐える。信じられない程の痛みは、夢とするには酷く重く、現実と言うにはあまりにも別次元のそれだった。

 必死に息を吸い、言葉を紡ぐ。


 「な、ぁ…っ、」


 「落ち着いて。……うーん、上手く行かないなぁ……。まぁ、取り敢えずこれ、飲んだらおさまるよ」


 紅茶を指指すオルト。相変わらずニコニコと笑みを浮かべていて、そこで初めて、ゾッとした感覚が背筋をつつ、と登った。


 オルトから感じられる寒気か、先程から感じられる痛みからくる寒気か、混ざりあって分からなくなる。気味の悪い感覚に、吐き気を懸命に抑えながら紅茶に手を伸ばした。


 「……ん、く……」


 それが喉を通ると、痛みが引いていく。その液体に苦痛が吸われているかのように、全身が安泰を示してくれる。

 私自身といえば、あまりの突然の出来事にオルトに何かを言う気すら起きなかった。ただ、暫くそこに黙り込んで伏せていた。


 なんなんだ? これは、一体、何が起きたの? そんな言葉もしかし、私は一人でこれを考えるだけ無駄だと分かっている。


 「落ち着いた?」


 恨み言の一つでも吐いてやりたいが、取り敢えず頷いておく。私は争い事が面倒で嫌いだ。

 私が強ければ争い事も好きになれたかもしれないが、私は負けると分かっている争い事に興味を持つ程無駄が好きでもない。私は貧弱で、頭も利口に働く事も無い。

 ただ、少し日常の変化として争い事は好きだったし、物事の変遷は私の退屈を癒してくれる。そういう視点で見れば、自分の関わらない争い事は好きだったのかもしれない。どう見てもクズとしか言いようがないが、私がそれは一番分かっていた。


 そうして思考を回し、先程の苦痛を紛らわせ、そして落ち着きを取り戻す。卑下で落ち着くのも何だが、本質は脳内での考え事を必要としているだけなので別に傷付くのが好きな訳ではない。


 「落ち着いた? じゃなくて、簡潔に説明が欲しいわ。夢じゃないって説明をするつもりだったんなら、とてもわかりやすいけど」


 皮肉を込めつつ、調子を崩さないように遠回しながら質問をする。

 オルトは困ったように笑いながら、


 「本当に困っちゃうよね、なんか、こういう所でやる、不思議な謎掛けとか、正体不明の読みにくい人物……なんての考えちゃうけど、君らの前ではそんなの出来ないや」


 と呟いてから、ポットを掴むと私のカップに紅茶を注ぎ始めた。匂いも何もしないが、何故か飲みたくなる。私にはその感覚が気持ち悪くて仕方無かった。


 「説明、といっても、少しややこしくてね。じゃあ最初に僕の話をゆっくり聞いてよ」


 体が凝ってきた。姿勢を正しながら、それで肯定を示す。

 体の凝りなんて、夢ならば妙にリアルだな、なんて感じられるのだろうが、夢ではないと文字通り身をもってして体感した。これで夢なら私は病院に行く。


 「ここは、さっきも言った通り、『ドラナエグの境界』。こんな風景をしているけれど、ここに住む番人の心持ちで幾らでも変わる。……前代の番人も、海が好きだった」


 オルトはゆっくりと手を膝の上に起きながら喋り始めた。


 「番人は、その名の通りここを守る存在だよ。明確には、君の知る人間では無い。ドラナエグは、今は僕の事。僕が管理する境界だから、ドラナエグの境界」


 「境界というと、何かを分け隔てる存在だ。だからここにも当然その役割がある。ここの場合は、世界と世界を分けるものだ」


 口は挟まない。

 順序を踏もうとしている相手に口を挟むのはやりにくくなってしまう。度々質問をしても良いが、私はその大量の情報から拾える質問が多すぎて、とりあえずは何も挟まない事にした。


 「僕の役割は、この境界を不用意に超える者が出ないように、そして境界がその役割を保ち続けるように、ここを保護し、管理し、そして監視するものだ。そして君は、僕の力で世界から引っ張られて、この境界に飛び込んだ」


 唇を噛む。なんというか、悪質だ。話し方からして、私をおびき寄せたのは意図があったのだろう。

 私の感情が先方にも伝わったのか、柔らかく微笑むとオルトは目を細める。


 「おっと、語弊があるね、君と……もう一人だ」


 「もう……一人?」


 もう一人? 他にも犠牲者が居るのか? それは、何処にいるのだ? 一体誰なのだ?


 「知りたいかい?」


 「はぁ……その言い方で嫌な結果じゃなかったことが無いんだけど」


 嫌な予感をそのままに告げる。


 「それは残念だ。でも、君にとってとても嬉しい知らせのはずだよ」


 「……?」


 嬉しい? 私にとって、喜ばしい事だということか? もう一人の犠牲者が、私にとって喜ばしい結果になるのであれば、オルトが言いたいのは……。


 「私の、知り合い?」


 「大正解! 良かったね、君のお仲間で!」


 オルトの笑みは、純粋で、無邪気だった。価値観が何処か、ズレているような感覚がした。ここに呼ばれるのがいい事だとは私には思えなかった。

 私自身、不安は少し無くなるだろうが、その一緒に呼ばれた人のことを考えればとてもとても、いい事だとは思えない。だけど、私は踏み出す。怯んでいては、何も始まらない。


 「教えて」


 「勿論! 君の言う……幼馴染、って奴かな」


 「……は?」


 二つ返事で了承しすぐさま答えを出したオルト。その答えは、私の予想の斜め上だった。


 私にとってのあいつは、とても微妙な立ち位置だった。私はあいつを正直扱いにくいものとして見ている。好きだけど、遠い背中。私は正直、彼の心が読めなくて怯えていた。


 だから、何処か心の底では敬遠していた。知り合いと言われて思い浮かぶのは、在り来りなものとして、家族とか、それこそ親友のみきちゃんとか、クラスの名前を覚えている限りの人物だ。知り合いとしか言われていないから範囲は広いだろうが、幼馴染、という返答は、ある意味遠すぎて、そして近すぎるもので。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ