第32話「おまもり」
「こ、このゴブリン!! 私が戦ったやつと似てる……!」
ギルギスタが示した本に描かれた絵。それはルゥと一緒に潜った洞穴にいたゴブリンとそっくりだった。餓鬼のような小さな体に大きな頭。それに加えて、あの個体はひどく老衰していた。本に書かれたゴブリンも、しわくちゃで年寄りに見える。
「闇魔法を駆使するゴブリンなど、この者以外にありえません。最も古き者の一人、”盲目のゴンドール”」
ギルギスタが言った。
「盲目のゴンドール……それがこいつの名前?」
「と、言われています」
「なんで自信なさげなの?」
「闇の眷属については、分からないことの方が多いのですよ。コイツが最後に目撃されたのは、120年前の帝国の首都。この絵はその時の写しと言われています」
「ひゃ、ひゃくにじゅうねん……? ゴブリンって、そんなに長生きなの?」
「まさか。人より短命なくらいです。コイツが生きているとすれば、人には知られていない魔導か、はたまた異界の知恵によるものでしょう」
「この本は何? ミイス王女の敵だった奴らが載ってるの?」
「この本の題は”忌まわしき者たち”。ミイス王女の敵とは限りません。ただ、魔導を志す者が恐れるべき悪鬼たちが記された本です。コイツはその中でも小物です。もっと恐ろしいところでは、悪魔や魔王、邪神や魔人といった者が載っていますね」
私は疑念を抱かずにはいられなかった。
その中に、動物の耳や尻尾の生えた者はいるのか。
闇魔法を使うルゥは、彼らの仲間なのか……?
本を手に取ろうとして、躊躇した。
知ることが怖い。
私は誤魔化すように笑った。
「そんな悪い奴を倒したんだから、お手柄だよね! また見つけたら、今度もやっつけないと!」
私は握りこぶしを作って意気込んだ。
だが、次の瞬間、ギルギスタは思いもかけない勢いで私の肩をつかんだ。
「いけません」
「えっ? えっ?」
彼の手には力が入っていた。
私の腕にかかる圧力に、思わず戸惑った。
ギルギスタは見たことないくらい真剣な目で私を見ていた。
「絶対に戦ってはいけません。もし見つけたら、すぐに逃げてください。そして私に知らせるように」
「ど、どうして?」
「闇の眷属の力はあなたの想像を超えています。決して手を出してはいけません」
真に迫るものがあった。
まるで、彼も闇の眷属と対峙したことがあるような……
「で、でも……盲目のゴンドールには勝てたよ……?」
「運が良かったのです。おそらく、他の者が相手なら殺されていました」
彼の言葉に、背筋をひやりとしたものが伝った。
確かに、あの時は本当の本当にギリギリだった。あの時の閃きがなければ……ルゥが私についてきてくれなければ、間違いなく私は死んでいただろう。
言葉を失う私に、ギルギスタは力をフッと抜いて囁いた。
「……あなたには才能が有ります。無茶な戦いをせずとも、いつか必ず彼らに勝てるときが来るでしょう。その力がつくまで、決して戦ってはいけません」
その時、私はホッとするのと同時に、妙な高揚感を感じていた。
……ギルが、私を褒めた?
その事実を認識するのに、少々時間がかかった。
「で、でも……もし逃げられないときは? どうしたらいい?」
全身を包む妙な感覚に、私は誤魔化すように訊いた。
彼は少し私を見た後、懐を探り出した。
取り出したのは、複雑な意匠が施されたペンダントだった。
「なにそれ?」
「魔導院のペンダントです。魔導学院を卒業し、魔導院に所属することになった者に与えられます。いわば魔法のプロの証ですね」
初めて見た。そんな物があるのか、と思うと同時に、ギルが魔導学院を卒業していることを知った。
取り出したペンダントをどうするのかと思ったが……次の瞬間、私はさらに困惑した。
「え? え? え?」
ギルギスタは私の首にそっとネックレスをかけた。
突然のことに、戸惑いを覚えずにいられない。
「それを肌身離さず持っていてください。いざというときは、それに向かって助けを念じるのです。魔導院のペンダントは、持ち主と強く結びつく祝福がかけられています。あなたほどの魔力があれば、ペンダントを通じて危機を察せます。この街の中ならば、十秒とかからずに駆け付けましょう」
「わ、私がつけてていいの? その、大事なものなんじゃないの……?」
彼は微笑んだ。
「魔導院の威光が届くところでは便利なこともありますね。まあ、私にはあってもなくてもどうでもいいものです。私が一角の魔法使いであることは、この身一つで証明できますから」
すごい自信だ。
私は首にかけられたペンダントを眺めた。
不思議と胸が高鳴っていることに気付いた。
***
教室の中で、ペンダントをぼんやりと見つめた。
家族以外から物をもらうなんて、どれくらいぶりだろう。
それも、こんな大事なものを……
「マルテ。それ、なに?」
隣の席のバルツが言った。
「ん? んー……もらったの」
「え? だ、誰から?」
「雑用係だと思ってた人から」
「え? それってもしかして……あの男の人か? ご飯とか作ってくれる?」
バルツはなぜか泡を食っていた。
でも、私も不思議に思わずにいられない。
いつもはすました顔で本ばかり読んでいて、何を考えているのかよくわからない。
魔法対決をすれば大人げなく私を打ち負かし、バカにしたように笑うこともある。
かと思えば、昨日のように私を真剣に守ろうとしてくれる時もある。
いったい彼は、私をどう思っているんだろう?
そう思いながら、先生が教室に入ってくるのを待っていた。
教室の扉が開く。
いつものように、先生が入ってくる。
だが、次の瞬間、とてつもなく懐かしい感慨に襲われた。
先生の後ろ。彼に続いて、何者かが教室に入ってくる。
「うそっ……」
思わずつぶやいた。
昨日は久しぶりに彼のことを考えたのだが、そのあとの出来事が印象深過ぎて忘れかけていた。
だが、思い出さずにはいられなかった。
「皆さん、今日から新しい生徒がクラスに加わります」
担任の先生は隣に立つ男の子を示した。
その子の、仕草や表情……あるいはそれらすべてが醸し出す雰囲気が、彼に酷似していると思ったのだ。
「……初めまして。ルカと言います。昨日この街に引っ越してきました。よろしくお願いします」
彼はそう言って柔和に微笑んだ。
その笑顔も、やはり彼にそっくりで。
(……ルゥ?)
ルカと名乗った子は、一年前に別れた彼によく似ていた。
エルフラン領で一緒に魔法を勉強した、ルゥに……




