言われてみれば…そう見えなくもない?
【新訳■■■教聖書より 神様からの貢物】
山賊が立ち去ってから、しばらく経った後のこと。
教会にある一行が尋ねてきました。
彼らは海を渡り、山をのぼり、各所へ赴き芸を披露するサーカス団でした。
例によって、一晩泊めて欲しいと頼まれましたが、アンリエッタは彼らに差し出せるものが、薬草や山菜で作ったものしかないのに、頭を悩ませました。
ふと、台所に大きな果実が残っているのをアンリエッタは思い出します。
これほど大きければ、彼らに切り分ける事ができます。
アンリエッタがそれを説明すると、彼らを指揮する団長が不思議そうに言いました。
「うーむ。私は様々な国を渡ってきたが、こんな果実は見たこと無い。一体どこの国のものなんだ?」
信じて貰えるかはともかく、アンリエッタは「神様から頂いたものです」と答えます。
団長は教会のステンドグラスを見て納得しました。
「おお! 確かにこの形に、この模様。月によく似た果実ではないか」
実際に食べてみると、とんでもなく美味でした。
滝のように溢れる果汁は濃厚な甘味で、果肉も柔らかく、まるで果実の肉のようです。
味に偉く感動した彼らは、アンリエッタから果実の種を分けて貰い、礼として旅先で入手した高価な酒を渡しました。
また、あの果実を食べられるならと、彼らは、次に立ち寄った国――『ゴゴル王国』で種を農家に託しました。
運よく気候などが適したお陰で、例の果実はちゃんと育ち、『ゴゴル王国』の名物となり、王家に献上されるまでになりました。
教会での話もあって、果実は『月の宝珠』と名付けられました。
◆
「はぁ……」
いつも通り、教会で清掃をしながら私は溜息をついた。
私が後悔しているのは、あの果実……じゃない。
ううん、あれもとんでもないほど、美味しかったけど。あの種がちゃんと育つかは、分からない。
せめて農家の人の手に渡ってくれた方がいいわ。
そうじゃなくて――
あの山賊たち……何でもかんでも、全部持っていっちゃったのよ。
お酒やお菓子はともかく、使えそうって思ってた布とかまで! お陰様で教会はすっからかん。
「おい、アレはどうした?」
私が再び溜息をついていたら、いつの間にか背後に奴が立っている。
慌てて頭を下げる私に続けて聞いてきた。
「全部処理したのか?」
「しょ、処理といいますか、山賊にほとんど持っていかれてしまいました」
「……ふむ」
「あの、なにか……?」
「実は依頼人に渡す予定だった酒が一本、あの中に紛れ込んでいてな」
ちょ、ちょっとぉおぉぉおおおッ!?
やっぱり、全部確かめておいた方が良かったの!?? ど、どうすれば。
「まあ、ないものは仕方がないか。コレでいい」
いつの間にか、サーカス団の団長さんから頂いたお酒――確か、蜂蜜酒が彼の手に握られている。
換金できそうな代物だったのに……でも、しょうがないわ。
「申し訳ございません。それが代わりになるのなら、どうぞ――」
「? 代わりにはならんよ。何の効果もない、ただの酒だからな」
「えっ」
「渡す相手が相手だ。偽物をつかまして、金をぼったくればいい」
それ詐欺!!!
神様なのに小悪党みたいな犯罪しないで頂戴!
私の心情はお構いなく、屑野郎は「そんなことよりも」と話を変えた。
「布教活動はするなと言ったはずだが」
「……しておりませんが」
うん。本当にしてない。
ひょっとして、前に通りかかった旅人の方とか、サーカス団の方々が噂を広めているのかしら?
でも……私は公然とした態度で答えた。
「貴方様のお名前も、教えも、一切口にしておりません。お噂になられても、教えや貴方様が如何なる神かを把握していなければ、信仰は困難を極めるかと」
……凄い腑に落ちない顔をされた。
でも、本当のことだもの。
月の神だったり、神じゃないけど意味不明な存在だったり、曖昧な説明で終えてて。教えとか一切喋ってない(てか『教え』部分が現状ない)。どういう神なのか未だにハッキリしない。
情報不足過ぎるから、信仰しにくいと思うわ……多分。
本人?も「あの程度は直ぐに弾圧されるか」って流した……物騒な話しか聞こえないけど。
そんな話をしていたら、誰かが教会の戸を叩いた。
現れたのは、長い耳の種族――エルフの青年だった。




