いつの間にか可愛いエルフ姫の護衛役にされてたとか聞いてないんだけど
その日時期外れの転校生がやって来るということで1年C組の教室は騒ついていた。
転校生への期待と不安からか生徒たちはまだ会ってもいない転校生の人物について根も葉もない噂を始める。
やれ、今度の転校生はイケメンだの美少女だの勝手な妄想でどよめく教室についに担任の扉を開ける音により静寂が訪れた。
7:3に分けた髪にパリッと着こなしたスーツが規則正しく揺れる。
担任の松田は早速教壇に登るともう知ってるだろうが、という前置きで話を始める。
「今日からこのクラスに期限付きで転校生がやって来ることになりました。
外国からの留学生で日本のことは右も左もわからないので助けになってやってください」
その情報に生徒たちは再び騒めき始める。
この学校では外国人の留学生受け入れは珍しい。
騒めく生徒たちを宥めるために松田は黒縁のメガネをくいと指で引き上げると両手を叩いて制する。
「はいはい、気持ちはわかりますが静かにしてください。
そんなに騒いだら転校生が怖気づいて可哀想じゃないですか。
いいですか?ちょっといいところの学生さんなので特に神田、粗相のないように」
「……なんで名指しなんスか」
1人だけ雑談に加わらず興味無さそうに頬杖をつき仏頂面をしていた神田春男が更に面白く無さそうに担任を睨み返す。
「問題児だからです」
「……てめえ、教育委員会に訴えてやるからな」
目つきの鋭い神田が更に殴りかかりそうな勢いでガンを飛ばすがそんなものなどどこ吹く風で松田はその事務的な態度を崩さない。
「はい、どうぞ。クソガキどもを相手するこんな腐れ仕事いつでもやめてやるつもりですから」
「ほんと冷静なクズ教師だな!てめえ‼︎」
神田が机を叩いて立ち上がるがまるで柳が風を受け流すように松田は淡々と業務を進めていった。
「さあ、そろそろ転校生を紹介しましょうか。バカに構ってる時間が惜しい」
「お前……このたった数秒でいくつ問題発言するの?もし傷ついてたら俺が可哀想とか思わないの?」
ぎゃんぎゃん、と青筋を立てて抗議する神田を他所に松田の呼びかけで廊下から低く規則正しい足音がすると入り口の扉が開かれた。
ふわり、と粒子が舞い散るような鮮やかな銀色の長い髪が揺れまるで妖精のように美しい少女が制服に身を包んでいた。
誰も一言も発しない中、その美少女は教壇まで悠然と歩きやがてチョークを手にトントン、と音を立て何かを黒板に描き始める。
『そにあべれーらがる』
みんなが呆気に取られる中、書かれたその名前はひらがなで
「初めましてゾィー……ルアセッコ共和国から来ました、ソニア・ベレーラ・ガルと申します。
半年だけの滞在ですが皆さんどうかよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げ鈴の鳴るような声でその美少女は自己紹介を簡潔に終えた。
……あやしい
今なんか別の国籍名を言いかけた……
そんな些事に気づいたのは極々僅かな生徒であり、気づいたとしてもそんな些細なことはすぐに意識の彼方へと雲散霧消した。
何しろこの子、超絶美少女なのだ。
すらっと伸びた背丈に涼やかな目元。
絹のように細かく美しい白い肌。
制服の上からでも分かる非凡な膨らみ。
どこかよその国のアイドルと言われても信じられる。
かわいい、は正義である。
一瞬の静寂の後に教室は男女見境いなく歓声がわき起こった。
「あったりぃぃぃぃぃ‼︎」
「なにあれ⁉︎ヤバくない⁈天使なの?天使が舞い降りた⁈」
「かっわいいい‼︎顔ちっさい!私、アイドルに会ったことあるけど今まで会った中で1番かわいいわ‼︎」
男女問わず沸き返る教室に戸惑いの表情を見せるソニア。
やがて松田は両手を叩いて生徒達を諌める。
「はいはい、そこまで。聞きたいことがあるなら休憩時間にでもいろいろ聞きなさいね。
ただしあまりソニアさんを困らせないように。
不案内でしょうからソニアさんに世話役をつけます。では……」
くい、とメガネを引き上げ一瞬眼光を鋭くした松田は迷いなく生徒の2人を指差した。
「綿貫さんと神田、頼みましたよ。まずは学校案内をお願いします。
彼女に万一があったら私の査定に響きますのでよろしくお願いします」
「はあぁぁぁ⁉︎」
「わかりました」
納得のいかない神田は再び立ち上がり抗議の声を上げるが学級委員長である綿貫と呼ばれた女学生は二つ返事で了承した。
綿貫委員長の返事を聞いた松田は点呼もそこそこに神田の態度を無視するように教室を後にした。
「神田、拒否権はないって。わかってるでしょ」
「……ちっ!めんどくせえ……あの不良教師が」
「めんどくさいとか言わない」
宥める綿貫に神田は不満気に鼻を鳴らすが彼女の言う通り特に彼には拒否権がなかった。
そんな不穏な神田と委員長にソニアはおずおずと話しかける。
「あの……綿貫さん、神田さんよろしくお願いします。
もしご迷惑なら私は別に……」
申し訳なさそうに空いていた隣の席に座るソニアに神田はまだ鋭いままの眼を向ける。
大抵の者はこの神田の眼光に怯むのだがソニアは真っ直ぐと眼を逸らさずにむしろ気遣うような眼差しを向けてきた。
そうしていると神田の後頭部に硬い拳が落ち彼の視界がブレる。
「あー大丈夫、大丈夫!このバカはお子様なだけだから気にしないで。6年生くらいだったかなあ?」
「チッ……!」
後頭部を叩かれた上に煽られ神田は綿貫を睨み舌打ちするがそんな2人にソニアはますますおずおずといった態度で腰を低くする。
「あの……」
そんなソニアを見て諦めたように神田はため息をついた。
「わかった、わかった。そんな顔すんなって。
案内くらいしてやるからよ」
「はい!ありがとうございます!」
その女神のような満面の笑みに再び教室は騒めいたが神田はここで初めてソニアから目線を逸らした。
どうなることかと内心不安だった綿貫はソニアの性格を確認し胸をなで下ろす。
(素直ないい子ね)
一方、VIPであるソニアを迎え入れることからC組の様子を密かに廊下で見ていた校長が教室から出てきた松田に心配そうに問いかける。
「先生、綿貫さんはともかく、あの神田でよかったんですか?」
「私の人選に間違いはありません。大丈夫です」
校長の顔を見つめ返し、相も変わらず無表情かつ事務的に応えると松田は光る眼鏡を再びくいっと引き上げた。
◇
「ねえソニアちゃん、ルアセッコってどんなとこなの?」
「なんで日本に来たの?部活には興味ない?得意なことは何かしら?」
「髪の毛サラサラで綺麗ね。どうやってお手入れしてるの?」
「あ、あのっ……」
午前中の授業が終わり昼休憩となった。
ソニアの周りには相も変わらず入れ替わり立ち代わり人が訪れる。
他のクラスの者だけではなく他学年からもソニアを一目見よう、いや友人になろうとC組には多くの人が押し掛けてきた。
やはりみんな可愛い子とは空間を共有したいしあわよくば仲良くなりたいのだ。
彼女としては嬉しい気持ちと不安な気持ちが綯交ぜだが、やはり異性からのデートの申し出などには戸惑いを覚えた。
「ソニアさん、こ、今度の休日僕とどこかへ行きませんか⁈」
「ずるいぞ!俺が先だ!」
「何を‼︎」
「ちょっと男子ぃ……」
呆れる女子を他所にソニアを取り合って男子生徒の間で喧嘩が始まりかけた。
「ケンカはやめてください……」
ソニアは慌てて止めに入るがそこに空気を一変させるような鋭い声が響き、先ほどまで争っていた男子生徒たちの動きがぴたりと止まった。
「おい、うるせーぞボケナスども。
メシの時間だ。
おい、ソニアさっさと来い……
いって‼︎」
傲然と言い放つ神田の頭に綿貫委員長の拳が突き刺さった。
「なんで命令口調なのかしら。メシの時間だ、ってアンタは看守⁈
ごめんね、ソニアちゃん、みんな。
でもそろそろ彼女も困ってるみたいだし落ち着ける環境つくってあげよ?ね?」
柔らかい笑みで委員長がソニアに群がる生徒たちやケンカしていた男子たちに噛んで含めるように説くと彼らは省みるようにソニアの困っている表情を見る。
まるで飴と鞭、良い警官と悪い警官の実践を見ているかのようにその場の喧騒は収まり、口々にソニアに謝るとその場を後にしていった。
その様子を見ていた一部の生徒はこう呟いた。
「すげえなあ……綿貫さんまるで猛獣使いだ」
猛獣使い……
彼女自身はこの渾名に憤慨しているが、唯一神田を制することが出来る生徒であることからこのような不名誉な二つ名を手にすることとなった。
学生らしい喧騒の中、揚げ物やカレーソースの匂いが鼻腔を刺激する。
ソニアはこんな喧騒も匂いも初めてで学食に着いて暫くは目を丸くしながら辺りを見回していた。
その仕草がまた可愛いのでやはり周囲の視線を引くが隣の神田に睨みつけられ誰も声をかけることは叶わない。
それにしても噂の美少女外国人転校生と暴獣神田、そのご主人綿貫の組み合わせは黙っていても耳目を集める。
しかも神田が怖いので誰も話しかけられない。
この奇異な組み合わせのユニットは食券機の前の列へと並ぶ。
「ここが学食だ。この機械で食券を買ってあそこで並ぶ」
「ソニアさんはどんなものが好きかな?ルアセッコってどんなものを食べるの?」
神田と綿貫の説明と生徒の動きで大体のルールを察したソニアは観察を暫し止め質問に答える。
「えーーと……魚介類のお料理が多いのですけど、おすすめは何でしょうか」
「じゃあ無難にAランチにしとこうか。
よかったね、秋刀魚定食だよ。
これぞ日本の美食ってやつだから期待してね」
「うわあ……ありがとうございます……!楽しみです」
「フン……無難すぎてつまらんな」
神田は不満を口にしながらも2人と同じメニューに合わせ食券を買う。
やがて券を買い定食を手に席に着くと綿貫はソニアに食べ方の説明を始めた。
「その大根下ろしを乗せて醤油を垂らして、そう、お箸は難しいわよね。ナイフとフォークをどうぞ」
「ありがとうございます……!
ではいただきます」
学食のルールはソニアにとって斬新でそして楽しかった。
更に目の前の秋刀魚というヤツも醤油を垂らすとその匂いが鼻腔をくすぐる。
そしてナイフとフォークで身を分けると一口目を口にした。
「おいしい……!」
「でしょう⁈日本で1番美味しいお魚よ」
満面の笑みで喜ぶソニアに綿貫は安心したようにドヤ顔をする。
そうこれこそまさに日本の美食秋刀魚、だ。
「鮭だろ鮭」
「野生児は黙ってて」
ちなみに神田は素手で鮭を捕まえその獲物を熊と争ったこともある。
生食もできる神田の言は綿貫にとって取るに値しない。
綿貫が神田を睨んでいるとくすくす、とソニアが笑う声に2人ともそちらを見る。
涼やかに笑う子だ。本当かわいい。
「お二人とも、本当に仲がよろしいのですね」
思わず出たソニアのその言に2人は全力で首を横に振り否定する。
「「どこが⁈」」
そんな和やかな3人の様子を外の物陰からじっと見守る怪しい黒い影に彼らは気づくことはなかった。
◇
それから2週間が経った。
相変わらずソニアの周りには人が群がり、しかしその度に神田が脅し綿貫が宥めることで程よい循環が出来ていた。
学業の方はというと、ソニアは勉強が出来るようで小テストの結果を見ると5教科いずれもトップクラスの得点をマークしていた。
これには物怖じしない綿貫もさすがに驚きその答案を貸してもらいまじまじと見つめる。
「すごい……日本に来たばかりとは思えないわ。
日本語もペラペラだし字もきれい……
誤字も無いしね。
いったいどんな勉強方法をとってるのか知りたいわ」
「ええ、いいですよ。
いつもお世話になっている綿貫さんのお願いなら勿論です。
なんなら神田さんも……
いっそ3人でお勉強会を開きましょうか?」
ソニアの思わぬ提案に綿貫は目を輝かせる。
休日にこの子と遊ぶ約束をするのは初めてだ。
「おっいいね〜。神田、土曜日あたしんち集合ね」
「えぇ……俺はいいよ……」
自然と続行してソニアの世話役となっていた神田も誘うが心底嫌そうな顔をされる。
勉強嫌いの神田ならそう言うと思っていた綿貫だがその態度に本気でイラつきドスの効いた声で思い切り噛み付く。
「アンタ赤点いくつ取ってるか分かってる?
それにソニアちゃんがこう言ってくれてるのよ?
ふけたら◯すわよ⁈いい?あぁ?」
「チッ……」
「綿貫さん、いいんです……あの……お嫌なら別に……」
綿貫の強引な態度に反発していた神田だが、しゅんとした様子のソニアを見て慌てて思い直す。
「ああ、行くって。そんな顔すんな。
行けばいいだろ、行けば」
「なんだその態度は⁉︎」
ぞんざいな神田の物言いに綿貫は拳を固めて鳩尾に打ち付ける。
「いって‼︎このクソゴリラ女!」
「蛮族!くそ不良‼︎」
「ちょっと……やめてください……!」
小競り合いを始める2人をわたわた、とソニアは慌てて止めに入る。
そして約束の土曜日。
その日は小雨の降りしきる朝だったが定刻どおり3人は綿貫委員長の自宅に集合した。
「あ、来たわね。わざわざありがとうソニアちゃん。
神田も入れば?
ささ、どうぞソニアちゃん」
「お邪魔します……」
「チッ……!」
ソニアには優しいが神田に厳しいのは相変わらずだ。
2人は綿貫の家に通されると早速勉強会が始まる。
「ここはこの公式に当てはめるんです……最初は難しいですが繰り返して覚えましょう。分かりますか?神田さん」
「ふむ……ふむ……」
神田はソニアの説明に素直に頷く。
確かに神田は勉強の基礎から出来ていなかったが教えていると地頭の良さが垣間見える時があった。
勉強量が足りないだけだろう。
そして今日はやけに素直だ。
普段は険しい表情を見せる神田もソニア相手なら最近素直に言うことを聞くのだ。
そんな神田の様子を見て綿貫は密かに胸の内で笑みを浮かべる。
(ふふふ……あの狂犬がソニアちゃん相手ならこんなに大人しくなるのね)
その時、窓の外で何かゴトリ、と大きな物音がした。
ソニアはハッと顔をあげ一瞬身を震わせるが2人のほうを見て慌てて取り繕う。
「ソニアちゃん……大丈夫?
ちょっと神田見てきてよ」
「ちっ……しゃーねえな……
でもてめえが指図すんじゃねえよメスゴリ……」
綿貫に持っていたペンを投げつけられ、いてぇと叫びながら神田は渋々と言った様子で腰をあげる。
「ごめんなさい神田さん……あの、気をつけてください」
「いいって、いいって。あいつは象が踏んでも死なないから」
「チッ……」
恨めしそうに振り返りながら神田は部屋を後にした。
雨音のしとしと、と降りしきる音が響く。
綿貫はじっとソニアの様子を観察する。
小刻みに震え何かに怯えているようだった。
最近ソニアは物音に怯え背後を気にしていることが多い。
目にも薄っすらと隈をつくって登校することもある。
心配になり綿貫はソニアに問いかける。
「最近少し様子がおかしいわね……?
心配よソニアちゃん……
何かあったなら私に話して?力になるから」
「……ごめんなさい、なんでもないんです……ちょっと……ホームシックで……」
作ったような笑顔でソニアは綿貫にぎこちない笑みを返す。
明らかに嘘であり無理をしていた。
寂しさを感じながらも綿貫はそれ以上無理に訊き出すことはしなかった。
気まずい間になったところで見回りから帰ってきた神田がけたたましく入室する。
「おう、見てきたが空きカンの詰まったゴミ袋が風に飛ばされてそこの壁にぶつかってきただけみたいだぞ。
思い切り蹴飛ばしてきてやったわ」
「何やってんのよ!近所迷惑でしょ⁉︎バカなの?いやバカだった!」
「チッ……るっせえなあ……」
綿貫は神田のゴミへの対処に呆れるが今さら怒っても仕方がない。
雨雲で黒くなった空を窓から見つめ思いついたように呟く。
「ああソニアちゃん今夜はウチに泊まるから。明日休みだし天気も悪いからいいでしょ?ソニアちゃん。
アンタは夜になったら帰りなさいよね蛮族」
「えっ……」
「フン……頼まれてもテメエんちなんて泊まるかよ……
テメエこそソニア泣かせんじゃねえぞメスゴリ……」
そこで綿貫の突きが神田の顎に入り小競り合いが始まる。
いつも通りの光景だ。
自分をつけ狙う怪しい影に怯えていたソニアもこの時は憂いを忘れてクスクスと笑った。
◇
その日は女子剣道部の助っ人として綿貫は他校との練習試合に出場することになった。
学業もそうだが身体能力の面で信頼の厚い綿貫にはよくこの手の依頼が舞い込む。
「よし次は私の番ね。見てなさいよ、ソニアちゃん、ついでに狂犬」
中堅として出場した彼女は面を付けると早速開始線に進み相手と向き合う。
そして……
「メェーーン‼︎」
振りかぶるとたちまちのうちに相手を瞬殺した。
神田と観戦していたソニアは息をついて羨望の眼差しでそれを見つめる。
「……やっぱりすごいです綿貫さんは……
私には武の才能が無いから……
何度も、何度も振っても父や姉のようには出来ないんです」
何か事情があるんだろう、と察していた神田は深く探りを入れない。
「いいだろ、別に。んなモン無くたってよ。
お前にはお前の才能がある」
神田の言葉にソニアは首を横に振る。
「……それじゃ……それじゃダメなんです……
私は強くないと」
神田はやれやれ、とそこにあった竹刀を拾い上げソニアに差し出す。
「ほら、振ってみろ」
「えっ……」
「いいからほら、振ってみろって
あのメスゴリラみてえによ」
逡巡の後、ソニアはその竹刀を受け取った。
「……綿貫さんはかわいい人ですよ。
それはともかく、わかりました」
そうして先ほど目で見た構えを思い出すように振りかぶった。
「えいっ!えいっ!」
5、6回その動作を見ると神田はソニアに声をかけた。
「ああ、もういいぞ。
なるほどな、確かにそのへっぴり腰じゃ自信を失うのもわかる」
余りにも直球な言にソニアはシュンと下を向く。
「アンタの事情はわかんねえけどよ、戦うのに必要なのは技術や体力じゃねえ」
神田はソニアの手から竹刀を取るとその場で一振りする。
その斬撃は目にも止まらぬ速度で風を切る。
「1番大事なのは相手を殺すという殺意だ。あんたには一生もてそうにないモンだからよ、諦めろや」
「神田さん……あなたは一体……?」
ソニアはいつもと違う神田を訝しむがはっきりとした返事は返らない。
「そろそろあんたを悩ませてるそれが迫ってるみたいだからよ、今からそれを掃除するぜ。
それでいいな、ソニア?」
一方的にそう言い捨てると神田は試合を余所に竹刀を肩に担ぐと体育館の出入り口に向かい裏庭の方へと歩き出す。
暫し呆気に取られていたソニアはそちらに追跡者の気配があることに気づき慌てて叫ぶ。
「……そんな、何をする気ですか⁉︎やめてください!神田さん!あなたが思ってるよりアレは危険なんです!」
「お前のそのシケた顔見てるとムカムカしてくんだよ……!」
しかしそれくらいで止まる神田ではなくさっさと体育館を退出する。
神田は裏庭に出ると当たりをつけた木陰の怪しい黒い影に向き合うと怒気の孕んだ声で一喝する。
「おい、ストーカー野郎。
出てこいよ。ここからでもプンプン匂ってくるぜクソ野郎」
モゾリ、と木陰から姿を現したのは作業服姿の小太りの大きな男だった。
額や頬に深い古傷が見える。
「はあ……仕方ねえなあ……お前なんかには用が無いんだがなあ……」
「おいオッさん。俺はサツほど優しくねえぞ。今すぐ土に頭をつけて謝るなら半殺しで済ませてやる」
男は神田のその言葉に馬鹿にしたような笑みを返す。
「あのよお、人の事をストーカーだとかなんだとか言ってくれてるけどよお……別に俺はあの姫さまに好意なんてこれっぽっちも抱いちゃいないんだぜ?」
「だったらなんだ……?」
「ただ殺したいんだよ!敵だからよお!」
間を置かずに男が振りかぶった拳はしかし空を切る。
その代わりに神田の膝が男の鳩尾を強かに打ちつけた。
「グバァァァ‼︎」
更には持っていた竹刀が折れる程の威力で男の鼻面を打ち付け鈍い音が辺りに響く。
続けて容赦なく鼻面や金的に突きや蹴りを食らわせると神田は男を地面へと転がせた。
「ガッ‼︎ゴッ!やめっ!ごはっ‼︎」
それでも尚、神田は追撃を止めず爪先や踵で地に伏す男を蹴り上げ続けた。
「神田‼︎ちょっと!やめなさい!」
「神田さん……」
ソニアの要請を受けた綿貫が彼女と共に裏庭に現れると神田は舌打ちをして攻撃を止める。
「うっせぇ、こいつから殴りかかってきたんだ。正当防衛だ」
「こいつがソニアちゃんのストーカー?ゴツいけどアンタが本気でやったら死んじゃうでしょ⁉︎
自分のやってきたこと忘れたの⁉︎バカなの?ああバカだった‼︎」
「チッ……!っせーな……」
綿貫は倒れた男を汚物を見るような目で睨むがそれでも神田はやり過ぎだ。
頭を抱え神田を見つめる。
「神田さん……あなたは一体……?」
「聞いたことない?ああソニアちゃんこないだ日本に来たばかりだもんね。
こいつは『狂犬カンダ』。
関東圏から北より上の不良グループや暴走族、半グレを1人で壊滅させた日本一のアホよ」
『気に入らない』という理由で神田はこないだの夏休み中、目につく不良集団を一人でぶっ潰して列島を周った。
……イカれた高1の夏である
「よく分かりませんが……お強いんですね……」
「あーあ……鑑別所送りかな……」
「いっそもうくたばれアホ」
空を見上げる神田に綿貫は容赦ない一言をくれる。
そんな2人を見てソニアは意を決したように口を開く。
「……神田さん、綿貫さん……
私もあなた達に言ってなかった……いえ隠していたことが……」
「うぐっ……‼︎」
その瞬間、神田の身体が吹っ飛びコンクリートの壁へと叩きつけられた。
そのまま神田は頭から血を流し気を失う。
「神田さん‼︎」
「神田‼︎」
まるで鬼のように太い腕が神田を殴りつけたのだった。
そこには先ほど倒したはずの男が立ち上がり残った女子たちを見ていた。
「はあーあ……この姿のままじゃ動きにくいんだよなあ……
やってくれるじゃねえかクソガキィ……」
そう言うと男の身体から獣のように毛が生え筋肉が肥大化していった。
「ハァッ!」
ビキビキ、という音と共に上着が破れまるで豚のような二足の怪物がそこに現れた。
「なに⁉︎何なのあいつは?妖怪⁉︎」
「さあ迎えに来たぜ……‼︎ソニア姫……一緒に帰ろうぜ!ブヒヒ!」
その醜いオークの姿を現した男にソニアは怯え後ずさりする。
「あいつはオーク族の千人将軍ゴズバ……
エルフ族の姫である私を追って異世界のジェラザードからここまで来たんです……ごめんなさい……あなた達を巻き込んでしまって……本当にごめんなさい……!」
「ソニアちゃん……」
ソニア・ベレーラ・ガルは異世界のエルフの第2王女であり魔族と交戦中の彼女の祖国は武力を持たない彼女を以前より誼みを通じていたここ日本へと亡命させたのだった。
最も今回はその策が裏目に出たわけであるが……
「お前の親父も……姉ちゃんもこないだの戦で敗走したぜ……?俺たちオーク族の猛攻に恐れをなしてなぁ……!エルフはもう終わりだ……しっかし地下に潜ってしぶてえんだよあいつら!
でもよぉ、お前を捕らえれば奴らも降参するだろ?ブヒヒ!俺ってあったまいいぃぃ!」
「父上……!姉上……!」
醜く嗤うオークにソニアはギリリ、と奥歯を噛み締め睨み付けるがどうすることもできない。
倒れた神田と綿貫を見つめると観念したようにゴズバに言い放った。
「ゴズバ!私は大人しくあなたの捕虜になります。だからこの人たちに手を出さないで‼︎」
「ブヒヒ!いーい心がけだぁ……ソニア姫!だがなぁ……そっちの女はどうでもいいが……
そこの小僧はぶっ殺さなきゃ気が済まねえ!」
ゴズバは下卑た嗤いを浮かべると倒れた神田に向かって脚を振り上げた。
「くっ!やめなさいゴズバ!」
「おらぁ!死ね!クソガキ‼︎」
いよいよゴズバの脚が神田の顔に向かって振り下ろされソニアが悲鳴をあげたその時だった。
「炎犬ダルダロス!噛め!」
綿貫の取り出したお札が焔の犬の形を取るとゴズバへと襲い掛かりその首筋へと噛み付く。
「ぐああっ!てめえ、女!魔法使いか⁉︎くそっ!」
「はああ⁉︎そんなもんいるわけないでしょ⁉︎私は退魔師よた・い・ま・し!わかる⁉︎あんたみたいな妖怪を祓うのが私のお仕事よ!」
神田も綿貫も異世界の存在は知らない。
しかし退魔師と魔法使い、超常現象を意図的に起こすという点では同じことだった。
「ようかいだあ?このっ……!お前も喰ってやる‼︎」
「ダルダロス!じゃれろ!」
更に焔の犬は激しくゴズバへと纏わりつきその身を焼く。
「ブッバァァァ‼︎おのれっ!クソガキィ!」
「綿貫さん……」
ソニアははらはらと戦況を見守るが彼女に綿貫は笑顔で応える。
「大丈夫。ソニアちゃんは私たちが守るわ。
いつまで寝てんの⁉︎カンダ‼︎」
「はあ……?何言ってやがる……!あのガキなら俺が半殺しに……グハァ!」
気絶していたはずの神田が突然立ち上がり焔の犬に動きを止められたゴズバの首筋へとドロップキックをかましオークの身体が弧を描き吹き飛び地へと倒れこんだ。
更に追撃するように神田はゴズバの喉元を踏みしめる。
「いーい感じの焼き豚だなぁ……オッさん……?」
「クソガキ‼︎骨を折ってやったはずなのに……!」
ゴズバは驚愕の表情でこのガラの悪い少年を見上げる。
オークに取って信じ難い事態であった。
「あれくらいで折れっかよ……!
てめえに比べたら由羅死亜連合のアタマのが強かったわ……!」
「向こうじゃどれだけお偉いか知らないけど狂犬と私を舐めすぎたわね。豚のおじさん?
こいつは警視庁にマークされる程の危険人物よ。
多分オーク相手なら法律は適用されないから思い切りやっちゃいなさい神田」
「指図すんじゃねえよ。
元よりそのつもりよ。覚悟は出来てっか?オッさん……!」
その眼光に明確な殺意を確信したオークは震えながら人間の少年に許しを乞うた。
「ま、待て……!かえる……!帰るからゆるし……ギャアアアア‼︎」
馬乗りになった神田が容赦なく急所に向かって突きや抜き手を加える。
かつて各地の猛者を倒した少年の拳は異世界のオークの皮膚すらも貫いた。
「うっ……エグい……」
後には顔面が変形した血塗れのオークが横たわる。辛うじて息はあるようだ。
「カンダ必殺メニュー『正中線潰し』。
妖怪とはいえご愁傷さまね」
「いえ……オークなんですけど……
神田さん、綿貫さん……!オークは完全に無力化したようです……
あなたたちが必死で戦ってくれたおかげで……ありがとう……
私はあなた達のことを忘れません……決して」
「ソニア……?」
「どうしたのソニアちゃん?」
ソニアが何やら別れの言葉らしきものを言いかけた時、風を切る鋭い音がするとゴズバの喉元へとナイフが突き刺さった。
驚いた3人が刃物の飛んできた方を見るとコツコツと革靴の足音が聞こえそこには黒いスーツに身を包んだ7:3分けの眼鏡教師が立っていた。
「不合格です。追試は無し。
綿貫さん、神田。姫の護衛ご苦労さまでした。現時刻をもってその任を解きます。
帰っていいですよ。ソニア姫は別の場所に移動します」
教師とは仮初めの姿で松田は世界屈指の暗殺者である。
今回の日本国から松田への依頼はソニア姫の護衛であり、生徒に仕事を投げたわけであるが……
「松田ァァ……!
おい、ソニアが異世界の姫とか聞いてねえぞ、護衛してるつもりもなかったんだよ!あとさよならだぁ?ふざけんなよ、ボケェ‼︎」
「松田先生、説明してください。
どういうことですか?納得できません」
憤る生徒たちに松田はため息を吐いて眼鏡を引き上げる。
「いいですか?耳かっぽじってよく聞きなさい。そこなる女性は異世界ジェラザードの戦火から逃れここ日本に避難してきた妖精王国ズィーゲンの第二王女ソニア・ベレーラ・ガル。
彼女の祖国は魔王率いる魔族の国と交戦中でしてかなり劣勢です。王を始めとする王族が地下に追い込まれるくらいにはね。なので末娘を同盟国である異界の日本に亡命させたわけですが……刺客に追われている可能性があったのであなた達の戦闘能力を見込んで護衛に選んだわけです。
しかし見込み違いだったようですね。失礼しましたソニア姫。引き続き護衛の責任は私が負いますのでご安心を」
余りにも一方的なその言い分に2人は激怒を露わにする。
「松田ぁ……!」
ソニアは宥めるように松田に縋り付く。
「彼らのことをそんな風に言わないでください……!彼らは私などの為に懸命に戦ってくれました……」
「それは見ておりました。
その意気は買いますが、しかし余りにも無様でした。それも友情でカバー出来ないほどの失態です。
第一に敵の尾行に気づかない。
第二に姫の追跡者への怯えに気づくのが遅すぎる。
第三に……これが決定的な理由です。あの程度の刺客に苦戦しすぎました。私なら5秒であの世に送れます」
要は護衛には実力不足という事だ。
2人は肩を落とし地を見つめる。
「さあ行きましょうか、姫。
君たちも見送りたいならそこで見送るといい」
「待てよ!松田ァァ‼︎」
「……言い方を変えようか?お前たちには無理だ……!」
尚も追い縋る神田に松田は鋭い眼光をくれる。
その殺意の視線に神田の動きは止まる。
「待ってください……先生……」
「時間がありません、姫。
お車はあちらに……」
その時松田が前方につんのめり膝をつく。
「おい、何のつもりだ?神田……!」
振り返ると怒りを湛えた神田がそこにいた。
松田の背に蹴りを食らわせたのだった。
「うっせえんだよボケェ‼︎
もう頭来たぜ!シチサン野郎!」
「炎犬ダルダロス!絡み付け!」
綿貫の炎犬と共に神田が松田へと殺到する。
しかし松田は溜息混じりにその攻撃を次々と捌いていく。
「はあ……綿貫さんもですか?やれやれ……」
「神田さん……綿貫さん……!」
2人はソニアを見て声を荒げる。
「俺たちは」
「私たちは」
「「友達を奪うヤツを絶対ゆるさねぇぇぇ‼︎」」
炎犬が松田の身体を覆い更に神田のヘッドバットが炸裂すると暗殺者は地面へと倒れた。
「やったか⁉︎」
しかし松田の身体から炎が消えスーツの埃を払いながらやれやれと立ち上がる。
「素晴らしいです……今の攻撃、見事でした」
「くっそ……バケモノめ……」
「ほんととんでもないわね……あのシチサン」
「言うじゃねえか、綿貫。やっぱりお前も思ってたんだな……」
「それより前!集中しなさい!」
松田は全身に気功を込め低い姿勢をとった。
嘗て夏休み明けの神田を地に伏せた奥義の構えである。
「その友情ごっこに免じて……今日は奥義を見せてやりましょう」
「くるぞっ!油断すんな綿貫!」
「わかってるわよ!」
しかし松田の腕と脚が緩やかに動いたかと思うとその距離は瞬時に縮まり──
「修羅三千撃……!惨海‼︎」
千を超える拳と蹴りが2人の身体に突き刺さり血の海へと沈めた。
ソニアの悲鳴が木霊する。
「神田さんっ!綿貫さんっ!ひどいです!先生!」
「貴女のためです。彼らもわかってくれるでしょう。……後で手紙のやり取りくらいは取り計らいます。お聞き分けください、姫」
「ごめんなさい……うう……えっ⁉︎」
膝をつき2人を見つめ泣きながら懺悔していたソニアが驚いた表情を見せ松田も視線を戻す。
「ほう……まだ立ち上がるか……」
そこにはよろめきながら尚も立ち上がる2人の姿があった。
「松田ぁぁ……!てめぇはぶっ殺す……!」
「泣いてる女の子を引っ張ってくなんて……許さない!」
「もういいんです!神田さん!綿貫さん!もうやめて!」
ソニアの嘆願など意に介さず2人は闘志を更に燃やす。
「はっ!そこで見てろよソニアぁ!今シチサンをぶっ殺してやっからよぉ……!」
「同じく……!燃やしてやるわシチサン!」
松田はギラリと眼鏡を光らせ向かう2人を見据える。
「ほう……いい目をするようになった……でも気合いだけでは実力の差は埋まりませんよ?」
「綿貫ィィィィ‼︎」
「わかってるわよ!狂犬!」
松田へと駆ける2人が左右へと回り込む。
そして綿貫の懐からありったけの札が飛び出すと神田の全身へと貼りついた。
「狼神よ……そこなる頑健なる身体と魂を依代にこの地に顕現し我らに勝利をもたらせたまえ……!炎狼獣カンダハル‼︎」
一つ一つの札が焔となり神田の全身を包み込む。
やがて一体となり獣のような形となると赤い焔をあげ神田は狼のような咆哮をあげた。
「グルゥゥゥゥ……!ガァァァァ!」
「ちいっ!身体と魂を媒介に戦神を顕現だと⁉︎何てバカなことを!」
焔を纏う狼神となった神田は人知を超えた速度で距離を詰め松田へと襲い掛かる。
「修羅四千撃……!死海‼︎」
迎え撃つ松田は間合いへと飛び込んできた神田にありったけの気功を込めた突きと蹴りを放つが……
「ぐぅぅっ‼︎」
音速の突きや蹴りが狼神と化した神田に全て見切られいなされると、逆に関節を極められた松田の右腕の手首が折られる。
松田は神田と距離を取り飛び退くがそこに綿貫が飛び込んできた。
「天巫女の舞い!桜吹雪‼︎」
「がぁっ!」
綿貫の突きと蹴りが炸裂する。
更に神田が炎の拳を叩き込み、2人によるラッシュが始まった。
「神田……!綿貫……!」
薄れゆく意識の中で松田は
「見事だ……!合格です‼︎」
敗北を認め流血しながら地に崩折れた。
松田の敗北を確認すると綿貫は神田の術を解き人間の姿に戻すと2人同時にその場に倒れこむ。
「はあっ……!はあっ……!ざまあみろっ!くそっ!」
「もう限界よ……バケモノたちの戦いに巻き込まないでくれます?」
「バーカ。お前が首突っ込んだんだろうが」
尚も諍いを続ける2人に銀色のエルフが涙を拭いながら駆け寄ってきた。
「神田さん!綿貫さん!」
「……お姫さま来たぜ」
「はあ、ただ者じゃないとは思ってたけど本物の姫だとはね」
「「やれやれだぜ」」
真っ赤に染まる夕陽を見つめながら2人は倒れたまま満足そうに笑い声をあげた。
◇
「えっ……?今なんて言いました……?」
「今から俺たちで魔王をぶっ倒しに行く。以上だ」
倒れた2人にソニアが回復魔法をかけている最中だった。
神田の思わぬ提言にソニアは目を白黒させる。
「ソニアの家族や友達が苦しんでるんでしょう?だったらその元凶を取り除かないと」
事情を知った2人が状況を受け入れ更には祖国を救ってくれると言う。
その気持ちにソニアはまた泣きそうになるがしかし……
「でも……これ以上迷惑をかけるわけにはいきません……これは異界の戦争です」
「ソニア。俺たちはよぉ、もうダチだろ?そう思ってたのは俺だけか?」
「私は親友だと思ってたんだけど一方通行だったのかしら?」
やれやれと溜息を吐きながら悲しい素振りを見せる2人に慌ててソニアは全力で首を横に振る。
「そんなことは……!そんなことはありません!あなたたちは私の大切な親友です!」
「だったらよぉ……」
「助けさせてよ。あなたと、貴女の仲間を」
ソニアは笑みを浮かべながら視界が滲んだ目で2人を見つめる。
「神田さん……!綿貫さん……!」
「あとよぉ……ダチならよお……下の名前で呼べ」
ソニアははっと戸惑いを見せた後、躊躇いがちに2人の名を呼ぶ。
「ハルオ……!コトミ……!」
「「はいよくできました」」
しかしその時、上気したソニアを見て笑い声をあげる2人の背後から迫る影があった。
2人は瞬時にソニアを後ろに庇うようにして立ち上がる。
「はぁ〜……やれやれ聞いてられませんね、まったく」
「「松田」」
千々に破れた黒いスーツを嫌そうに見つめながら松田は両手を上げて3人に歩みを進めてきた。
「合格と言ったでしょう?
では行きますか。やれやれ……バカを生徒に持つと疲れる」
呆気に取られる3人を尻目に松田は歩き出す。どこへ?と言う質問が飛んでくる前に松田は半身で振り返りながらその問いに応える。
「魔王の首を取りに行くんですよ。
エルフの国からも日本からも懸賞金を踏んだくれるでしょう。
そしたらこんな暗殺稼業ともおさらばです」
神田と綿貫は頭を抑えながら絶対に教師ではない男のその言に溜息を吐いた。
「はあ……一回ぶち込まれろ不良教師」
「同感……」
その様子を見て2人には悪かったが可笑しみを覚えたソニアは手で口元を抑え密やかに笑いを堪えていた。
何とも噛み合わない3人、いや4人だ。
──きっと私たちなら大丈夫
その10日後、異世界ジェラザードに旅立った3人の人間と1人の麗しいエルフの姫が魔王を討伐することとなる。
終戦後、エルフの王との謁見の際、目つきが怪しい、娘から離れろと言われ神田は思い切り殴られることになったそうな。