第8話「侵入」
「な、なにこれ……」
「ティビー、知ってるか?」
「い、いや……」
ゼドたちが戦慄いている。
私も彼らと同様におびえていた。
「こ、これがランゴリアの巣か……?」
「なんか、嫌なにおいがする」
同感だった。
何日もお風呂に入っていないような、すえた匂い……
思わず顔をしかめた。
「どうする? マルテ……」
ルゥが不安そうに私を見た。
ゼドたちの目も不安げに揺れている。
どうしよう。
こんなとき、私なら……いや、ミイス王女なら。
”虎穴にいらずんば、虎児を得ず。私なら入って中を確かめる”
彼女の声が頭の中でささやく。
でも、ゼドたちは……? 彼らは魔法を使えない。いざというとき、身を守ることができないかもしれない。
”彼らはここに置いていくべきだ。私なら、一人でも帰ってくることができる”
私は小さく頷いた。
「……中に入って確かめる」
「マルテ!?」
ルゥが咎めるような目で私を見た。
「光の精霊を一体置いていく。何かあったら、精霊で知らせるから。その時はみんな、すぐに逃げて」
「駄目だよマルテ!! 危ないよ!!」
「大丈夫、ルゥ。私には攻撃魔法も防御魔法もある。そこら辺の大人にだって負けやしないんだから。それに私、ルゥが思ってるより大人なんだよ?」
ルゥは言葉を失い、困ったように私を見た。
私は彼に向って笑いかける。こんなこと、なんでもないって風に。
そのまま、穴に入っていこうとすると……
ぐい、とルゥの手が私の腕をつかんだ。
思った以上の力だった。
「駄目だ。君一人ではいかせられない。僕も行く」
ルゥを見る。
彼は今まで見た中で、一番険しい顔をしていた。
彼のこんな表情を見たのは、初めてだ。
「ゼド。僕の風の精霊も置いていく。何かあったら、マルテより早く僕の精霊が気付く。そしたら、迷わず逃げるんだ。道はわかるね?」
「あ、ああ」
ルゥは私の手を握り、今度は先に穴に入っていこうとした。
「ル、ルゥ?」
「……君のことは、僕が絶対に守る」
有無を言わせぬ迫力があった。
私はコクリと頷き、彼に引かれながら洞穴へと足を踏み入れた。
***
ふと、嗅ぎなれない匂いを嗅いだ。
この洞穴の中で、自分に知らない匂いはない。
侵入者だ。
動物……いや……人……子供……?
足音が小さい。軽い人だ。
多分、子供だ。
ほっと胸をなでおろそうとして、いやいやと首を振った。
自分の敵は、そんな甘くはない。
追い詰めるためならば、子供だろうとなんだろうと使うだろう。
あるいは、自分を油断させるための偽装かもしれない。
”なんてことだ! せっかくここまで生き永らえたのに……やっとここまで力を取り戻せたのに……”
音にならない歯ぎしりが体をきしませる。
彼の苦悩に合わせて、空気がぐわん、とゆがんだ気がした。
”……だが、このままおめおめとやられるわけにはいかない……あの方が戻られるまで……自分は……自分は……この世界にあり続けると決めているのだ!”
ぼそぼそと呪詛をつぶやいた後、おもむろに無造作に転がっていた何かの欠片を手に取る。
手を合わせ、それに向かって唱えた。
「”闇の精霊よ、躯に宿れ”」
***
「あうっ!」
「マルテ! 大丈夫?」
「う、うん」
地面の出っ張りに足を取られ、転びそうになる。
ルゥがすかさず体を支えてくれた。
光の精霊が洞穴を照らしている。
しかし、行く先は深く、深淵は闇を湛えたままだ。
「なんなんだろう、ここ……」
「壁のこの感じ……自然にできたものじゃない。誰かが掘ったんだ」
「”ランゴリア”が? ランゴリアは……人? でも、なんで動物なんかさらうんだろう……」
「……食べるため、とか?」
その言葉に、背中に怖気が走った。
思わずルゥの腕の握りしめる手に力が入る。
「ひ、人は? 人は食べないよね……」
「さあ……でも、人を襲わないのは、知られたくないからかも……」
私は頭の中に、牙を生やして棍棒を持って動物を追いかけまわす、筋肉ムキムキの大男を想像した。冒険譚にたびたび出てくる、オークと呼ばれる亜人種だ。
もしそんなのに遭遇したら……問答無用で魔法をぶっぱなし、倒すしかない。
大丈夫、大丈夫……私の得意な”大地の剣”は、大木の枝を切断するほど鋭い。
もし剣で切れなくても、”炎の柱”で焼いてしまえばいい。やれるはずだ……
「シッ!」
ルゥのその声に、びくりと体が震えた。
彼が暗闇の先を見つめている。
「ど、どうしたの?」
「何か感じる……か、風の精霊が……」
彼は何かに集中するように目を閉じた。
ごくりと唾をのむ。
「い、いる……いち、にい、さん……たくさん!」
「ル、ルゥ!」
私は暗闇の先を指し示した。
もう、精霊で確認するまでもない。
そこに、それはいた。
体中の肉は、どろりとした粘土のようなもので覆われている。
ところどころに欠けた部分から、中の骨が覗いている。
しかし、立ってこちらを見ている。
目玉のない暗い双眸から、確かにこちらを……
「森の動物の……リビングデッド!!」




