1 『まず』
初めまして。多分投稿頻度遅いです。
幼馴染と聞くと、どんなイメージが思い浮かぶだろうか。少女漫画にあるようなドキドキ恋の予感? 少なくとも私はそうだった。
ゲームみたいに、毎朝起こしてくれる可愛い女の子? やはりこれも、私は思い浮かぶだろう。
だが、現実は残酷である。これらは全て──幻想だ。
早々に目切りを付けるのもどうかと思うが、これが真実。その真実に今更直面する事になる私は、殊更バカなのだ。
「はぁ…………」
「ナナツキさん、そんなどんよりした雰囲気出さないでください。冒険者さんのサンチマンタリスムに影響します、皆さん、帰ってくじゃないですか」
他の人の感傷癖なんて私の知ったことじゃあない……と言いたいところだが、営業妨害もいい所なので仕方なく立ち上がり、カウンターに入る。
「流れるように入らないで下さい?」
「もうダメ……シグレ、私もう、だめ……」
「凭れ掛からないで下さい。異性との距離感バグってませんか?」
ここはギルドと呼ばれる場所。何? 分からない? なら、皆の想像するハローワークに近いものだと思って良い。
そしてこの人はその職員の一人、シグレ。
仕事を斡旋したり、その他様々な物を買い取ったりする場所──ギルドに登録し、そして利用する人は一般的に冒険者と呼ばれるらしい。
まあ、仕事は多岐に渡るし遠征も珍しい事ではないので、まだ謎の多いこの世界ではそれこそ冒険する者、冒険者と呼ばれるのも分かる。
そして私はこの世界にいつの間にか放り出されていた、可哀想な女の子。
シグレは、私と同い歳なのにもう働いていた。この世界ではそういうこともあるのだろう。暮らし模様も違うし、皆が皆満足に暮らせている訳では無い。
高校生の私は(といっても、大人でも途方に暮れていただろうが)この世界に突然放り出されどうすることも出来ずに路頭に迷っていた。それを拾ってくれたのがシグレである。
分かったような口を聞くのも烏滸がましいが、こんなご時世。他者に気を使っている暇もないこの世界のこんな時代に私に手を差し出してくれる人が居るなんて奇跡だし、こんな事を言うのもなんだがお人好しすぎる。
この世界には多種多様の種族も居て、魔法とやらも存在しているらしい。見たことは無いのだけれど。
魔法を見たことも使ったこともない、この世界では珍しい黒髪の女の子。厄介事の匂いはピンピンするので、この世界の住人は危機管理能力が高いらしく誰も私に近寄ろうともしなかった。寧ろ避けて通っていた。死にたい。
というかこんな事言うのもなんなんだけど、冒険者っていわばフリーターみたいなもんじゃないの? 違いはなんなの? ギルドはハローワークみたいな認識で進んじゃうけどいいの?
そんな疑問はシグレが解決してくれた。
曰く、冒険者といっても様々な区分に分けられる。
曰く、それぞれ特化した才能が必要である。
曰く、専門の知識が必要である。
要は努力しろ、才能があるやつがやれ、って事なのだが、仕事がない人はここに結局流れ着き、そして、最終的に才能が無かったり努力を怠ると、直ぐに死ぬ。
冒険者歴が長ければ長い程生存確率は伸び、そして私は仕事も何も無いのに冒険者になるのを躊躇っていた。
一般人には出来ない依頼を斡旋するのだ。つまる所、一般人で才能のない私には出来ることは無く、今冒険者になっても何も出来ない上に費用が嵩む。
「シグレ、私はこれからどうすれば……」
「全く……暫くは置いておいてあげますから、落ち着いて下さい。ね?」
シグレは緑髪の男の子で、なんの種族か知らないが歯がギザギザだった。きっちりとした顔とその瞳は、今まで生きるのに相当便利だったろう。その色気は尋常では無く、引き寄せられるかのようだった。
どうすれば、なんていうのは私の仕事の未来のことを言っているわけではなかった。
「違う、違うの、ああもう、シュトルツの事!」
「シュトルツさん、ですか……」
シュトルツ。私の幼馴染で、私と一緒にここに飛ばされた被害者。
そして私の、最大の悩みの種でもある。
「あいつ行動力高すぎでしょ!? なんで! もう! ダンジョンに! 向かってるの!?」
無口、無表情、心は読めず、そんな会話が続かない性質持ちなのに非常にモテる上、シグレとは違う意味で色気がある。シグレは柔らかく包み込むような優しい色気だが、あいつは一気に心臓を貫かれて持ってかれるような攻撃的な色気だ。
彼奴は私と違ってここに飛ばされた当初から落ち着きを払っていて、混乱して泣き出しそうだった私はとても悔しかった。あいつもあいつで頭おかしい。
ともあれ、そんな落ち着きのある態度が私を引っ張って私の今の冷静さを保っているのかもしれないが。
「ナナツキさん達がここに来たのが、五日前ですもんね」
なんでこいつはこんなに落ち着いてるのか理解出来ないが、そうなのだ。私達がここに飛ばされたのが五日前で、あいつがダンジョンと呼ばれる場所に向かったのが一日前。
ダンジョンの定義はかなり曖昧だが、簡単に言えば魔物の出現率が高い場所がそう呼ばれることが多く、特別な物質や生物、宝具がある場所もそう呼ばれる。
ダンジョン認定される場所は大抵一般人には行くのは推奨されないし、行くべきではないという表明の一つとしてダンジョンとも呼ばれているのだ。
それが、一般人どころか危険の殆ど無い環境で育って来た私達が行くなんて、自殺行為も甚だしい。確かにシュトルツは体格もそれなりに良いし体育の成績だって上位だったが、そういう事ではない。
「あいつ、一人で勝手に行っちゃうし……」
「まあまあ、落ち着きましょう。彼が行った場所はあまり危険ではありませんよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。あまり行く人は居ませんが……」
それなら良いのだが、あまり行く人が居ないという部分に何か感じる。顔をしかめる私にシグレは口角を釣り上げ、ギザギザの歯を少し出して笑う。
「ええと、それの詳細って」
「さて、ナナツキさん、先ずは前々からお話していた住居提供及び食事、その他の費用についてですが」
「! まって、それよりも先にそのダンジョンについて……」
「ええ、勿論お話が終わったらお話致しますよ」
ああクソ、こいつ、そういえばとんでもない守銭奴なんだったか。嵌められた? 話の流れすらももしかしたら操られていたのかもしれない。
もしかしたら、私がシュトルツのやつの事を好きなのも、バレているかもしれない。だからこそ今引き合いに出した可能性すらある。
元から住まわせて貰っている費用については話し合いをしていた。そのうちその分のお金も返すし、上乗せもすると。だが、今引き合いに出したのは何か、意図を感じる。
溜息をつきながら、私は話を聞くべく口を閉じた。
嫌な予感がする。シグレの笑みは不気味で、海の底の暗い蒼を思い起こさせる。
「ナナツキさん」
「は、はい」
ああ、私何もやりたくないのに。いや、でも案外シグレは優しかったりするかもしれない。うん、シグレの事だ、薬草取ってきてくれませんか? とかで済むかもしれない。
そうだ、最悪シュトルツを頼れば良いのだ。シュトルツは冒険者登録を速攻で済ませて既にああしてダンジョンに向かっている。つまるところ、私の分も少しだけ働いて貰おう、という魂胆だ。
大丈夫、いつか返せばきっと大丈夫だし、シグレだって才能も持ち物も全くない上に非力な私に非道な命令はしないだろう。
でも、良く考えれば案外そうかもしれない。
シグレは私が何も持ってない上訳ありなのを察しているし、手の綺麗さから戦いなんてしたことも無い事も分かってくれた。
そんな私を戦いの場にぶち込むなんて事は普通にしないはずだし、よくよく考えてみればそれで私を簡単に使い潰したところでなんの意味もないのだ。
単純に悪意があるなら別だが、この守銭奴は私を最後まで徹底的に使っていくだろう。死ねばいいのに。
いやいや待て私、一応拾ってくれた命の恩人だ、どんなに酷い行いを受けても感謝の心は忘れてはならない。
そうだ、いつでも冷静に。クール。
「貴方にはまず……」
「まず……?」
そうだ、冷静に。こなせないものを押し付けるわけが無い。
私は笑みを浮かべて続きを待った。
「ダンジョンに行ってもらいます」
私は死んだ。
死ね。