第33話「日向のにおい」
(ルゥ……?)
一瞬彼かと思ったが、よく見ると違う。
ルゥと違って髪が長い。そしてルゥには大きな犬の耳があったが、彼には見当たらない。髪が長いせいかもしれないが、犬耳が隠れるほどのボリュームではない。
ルゥではないとわかると、ホッとしている自分に気付いた。
正直、今彼ともう一度会ったら、なんと声をかけていいかわからない。
今も胸が高鳴っている。
教室は俄かにざわついている。特に女子生徒が、ルカの容姿について密やかに語っているのが分かった。
それも無理もない。ルゥをそのまま大人びたようにさせた彼の容姿は……私の目から見ても美男子と言ってよかった。
私は動揺を隠しながらルカが後ろの席に歩いていくのを見送った。
すれ違いざま、懐かしい匂いをかいだ気がした。
ルゥのお腹の匂い。日向のような芳香を感じた。
***
休み時間。
早速ルカを生徒たち、特に女子生徒たちが囲んだ。
「ルカ君って、どこから来たの? 家の名前は?」
「僕はゼルン同盟領の外から来たんだ。ごめんね、家名の方は、ちょっと明かせない」
ルカはさらりと女生徒に答えた。
初対面の人であっても、物おじした様子はない。
ルゥはどちらかというと引っ込み思案な性格だったから、ここは全然似ていなかった。
「ゼルン領の外って言うと、もしかして、帝国の方とか……!?」
驚く女生徒たちに、ルカは何も言わずにほほ笑んだ。
帝国はゼルン同盟領にとって仮想敵国だ。そこからやってきたことを明かすのは、彼にとって不利益になる可能性がある。家名を明かせないのも、そこら辺の事情かもしれなかった。
「すごい……! 帝国……憧れますわ……」
女生徒たちは恍惚とした目でルカを見た。
事情はどうあれ、このハイア大貴族学院に入学してくるということは、名のある家の出であることは間違いない。
彼の整った容姿と共に、謎めいた背景がさらに女生徒たちを魅了しているのだろう。
私は遠巻きにそれを見ていた。
正直言うと、私も彼に近づきたかった。
彼がどこの家の出なのかはどうでもいい。
ただ、ルゥを想起させるすべての要素が……あなたは何者なの? と心の中で問いかけずにはいられなかった。
ただ、声をかけられなかったのは、ルゥに対する後ろめたさがあったからだ。
彼との別れが未だに尾を引いている。
彼を忘れて、別の似た男の子に興味を持つのが……なんとなく憚られた。
だが、そんな私の気持ちとは裏腹に、事態は思いもかけず進んだ。
放課後。授業が終わり、再び生徒たちがルカ君を取り囲もうとした時。
「ごめん。ちょっと、この学院を案内してくれないかな」
私はギョッとした。
他の生徒たちを押しのけ、彼はなぜか私のところに来たのだ。
虚を突かれた私は、しどろもどろになりながら答えた。
「えっ!? え、えええええと、い、いいけど……!? で、でもなんで私に……!?」
「なんというか、君には僕と似たようなものを感じてね。他人のような気がしないんだ」
ごくりと唾をのんだ。
他人のような気がしないだって?
それはまさに、私が感じていたことだった。
彼も、私と同じように感じていた……!?
「いいよね?」
彼は私の返事を待たずに、手を伸ばしてきた。
手を取られそうになり、私は慌てて立ち上がった。
「じ、じゃあついてきて、ルカ君!」
私は逃げるように教室を出た。
ルカ君も私についてくる。
女子生徒たちの視線が突き刺さっている気がした。
「ここが図書室で、隣が空き教室で……」
落ち着かない気持ちのまま、学院を案内する。
どうしても心がムズムズして仕様がない。
ルゥとの楽しい日々を思い出させる。
ルカ君はずっとにこやかに笑ったまま私を見ていた。
「で、ここが食堂だよ。……こんなところかなぁ?」
私が知っているところはすべて回った。
あとは正直言って、私もよく知らない。
私だってこの学院にきてまだ日が浅いのだ。
「ふぅん。これだけかい?」
「うん。大体見て回ったでしょ?」
彼は少々物足りなさそうな顔をしていた。
そして何かを探すようにあたりを見回した後、私を見た。
「……君、何か隠してないかい?」
「えっ!?」
どきりとした。
隠しているといわれて、私が思い当たるのは魔法同盟のことしかない。
しかし、彼はこの学院に来たばかりのはずだ。
魔法同盟の噂を耳にするには早すぎる。
「こ、これ以上何も知らないよ? 私だって、この学院には入ったばかりなんだから」
私は誤魔化すように言った。
魔法同盟はその存在を探すところから試練が始まっているのだ。
そうやすやすと教えるわけにはいかない。
「ふぅん……」
ルカ君は面白そうに私を見た。
そして次の瞬間、思いもかけない行動に出た。
「ひゃあッッ!?」
強い力で引き寄せられたと思った後、日向の匂いが香るのが分かった。
ルゥと同じ匂い。私は抵抗ができなかった。
そのまま、彼に抱きしめられた。
その直後、私を懐かしい感覚が貫いた。
「ほらやっぱり。君も魔法使いだった」
「ああああああ……!?」
繋がっている。
魔力の道が彼と私の間に開通し、そこから莫大な魔力が流れ込んできていた。 あまりにも鮮やかな手腕だった。
そして同時に悟った。
どうして彼といるとルゥを思い出すのか。
魔力の道を通して覗いた、彼に内在する魔力の形は……ルゥにそっくりだったのだ。




