第25話「燐光のホルス」
「もう、どうして急に声を出したの!? マルテ!」
「ご、ごめん。向こうから話しかけられた気がして、びっくりして」
「話しかけられたあ? あいつはずっと机にかじりついてたぞ」
「うん、そうなんだけど……」
びっくりした。
魔力を使って圧力を与えるられることを知った時も驚いたけど……まさか、声を届けることもできるとは。
思っていた以上に、魔法は奥が深いらしい。
私たちは年長組の授業が終わるまで待つことにした。
そして迎えた放課後。
”燐光のホルス”がいる教室へと向かう。
「あ、あれ? いない?」
彼は影も形もなかった。
「え? でも、出てくるとこは見なかったぞ」
バルツが言った。
「ええ? じゃあ、どこに……あの、ちょっと聞きたいんですけど。ホルスさんて、どこに行ったか知りませんか?」
私は彼の席の周りにいた生徒に聞いてみた。
「え? あいつ? さっきまで後ろに……あれ? いないなぁ」
「出てくところって、見ました?」
「いや、見てないよ。あいつ、たまにこういうことあるんだよなぁ。幽霊みたいに消えちゃうというか」
「ありがとうございます!」
私はバルツたちの元へと戻った。
「お前、よく年長者に気軽に話しかけられるな……」
「え、そう? みんな可愛いよ?」
「か、可愛い?」
実質23歳の私から見ればね。
「でもどうしよう。肝心のホルスさんが見つからないんじゃ……」
「……やっぱりこうなりましたわね」
リーンが言った。
「私の時も、こうでしたの。話しかけようとしたら、すぐに姿を消してしまう」
それで話を聞きに行く、と言ったときに微妙な顔をしていたのか。
さて、どうしようか。
普通ならここで諦めるところだが、私は魔法使いだ。
他の人よりもちょっと取れる選択肢が多い。
「よし、こうなったら……! ”風の精霊よ、顕現せよ”」
「え? マ、マルテ?」
驚くバルツたちを無視し、無数の風の精霊を召喚する。
「散って!」
その精霊を、学校中に向けて解き放った。
生徒たちが突然現れた緑色の光球に驚きの声を上げる。
私はかつてないほど大量の風の精霊を呼びだした。
「風の精霊よ……魔力の息吹を探して……」
ホルスがいなくなったのが、彼の魔法によるものだとしたら。
まだ残っているはずだ。
彼の魔法の残滓が……!!
”うわっ”
「ッッ!!」
その時、思いがけないところから彼の声を聴いた気がした。
それは私が探そうとしていたどこでもない。
既にいないと思っていた、彼の教室からだ。
「いた!! バルツ、教室の隅っこに、ホルスがまだいる!!」
「ええ? でも、何にもないぞ?」
「見えないけどいるの! そこらへんに触ってみて!」
「ッッうわわわわあ!?」
触るまでもなかった。
私が指示した途端、教室の隅から彼が姿を現した。
「”風の精霊よ、わが意となれ!”」
なんと、彼は教室の窓から飛び降りた。
そのまま落下することもなく空中を走って逃げる。
「待て――――!! ”大地の剣よ、切り裂け!”」
空を飛ぶ魔法を使えない私は、大地の剣を呼び出して、それにつかまって無理やり彼に迫った。
「うわああああ!? 何この子!? 無茶苦茶だ!!」
彼はひょろひょろと校舎の隅へと落ちていった。どうやらそれほど滞空時間はないらしい。
私は必死で彼を追いかけた。
体力なら軟弱な貴族どもには負けない。
こちとら田舎の草原でルゥやゼドたちと走り回っていたのだ。
「はひ――、はひ――、ちょっと、待って……」
息も絶え絶えなホルス。
私はとうとう追いついた。
「やった! 捕まえた!」
「き、君ぃ! 無茶苦茶だね! 学校中に風の精霊を飛ばすわ、大地の剣で無理やり飛んでくるわ……」
「あはっ。でも、捕まえたから私の勝ち!」
「ずるいよ! 僕たちは公然と魔法を使わないように気を使ってるのに……」
「”僕たち”!? やっぱり、魔法同盟はあるの!? あなたは、その一員!?」
ホルスは”しまった”という顔をした。
「……魔法同盟は、学院にも国にも秘密なんだ。僕の口から語ることはできない」
「じゃあ、入ることはできる? 私、魔法のことがもっと知りたいの。魔法同盟に入って、いろんな魔法の使い方を教えてもらいたいの」
ホルスはため息をついた。
「……魔法同盟は、入るべき人が辿り着くように出来ているよ。もし君に資格があれば、自ずと道は開けるはずだ」
「し、資格? 私、大人にも負けないくらい魔法が使えるつもりだけど……それじゃ、足りないの? もっと勉強しなきゃダメ?」
「……君は僕に追いついたし、若いから見込みがあるかもしれない。一つだけヒントを上げよう。”アリアデネーの糸を辿れ”……僕が言えるのは、それだけだ」
***
「アリアデネーの糸? 何それ」
バルツが言った。
ホルスは私にヒントを告げると、用事があると言ってすぐに消えてしまった。
唯一の手掛かりを得た私は、魔法同盟探しの面々でその言葉の謎を追うことにした。
「アルト、知ってるか?」
「知らない。リーンは?」
「私も知らない」
どうやら誰も知らないらしい。
私は……どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど……
ダメだ。思い出せない。
その日の探索はあきらめ、私たちは翌日、放課後の図書室に集まった。
「辞書には……うーん……載ってないなぁ」
「外国の言葉かもしれませんわ」
「ああ、なるほど……図書室にあるのは、帝国の公用語と、諸王連合の第一公用語の辞書だけだ」
「諸侯同盟の言葉とは発音が違うから、単純に”ア”で検索できないのよね……あー、面倒ですわ」
私たちは様々な本と格闘した。
しかし、さすがは諸侯同盟で最も有力な貴族が集まる学院の、成績優秀者たちだ。まだ子供なのに、アルトとリーンは異国の言葉にも造詣があるらしい。バルツと私は、ちょっと置いてけぼり気味だけど……
「ア、アルト。これ、どう読むの?」
「ん? ああ、マルテちゃん。これはね……」
アルトに異国の言葉について教えてもらう。
ううむ。なんだか本当のお姉ちゃんみたいだ。私は実質23歳なのに……
私とバルツは一所懸命二人についていった。
「はあ、ないなぁ」
あっという間に時間は過ぎ去る。
しかし、放課後の魔法同盟探しは思わぬ副産物が得られた。
地理や歴史の成績が上がったのだ。
それは私だけではなく、バルツやアルト、リーンもだ。
もともとバルツは成績が低めだったが、アルトやリーンといった成績上位者といることで、知識が底上げされる。
アルトやリーンについても、若干苦手気味だった算数が、私といることで補強された。
正直言うと、最近学校が楽しい。
最初は貴族のボンボンと付き合うなんて、気が引けていたけど……バルツもアルトもリーンもみんないい子だ。放課後の図書館でのひと時を楽しみにしている自分がいる。
……とはいえ。全然魔法同盟探しは進んでいないのが実情だった。
「あーもう! 今日も見つからなかった……」
「おや、どうしました。今日はご機嫌斜めですね。最近は楽しそうでしたのに」
本から顔を上げ、ギルギスタが言った。




