世界、救ってるんですけど?
婚約破棄と国外追放を言い渡され、一週間経過した。
私が起きる時刻は、夕刻になるよう体内時計を調整中。
というのも。
私が勝手に決めた『戒律』で太陽が天に昇る間は活動しない……って決めた。
太陽が沈みきってからは色々無理あるから、沈み始めてからって事にしてるわ。
片付けた小屋で目覚めた私は、真っ赤に染まった太陽が沈む光景を窓から確認。
小屋に残されていた服に着替える。
質素で色褪せた白の上下に、濃い紫のローブを羽織る。山の寒さでも耐えられるローブは豪華な金の刺繡が端にある。職人に作らされた着心地から、貴族の誰かのものね。
明るい内にやる事は沢山。
太陽が昇る前に干した洗濯物を取り込む。
山菜を取って、使えそうなものを拾って、水を汲んで――兎を狙う。
兎って意外と昼間にはいない。
昼間堂々と外に居たら獣に狙われやすい事くらい、動物の本能で分かるものなのね。
ちょうど、早朝と夕刻くらいに姿を現すから、そこを狙うの。
色々試しているけど……全然駄目。
武器は小屋で見つけた小さな刃物とか、石ころ投げたり。
弓矢が作れればいいのだけど、弦になる素材がイマイチ分からない。見よう見真似で適当な糸を弦にしても、上手くいかない。
最近、槍を作って、待ち伏せして狙う方法をやってる。成功しないけど。
釣りは……ちょっとした材料で釣り竿っぽいものを作って、虫を餌に頑張っている。
これも、なかなか難しい。
幸い、釣れない事はないわ。
一応、戒律で週に一度は肉を食べる事にしたんだけど……って考えてたら、魚が一匹釣れた。
下手に火を使い続けたら、誰かに気づかれる可能性が高まる。
だから、迅速に小屋で見つけた鍋で調理。
大した味付けは出来ないんだけど、聖女修業時代の硬いパンに不味いスープ。断食中は水だけ。それと比べたら全然大したこと無い。
魚と山菜を一緒に煮込めば、素材の味が出てマシ。
てか、王太子の婚約者だった時も、こんな感じの料理出されてた。
これより不味いメシも食ったくらいよ。
っと、呑気な事はしてられない。
食事はさっさと済ませて、次は教会の清掃。
外の雑草は獣道を作るついでに刈り終えた。雑草は、乾燥させたら役立ちそうと思って何となく干してる。
なので、次は教会内。
ロクに掃除されてないから、荒れ放題よ。
本来だったら、天井まで清掃するのに足場を組んだり、何なりするんでしょうけど。私一人だから無理ね。
ゴミをまとめて、ベンチを整列させる。
水拭きは祈りが終わってからね。
太陽が消え、月が昇りきったところで、私は教会で祈る。
聖女時代は、太陽が昇る早朝から、太陽が沈む夕刻までぶっ通しで祈ってた。寝たり、気を抜いたりは駄目。便意とかで席立つのも許されない。
まあ、それの逆。
月が昇り始めてから、祈る。沈む頃に、もう一度祈る。
祈る時間はほんの僅かで、内容はとってもシンプル。
(お勤めご苦労様です。応援してます)
……なにそれ? って言いたくなるわよね。
でも、そうなのよ。
あれから古代文字の文献を、地道に読み解いたらとんでもない事が判明しちゃったのよね……
◆
向こうの世界?には数多の神格が居る。
その一柱・アザトースという存在は、別の神格に知性や意思を奪われたとか、元からそんなのなかったとか信憑性ない情報がある。
唯一、重要で揺るぎないのは。
アザトースは創造神に分類する存在。
あちらの世界は、アザトースの思考が物質化され創造されていく。生物から法則まで、全部がそう。
ただ、それら全てはアザトースが眠りについてる間に創造されたもの。
謂わば――夢として扱われてる。
アザトースが目覚めれば夢は終わり。
世界も、国も、人間も、文字通り夢の如く消え去ってしまう。
そして、眠りについてるアザトースの意思なのか、それとも命令のまま動いているのか、曖昧なんだけど……アザトースを要介護し続けている神格こそ、ニャルラトホテプだった訳よ。
……いや、世界救ってるんですけど?
何でこう、アザトースが目覚めたら怖い!とか
ニャルラトホテプの機嫌次第じゃ、アザトースを目覚めさせて、全てが滅びる!とか
この世の全てがアザトースの夢なんて!って不安を煽るような言い回しするのよ?!
注目するところ、そこじゃないじゃろうがい!!!
ああ……違うんだわ。
向こうだと、ほとんどの人間が神を知らない世界なのよね……有り難みより先に、恐怖が勝るのかも。
だって、アザトース然りニャルラトホテプ然り。
神の偉大さを宣伝するものじゃなくて、恐怖や不安を煽るような紹介ばっかり。
向こうの世界だと女神だって恐怖しそうね。
さてと。
手頃な祈りを捧げ終えたら、清掃の続き、太陽が昇る前に洗濯物を干す。仕事が終わって、太陽の光を明かりにして文献解読をする。
完全に太陽が昇り切ったら就寝。
戒律も定まって来て順調。
あとは兎を上手く狩る方法が見つかれば……何か気配を感じる。
まさか、賊?
それとも、獣?
周囲を見渡していると、教会内に男の声が響く。
「何だここは、酷いな。一体どこの建築家が設計したのやら。どこをとっても下手くそだ。一部手を抜いてる部分がある。白蟻が食ってる。雨漏りもあるし、カビてる。とにかく酷い。歴史的価値すらないではないか」
……
ぐだぐだと文句垂れてる奴は、いつの間にかステンドグラスに貼り付いていた。
正確には、ステンドグラスの上に座っている。
男の癖にして長い黒髪で。
貴族の服装っぽいけど、私は初めて見る黒のカッチリした襟つきの上着とズボンに、丈の長い黒の外套。
全身黒ずくめで怪しい男が、不満っぽくも嘲笑うかのような表情を浮かべ、足でステンドグラスを叩いた。
「あと、これも下手くそだ。まるで小学生が描いた絵だ」
よりにもよって、これが私と屑神の出会いだった。