5 『ちょっと死ぬだけ』
いや、大きいだけでは無い。蛇だって、その身に纏う魔力壁の気配を周囲に漂わせているし、鱗は一つ一つをじっと見れば装飾品のように煌びやかで美しかった。
他の普通サイズの蛇はそれを小さくしただけのようなものだったが、その恐ろしさの中に輝かしきもあった。
ムカデはおぞましいとしか言いようがない。色合いが腐ったシチューのような、紫の体躯に濁った白い斑点が散りばめられている。
ムカデは元がおぞましいのだ。私の感性でしかないが、セレナの反応を見るにやはりムカデは一線を画しているようにも見える。
「ナナツキさん? あのッ、ナナツキさんッ!?」
ムカデが私の前で立ち止まると、その上半身を持ち上げて私の頭上から上半身を接近させてきた。動かずに待っていると、その顔が私の目の前に迫る。
「あのッ、ナナツキさんッ」
「大丈夫大丈夫、最悪、ちょっと死ぬだけ……」
「死ぬのはゼロか百かしかありませんッッ」
その通りだ。
__だが、ムカデは何もしてこなかった。
ただ、私の匂いを嗅ぐように身体に顔を擦り付け、そして離れて行っただけだ。
しかし、あの熊のように去る事はせず、その場でクルクルと私達を囲うように回り始めた。
……どうしよう。
私はセレナをしまうことこそしなかったが、それでも、この意味のわからない状況に偏りを入れてしまうのが怖かった。
何も分からない。力もない。出来るのは、少しの抵抗くらい。いや、抵抗すら出来ないかもしれない。
__ならば。
「ちょ、ナナツキさん!? 仕舞わないで!?」
私はセレナを鞘に収めた。
「なにか来たらどうするんですか!? いや、というか、今襲われたら__」
「今は、まだ、襲われてない。もしこれが友好も敵対も差し引きゼロの状態なら、下手に敵対の意志を見せる、いや、そう見られて崩すのは好ましくない」
「で、でも……そうだけど……」
保険だ。小さな、保険。だが、大切な保険でもある。私の冷静さが伝染したのか、セレナが少しづつ落ち着いていくのが感じられる。まだ不安はあるようだが、私の決定だ。責任は私にしか帰ってこない。
そこで、先程止めていた思考を思い出す。
「そうだ、シグレは……」
友好を示せば、近付いてくると行っていた。敵対であれば、離れると。
だが、友好は危険だとしたのもシグレだ。魔物の中には、近付くだけで危険なものも__あると。
違和感に流されるまま、私はセレナに問う。
「セレナ」
「はいっ」
「あのさ、この子達は、敵対してると思う?」
黙り込むセレナ。暫しの沈黙の中で、セレナが考えているのが何となくわかる。
「……それは、分かりません。でも、この森には、近付いただけで害があるような瘴気を纏う魔物は__居ません。それは、更に上位の魔物に限るでしょう。ただ……言えるのは、敵対しているのであれば、間違いなく襲ってくる、ということでしょうか」
カタカタと揺れる。更に言葉を慎重に紡ぐセレナの柄を、そっと撫でた。
「姉様は沢山知識を下さいました。この森には下位の下位、Fから、強くてもCの魔物しか出ないはずです。Cの魔物だって、殆ど出ないと思って大丈夫な筈です」
魔物は倒すのに掛かる手間と苦労によって、冒険者のランクと同じように格付けがされている。L、SS、S、A、と続き__Fまである。
FからCなど、初心者向けだろう。
「ナナツキ、さん、でも、この森は、難易度が高いのです。魔力濃度について、低いとも、高いとも、言えません。この森は、魔力濃度が不安定で、場所によって濃度も変わってしまう。濃度が不安定な分、魔物は周囲を把握するための知覚を嗅覚に寄せる。魔物は、魔力を視て、周囲を見るから。嗅覚が鋭いと__人が見つかりやすい」
「魔力濃度が不安定だから、出てくる魔物のランク帯も不安定。一件低いように見えるけど、ここまでランク帯が広いのにも関わらず、魔物の数が安定__寧ろ多いくらいなのは、きっと魔物同士の連携が取れているから。こうなってくると、Cの冒険者でも厳しいダンジョンなのです。だから、このダンジョンの、ギルドの評価は、Bランクなのです」
そこまで言うと、黙り込んでしまったセレナ。
成程、と納得する余裕はあまり無かった。謎が多すぎる。
シグレは、ここが危険ではないと言っていた。私がそれを鵜呑みにしたのは、付けていた知識がもっと広い範囲__冒険者や武器のシステム、この世界の常識等だったからだ。
シグレはそれを知っていただろう。だからこそ、あの嘘を流すように出せた。
シグレは私に、魔力濃度が低いと言ったばかりか、ランク帯が広く、連携が取れている事からくる危険性も教えてくれなかった。近付いたら危険だとか、敵対したら逃げていくだとか、それら全て__嘘であったのか。
「エリアール森林。この街で、初心者の難関と言われる場所です。ここの依頼をこなせば、大体初心者は脱せると」