第26話「アリアデネーの糸」
「別にい。ちょっとなかなか、探し物が見つからなくて……」
「……ふむ。もしよろしければ、事情を聴きましょうか? 力になれるかもしれませんよ」
私はギルギスタの顔を見た。
ニコニコしている。
こいつは、お父様の刺客のくせに、いけしゃあしゃあと……
でも、彼のメモで助かったこともある。
ダメもとで聞いてみるか。
「……アリアデネーの糸って、知ってる?」
「ほう、その言葉は、久しぶりに聞きました……」
「し、知ってるの!?」
「ええ。伝説ですね。名前については諸説あるようですが……本当に実在したのかどうか」
「お、お願い! 詳しく教えて!」
「……おや? もしかして、ご存じない?」
「わからないから、聞いてるんでしょ!」
「これは意外でした。あなたが知らないとは。あんなに大事そうに持ってらっしゃるのに」
「……え?」
「”ミイス魔導物語”ですよ」
***
私は部屋に戻るなり、大急ぎでその巻を読み返した。
記述があるのは、第二巻の最後。
ミイス王女は仇敵を追い、異界の扉をくぐる。
その際、異界で迷わぬように、その世界の友人であるアリアデネーから糸を渡されていた。彼女は仇敵を撃破した後、糸を辿り、元の世界へと戻る。
「こんな、こんな身近なところにヒントがあったなんて……!」
「とっくにご存じかと思っていました。何度も本を読んでいるようでしたから」
「私は、そこに書かれている魔法を覚えるまで、読み進めないと決めてるのよ」
「ほう。それは面白い読み方ですね。そうなると、三巻以上を読むのは大変でしょうねえ……」
ギルギスタが面白そうに言った。
それは最近、なんとなく思っていたことだ。
本に書かれている魔法は加速度的に難しくなっている。
本当にミイス王女は天才だ。ひょっとしたら、私は最後まで読み進めることができないかもしれない。
しかし、今重要なのはそこではない。
「ねえ、ギルギスタ。他に、このアリアデネーの糸について、知っていることはない?」
私は真剣な表情で彼に聞いた。
彼は少し意外そうにした後、口を開いた。
「伝承では、彼女の友人アリアデネーも魔法使いだったといわれています。そしてそこに書かれている『糸』とは、物質的なものではない。仇敵に発見されないよう、魔力で編まれた不可視の糸であったとか」
「魔法の糸……?」
「あり得る話です。あらかじめ仕掛けておくタイプの魔法は多々ありますが、それは敵に発見されては意味がなくなる。アリアデネーの糸も、ミイス王女にしか発見できないよう、魔力的に隠蔽されたものだったのでしょう」
「そ、それよ! 私が探してるのも、まさしくそういう糸だわ! ね、ねえ、そういう、限られた者しか見つけられない魔法って、どうやって探したらいいの?」
「そうですねぇ。私なら……いや、これ以上はやめておきましょう。後は自分で考えてください」
「そ、そんな! あと少しなのに!」
「ふふっ。それを考えることも、その糸を見つけ出す条件なのではないですか? あなたが見つけるにふさわしい人物なのか、どうか」
「……ギルギスタの意地悪! もう聞かない!」
***
「へええ。”ミイス魔導物語”か。それは気付かなかったな。俺、教科書でしか知らないから」
「私も、その本は一巻しか読んでないから……」
「わたくし、魔法に関する本は親から読むことを禁じられていますの」
バルツたちは”ミイス魔導物語”の内容を知らなかった。
道理で見つからないわけだ。
「結局私はアリアデネーの糸を探す方法を見つけられなかったんだけど、何かないかな?」
「うーん、俺、魔法のことはさっぱりだからなぁ」
バルツが顎に手を当てて考え込む。
その時、アルトが手を挙げた。
「あの、私も魔法のことはよくわからないんだけど……ミイス王女は、特別な魔法使いだったのよね? 他に並ぶ者のいないような」
「うん。天才中の天才。私も多分敵わない」
「そこで対抗しようとするのがすげーよ……」
「だったら、アリアデネーの糸がミイス王女を見分けるのは、実は簡単だったんじゃないかしら? それこそ、彼女しか使えない魔法を使うとか」
「そっか……そうだね。確かに、それなら他の誰にも見つからないね。でも、私たちが探している糸が、そんなにハードルが高いとは思えないんだけど……」
少なくとも、ホルスは見つけているようだった。
彼がどれだけ優れていようと、ミイス王女ほどとは思えない。というか、ギルギスタにすら及ばないだろう。もっと多くの人に見つけられるもののはずだ。
「わたくし、ちょっと思ったんですけれど。ミイス王女を見分けるのなら、特別な魔法を使う必要はありませんわ」
「えっ?」
リーンを見た。
「ミイス王女は、他に並び立つ者のいない絶対的な魔法使い。彼女以上の魔力を持つ魔法使いなど、歴史上存在しませんわ。だったら、その魔力こそが、彼女を見分けるカギになると思いませんこと?」
「つ、つまり?」
「アリアデネーの糸は、彼女の持つ莫大な魔力に反応する。一定以上の魔力を与えないと、姿を現さないんですわ」
電流に打たれたような気がした。
確かに、それならホルスの言った「資格を持つ者」の条件と合う……!
「でも、そのためには『糸』が仕掛けられた場所をまず知らないといけないんですけど……って、マルテ?」
私は立った。
そして、リラックスして全身の力を抜き……
目を見開き、一気に解き放った。
「マ、マルテ……うわっ!?」
私に話しかけようとしたバルツがよろめく。
全身から噴火口のように魔力が吹き出している。
どういうわけか、全力で魔力を開放すると、地響きが起きた。
「な、なにこれ!? マルテちゃん、何してるの!?」
「魔力を解き放っているんですわ! こ、これは……なんてすさまじい量……!! 目で見えそうなくらい濃厚な……!!」
私は構わずに魔力を垂れ流し続けた。
それこそ、学校中に私の魔力が満ちるくらいに。
ほどなくして、私は……校舎の一角から、わずかな魔力の反応を捉えた。
「見つけた!! 校舎の隅の、倉庫のあたり!!」
私たちは階段を駆け下り、目的の場所を目指した。
その場所は地下にあり、人が訪れることは滅多にない。
「これが……アリアデネーの糸……!」
私の目の前に、魔力に反応して輝く紐のようなものが空間から飛び出していた。もちろん、魔力を通しているから感じだけで、見ることはできない。
私はその紐を引っ張った。
空間が裂け、扉のように私たちの前に開かれていく。
「あーあ、見つかっちゃったか……」
「!?」
中から声が聞こえた。
一人ではない。何人かいる。
そしてその中の一人は、私もよく知っている人物だった。
「ようこそ、魔法同盟へ。マルテ君」
「ホ、ホルス……」
ホルスが、扉の中から私に会釈して見せた。




