滅亡なんて、あっという間
私は無我夢中で森を駆けていた。
舗装された道なんてないし、目印もないけれど、ただひたすらに山を下りていく形で走った。
すっかり、朝焼けの空模様になった頃。私は忌々しい『セレス王国』に戻って来た。
はあ、と溜息を漏らした。
衣服や紙は草木にまみれ、足元は泥で汚れ……だけど、山のふもとにあった田舎町から気配を感じたのに安堵する。
滅ぼす――なんて言ったけど、全部をやった訳じゃないんだと。
罪もない人々は厄災から逃れたのだと思った。
思っていた。
私が気配と思っていたのは、普通の気配じゃなかった。
川のせせらぎが嗤っていた
家畜の鳴き声が嗤っていた。
草花が風でこすれる音すら嗤っていた。
私の表現はいまいち理解されないでしょうね。でも、そうだったの。
そこらにあるもの全てから嗤い声が聞こえる。
全身にざわめきを覚え、ゆっくりと町を散策していた私に、作業をしていた農家の老人が気さくに話しかけて来た。
「おや。随分と時間がかかったじゃあないか。やはり運動していない成人女性の体力は、そんなものか」
「……なッ!?」
老人のニタニタ顔でわかった。
あの屑神だ。
私は不安を打ち消したい想いで叫ぶ。
「あ、アナタ、どういうこと!? その人の体を乗っ取ったの!? それとも人間に化けて、私を茶化しにきた訳!?」
「何もかも違うね。最初から私だよ」
「……は?」
「まあ、多少差異はあるが簡単にいうと人類は総じて私さ。人類だけでなく、動植物や現象や法則など私であるものは数多くある。私ではないものが、全宇宙でも数える程しかないだけの事だ。私はそれほどありふれた概念なのだよ」
何を言っているの……
コイツが言っている事をわかりたくない。
概念?
全てがそうだった??
じゃあ、それってつまり……私が我に返ると、同じような笑みを貼り付けた町の人々に囲まれていた。
老若男女。身分も構わず誰も彼も同じだった。
犬も吠えずに嗤ってる。
猫も嗤ってる。
鳥も、虫も、魚さえも嗤ってる。
滅ぼす……国を滅ぼすどころか……こんなの。
向こうには、私に婚約破棄を突きつけた王太子と自称:真聖女の令嬢の姿があった。
その二人も私を蔑むように追放した時とは全然違う。
不気味な笑みを浮かべていた。
最後に、私は息を吞む。
私の両親がいた。二人も同じように嗤っていた。
◆
「いやぁ!!!」
私は絶叫して飛び起きた。………飛び起きた? 私、寝てた?? ……夢?
いつも寝ている小屋のベッドの上にいるのを自覚し、私は一息吐く。
全身寝汗でぐっしょりよ。
「……最悪」
どこからが夢だったのかしら。多分、あの屑……神様が人の姿になって現れた辺り?
色々と非現実的な内容で、思い返そうにも身震いする。
おぼろげで、神によってセレス王国が滅んだ~……っぽい曖昧さしか記憶にない。まあ、夢だもの。悪夢なら思い出さない方が断然マシ。
最悪な目覚めだけど、私は気を取り直して、いつものルーティーンを始めようとした。
その時。
ベッドの、私の脇に何かいるのに気づいた。
馬鹿みたいに長い黒髪で全身黒ずくめの恰好の男、そう、あの屑神が寝ていた。
「―――う、わあああああああああああああああああ!!!」
女らしくない絶叫をした私は、屑神をベッドから落とそうと布を引っ張ったら、布が破けた。
ヤケクソになって押してもビクともしない。どころか異常に重い! 意味わかんない!!
私が暴れた衝撃で、ベッドの脇のテーブルにあったナイフが屑神の顔に落ち、私が別の意味で絶叫したけどナイフが顔にあたると「ビョイン」と変な音で弾かれた。
え? ビョイン? どこからビョイン??
というか……
「コイツ、全然起きない……」
面構えだけは一丁前の寝顔をかましているけど、何が合っても起きない。
え、待って。これ逆に不味いんじゃ……?