よくある追放
馬鹿げている。
どうかしている。
私の人生、なんだったの?
憤りを隠さず、ズカズカと早歩きで王都から山中に向かう私。
そこは獣だけが住む、誰の手も加えられていない自然豊かな場所。
道なき道を歩き続けたせいで、布切れのような修道服は草木に裂かれボロボロ。
私は聖女だった。
だった。
そう過去形。
ついさっきのこと、私は聖女ではなくなった。
偽物だと一方的に決定され、国外追放を言い渡された。
私は元々平民で、小さな村に生まれた普通の子供だったのに。
強い信仰力があるからって、無理矢理両親から引き離されて、神殿で厳しい修行を強いられた。
聖女として認定されてからは、王太子の婚約が勝手に進められた。
よく分からないけど、聖女は貴族の権力者と婚約するものらしい。
次は、貴族のマナーを叩き込まれる。所謂、花嫁修業が開始された。
私の人生は修行で埋め尽くされていた。
楽しい思い出はあったかもしれないけど、苦痛ばかりの記憶しか最早、私の中には残されていない。
王太子個人に好意なんてない。
少しは自分の立場が良くなる筈だ。平民でも貴族まで成り上がっただけ十分。
望まれない婚約でもいい。前向きに、私なりの幸せを掴もう。
現実を受け入れようとした矢先、私には信仰力が無い。聖女ではない。婚約も破棄。
聖女を偽った罪で国外追放……?
バッカじゃないの?!
聖女修行も、花嫁修業も、何の意味も無い。
私の人生、無意味ばっか。
私の時間を返して! 返しなさいよ!!
無意味ばかりの人生だ。持っていく物はなかった。
そもそも、何かを持っていくことすら許されなかった。
金も、服も、結婚式に向けて用意された宝石もドレスも、真の聖女であり王太子の次期婚約者に認められた――名前すら知らない、どっかのお嬢様の物なんですって!
馬鹿みたい。
本当に馬鹿みたい……
ヤケクソになって歩き続けて……もう夜になっている。綺麗な満月が夜空に浮かんでいた。
どこかで野宿できる場所はないかしら。
ここって国境は越えているの?
草木をかき分けて、私がたどり着いたのは寂れた教会。
もう長い事、使われていないのが一目で分かるほど、周囲の雑草が伸び放題。壁も所々にヒビがある。
ここで少し休もう。
重い扉を開いて入っていくと、正面のステンドガラスは奇跡的に無事で、月光が差し込み、幻想的な美しさは私も見惚れてしまった。
でも……
あれは何?
教会には普通、この世界を創造した『女神様』が祀られている。
ありきたりなパターンで、大きな女神像が正面に置かれる。それが木製か、金銀、鉱石で精製されているかの違い。
この教会には女神像がないどころか。
ステンドガラスにあるのは、女神とは程遠い、不気味な怪物の絵だった。
月を背景に吠えるような様子のソレは巨大な人型で、だけど足が三本もある。顔がない代わりに、血管のような触手が頭部から生えていた。
不気味な絵だろうが、知ったこっちゃない。
私は、ここで休むともう決めた。ベンチに横になって一息ついた。
修行から、不慣れな生活から、全てから解放されて、何もなくなって……
「はあ」
私、何もないわ。
何もできない。
家事だって何一つできない。
強いて挙げるなら、祈りを捧げることくらいよ。出来ることなんて。
喜ばせられるのは神様だけ。
ベンチで横になってた私は体を起こして、正面のステンドグラスに近づく。
気味悪い生物の絵を見て、独り言を漏らす。
「これ……神様なのかしら」
俄には信じられないけど。
如何にもって感じであるし、ここは教会だから……そういうことよね?
……私は祈りを捧げた。
祈っても何も意味ないのに。
気色悪い生物相手に祈るのは、ただの気晴らしだった。
他に出来る事がない。
他にする事がない。
特別理由なんて無い。柵が欲しいだけ。
疲労感が蓄積するまで祈って、私は硬いベンチの上で眠りについた。
これが毎日のルーティン。
しなくなったら、逆に落ち着かなくて眠れないかも。
しばらく、ここで怪物相手に祈ろうと私は決めた。
だって、散々女神様に祈っていたのに。
幸せになるどころか、私の人生無意味になったんだもの。
二度、女神に祈るか。糞ったれ。