第5話「初めての友達」
人の頭に、動物の耳がある。
そんなのは元の世界で言えばコスプレに違いないが、この世界にそんな概念は多分ない。
見れば見るほど、それは現実感を伴って私の前に存在する。
いや、耳だけじゃない。よく見れば、尻尾も――
「み、見ないでよっ……」
男の子が恥ずかしそうに耳を隠した。
私は我に返った。
もしかして、これが理由か。
彼らがこの男の子をいじめていた理由は。
確かに、異分子を排除しようとする心理は理解できる。
理解できるが、やっていいことではない。
いや、そんなことより、彼の見た目は、決して排斥されるべきものではなく、むしろ――
「な、なに? 君も、僕のことを嫌うの……?」
男の子の目が不安に揺れる。
怖気づく彼に、私は彼の手を取った。
「可愛いっ!!」
「えっ……?」
彼はきょとんとした目で私を見た。
「すっごく可愛い!! ねえ、これ本物? さ、触ってもいい?」
「え? う、うん……わ、ちょっと、くすぐったい!」
「うわぁ……うわぁ……ふわふわ……本物だぁ……」
「ちょ、だめ、そこ、弱いの!!」
「え? あ、ごめん。えへへ」
彼を解放すると、彼はほっと息をついた。
「君、変な人だね。僕のことが怖くないの……?」
「なんで? すっごく可愛いと思うんだけど」
「大人も僕を見ると嫌な顔するよ」
「そうなの? 私、お屋敷から全然出たことないから、外のこと良く知らないの」
「……君、どこに住んでるの?」
「えーとねぇ、あっちの方。この道をまっすぐ行ったところ」
「?? 確かあっちの方には、領主様のお屋敷しかなかったと思うけど……」
ぎくりとした。
どうしよう。領主の娘なんて言ったらびっくりするかな。隠しておいた方がいいか。
「そ、そう。私、あの屋敷の使用人の娘! 住み込みで働いてるの!」
「そうなんだ。僕より小さいのに、すごいね。……君、なんて名前?」
「私? 私は、マルテ。マルテ・フォ……」
言いかけて、やめた。フルネームで言ったらばれるかもしれないじゃん。
「マルテ・サイトウ・タナカよ」
「なにそれ。変な名前」
「べ、別にいいじゃん。あなたの名前は?」
「僕? 僕は……ルゥ。ただのルゥだよ」
「そう。よろしくね、ルゥ」
手を差し出すと、彼はおずおずと私の手を握った。
やった。友達だ。
この世界に転生して、初めての友達だ――!
***
「お母様、今日も遊びに行ってくるね!」
「はぁい。気を付けてね」
それからは、私は積極的に外に出るようになった。
初めて友達ができたのがうれしくて、何度も彼に会いに行った。
外に行くのは、お母様に体の心配をされないよう、という打算もある。
だが、それ以上に楽しみな理由があった。
「……”光の精霊よ、顕現せよ!”」
「うわぁ、すごい! ほんとに魔法だ……!!」
「えへへ。これが光の魔法だよ」
これまでは隠れて魔法を使っていたのが、おおっぴらに披露できる相手ができた。
これには大いにモチベーションを刺激された。
やっぱり魔法を使って反応があると、張り合いがある。
「他にはどんな魔法を使えるの?」
「ええとねえ……炎の精霊でしょ、風の精霊でしょ、水の……見せたほうがいいか。”水の精霊よ、顕現せよ!”」
「うわあ、すごい……!!」
彼の眼の色が輝くと、私の心は踊った。
変化はそれだけではない。
あの日以来、私は魔法の威力を調節することを覚えた。
「今から特大の炎の精霊を作ってみるね……むむむ」
掌に力を籠めると、魔力が一層引き出されるのがわかる。
あの日に呼び出したような、大きな火球が手の中に出現した。
これまでは極小の精霊を呼び出すのみだったのが、大きなものを呼び出せるようになった。
これは光、風、水の精霊も同様だ。
わかる。これまで以上に、体の中を流れる魔力の胎動を感じる。
それと同時に、自分の限界点も意識できるようになった。
今作り出した炎の精霊ならば……おそらく、十回くらいが今の限界だ。
「すごいなぁ……僕も使ってみたいなぁ……」
ポツリと、ルゥがつぶやいた。
私はそれを聞き逃さなかった。
「教えてあげよっか!?」
「え、ええ……? いいよ、僕なんか……」
「遠慮しないで! ええとね、体の中に流れる魔力を感じるの。そして手を掲げて……」
「魔力……? 手……?」
見よう見まねで手をかざすルゥ。
「こう唱えるの。”光の精霊よ、顕現せよ!”」
「ひ、光のせいれいよ、けんげんせよ!」
……何も起きない。
あれー? おっかしいなー。私はできたんだけど。
「や、やっぱり駄目なんだよ、僕なんて……あっ!」
「そんなことないよぉ。うーん、手の角度、こんな感じかなぁ? で、ここら辺に力を込めて……」
「う、うわわわわあ」
私は彼にぴったりくっついて手を操った。
彼の可愛い耳が喉に当たる。気持ちいい。
「ね、もう一度唱えてみて」
「う、うん。……”光のせいれいよ、けんげんせよ!”」
しかし、やはり何も起こらない。
だが、私は彼の体から兆しのようなものを感じ取った。
「だ、駄目だね、やっぱり……うわぁ!」
「ううん、そんなことない。確か、この辺……」
彼のお腹のあたりをまさぐる。ここら辺から、彼の魔力が流れる兆候を感じ取ったのだ。
「や、やめてよおお」
「いいから。このまま、もう一度唱えてみて」
彼が手をかざす。その間に、私は自分の体から流れる魔力の”道”のようなものをイメージした。道は私の手を通り、彼のお腹の中を通り抜け、手の先から出る。
私の手の先からは魔力が流れている。後は彼の”道”が開通すれば……
「”光のせいれいよ、けんげんせよ!”」
その瞬間、彼の魔力が流れ出すのを感じた。魔力は道を通り、手からあふれ出し、一つの塊として結実して……
「で、出たあ!」
「やったあ!」
彼の初めての魔法は成功した。
小さな光の精霊が、宙に浮かんでいる。
喜んで抱き合おうとしたのも束の間、私は彼の以上を感じ取った。
「あ、あれ?」
ぐらりと彼が揺れる。
魔力が尽きそうなのだ。私はあわてて彼の”道”を止めた。
光の精霊はフッ、と消え去った。
あわてて彼を支えてあげる。
すんでのところで、彼の意識は保たれた。
「あ……」
彼と目が合う。
息がかかりそうなくらい近い位置に彼の顔がある。
その視線に、なぜかドキリとしてしまった。
「ご、ごめん。なんか、ぼーっとしちゃって……」
「う、ううん。最初は私もそうだったよ。明日はもっとうまく使えるようになるよ」
それからは、彼が良い魔法の練習相手になった。




