野獣の夜②
船は占拠された。
乗客は、一か所に集められ、眠らせたようだ。
ジャンヌは、『光』が届かない地下室に入れられている。
手足口に縄で縛られ、体や服も傷だらけだった。吸血鬼に噛まれ、血を吸われているからだ。
『光』を含まれた血を飲んだ吸血鬼は、『光』の浄化により、体内から浄化され、苦しまれる。過剰に摂取すれば、死ぬ場合もある。それでも吸血鬼とって聖女の血が魅力的で血を求める。
今は食事ではなく、貧血が狙いだった。
血を抜かれれば、聖女でも体調を崩す。
その時、アンザムが地下室に入ってきた。
「何人目だ?」
アンザムが監視役にした吸血鬼に訊く。
「もう5人目です」
血を吸った吸血鬼たちは、『光』に浄化され、瀕死状態に陥り、倒れていた。
「まだ続けますか?」
部下が訊く。
「いや、これ以上やったら、死ぬ。女王様に差し上げるんだからな」
ひじゅうの魔女カーミラ・リア・ルージュは、聖女の見せしめに吸血鬼の餌にさせている。
アンザムはジャンヌを見下ろす。
「いかがでしょうか?聖女様」
鋭い目つきで返す。
「元気でいらっしゃる」
その時だった。
急に騒がしくなった。
「見張ってろ」と言ってアンザムは、様子を見に部屋を出る。
その直後だった。
監視していた吸血鬼が倒れた。
「おまえ。吸血鬼相手に何苦戦してるんだよ」
唐突に風が小さな渦を作り、姿見せたのは、イタズラな笑みをしたアキセ・リーガンだった。
アキセはしゃがみ込み、ジャンヌの口に縛った縄を解く。
「あんた・・・いつから・・・」
「結構前から忍んではいたけど、様子見てた」
吸血鬼に占拠される前から潜入していたのか。
「わざと見逃したでしょ」
「何。助けてほしかったのか」
アキセは冷やかして言う。
「そうね。助けてくれたら、少しはあんたに好感持てたかも」
「ん~どっちかというと、その嫌がる顔が見たいからな」
「死ね」
ふと気づく。
「じゃあ。私に毒持ったのも・・・」
「おいおい。なんでもかんでも俺を疑うなよ。俺じゃないって」
前科があるから疑いたくなる。
「まあ、でもその手があったか」
「今なっつった!」
ドスの入った声を上げる。
「今から助けてやるって」
無視された。後で落としつける。
邪心が入っているから助けても嬉しくないが、ここは素直に助けてもらうしかない。
アキセはジャンヌの手足の縄を解いてから、立ち上がる。
「立てるのか?」
「立てない」
血が足りないせいが、まともに立てない。
「聖女が貧血か?」
からかうように言う。
「大分血を吸われたのよ」
力が入らない。腕でやっと立てるほどたった。
「確かいいものがあったような」
アキセの手首を回すと、小さな長方形の金属製の容器が現れた。
「何それ」
「アメ製造機」
「コルンからでしょ」
「正解」
アキセから出る道具は、こうさくの魔女コルン・コボルドの発明品しか考えられない。
「これ、自分が思った通りのアメができるんだ。しかも味だけでなくて薬も作れるんだ。コルンのお気に入りさ」
「それ絶対、コルン恨んでたでしょ」
「まあ、コルンの目の前で盗ったからな」
目に浮かぶ。コルンが目の前にお気に入りのおもちゃを取り上げて泣いているところを。
「そうやってるからコルンから恨まれるでしょうが!」
「魔女相手にまともな取引するか」
「だったら、私を巻き込ませるな」
以前にもコルンがアキセ抹殺計画を立て、ジャンヌを巻き込ませた時もあった。あの時も散々な目にあった。
「これで貧血は治るだろう」
開口を押せば、口が開き、赤いアメ玉が出る。
「さてどうしょうか」
「なぜ悩む」
「ただで治すのもな~」
――どーせ。ろくなことじゃない。
アキセが言いだす前に、意地で片足を伸ばし、アキセの足を払う。
アキセは横倒れ、頭を打つ。
アキセの手からアメ玉を落とし、ジャンヌはすかさず掴み、口の中に入れる。
アメ玉を飲み込んだ瞬間、体が漲ってくる。
けだるさや目まいもなくなり、手足に力も入る。
一度寝て、スッキリしたような回復だった。
「本当に治った」
ジャンヌは立ち上がる。
「怪我人らしく大人しくしろ」とアキセは立ち上がる。
「残念。大人しくならないのが私なの」
「たく・・・この後どうするんで」
「決まっているでしょ」
間を置く。
「吸血鬼を殲滅する」
ジャンヌは鋭い目つきをする
「おお、こわ」
「あんたも参加するわけ?」
「いいじゃねえか。おもしろそうだし!」
アキセは背後からジャンヌの胸をもむ。
ジャンヌはアキセを背負い投げで壁をこわして、部屋の外まで飛ばす。
「こんな時にふざけやがって」
怪訝そうな顔でアキセをにらみつける。
「投げることはないだろうか!」
逆さまになったアキセが言い返す。
「侵入者!」
吸血鬼に見つかってしまった。
「げ・・・」
「ち!逃げるよ」
舌打ちをしたジャンヌは部屋に出る。
「おまえがばらしたんじゃねえか!」
アキセもジャンヌを追いかける。




