第23話「メモ」
「マルテさん、今度うちで食事会があるんだけど、ぜひ来てくれないか? バーデクス領中の有力者が集まる予定なんだ」
「ごめんなさい。その日は既に男性との食事の予定(ギルギスタと夕食)が入っておりますの」
昼休みに入るなりやってきた男子の誘いを、私はすげなく断った。
「マルテさん! 今度うちでパーティをやるんだ! 一緒に諸侯同盟の将来について話さないかい!?」
「ごめんなさい。その日は気難しい男性とスポーツ(ギルギスタと魔法対決)をする予定ですの」
男子の誘いから間髪入れずにお断りの返事をする私。
これでもう朝から8人目だ……
「すごいね、マルテちゃん。あっという間に人気になっちゃった」
私の隣でパンをかじりながらアルトが言った。
「……はあ。なんでこんなことになっちゃったんだろ。私は魔法のことが知りたかっただけなのに」
中庭で魔法を披露した後、男子たちの私を見る目が変わった。
最初は可愛い妹を見る目だったのが、今は完全に獲物を狙う獣の目だ。
私は魔法使い以外お呼びでないというのに。
結局、リーンさんは「体調が悪い」と言って早退してしまうし……
「マルテちゃん、すごく目立ってるから。成績は優秀だし、家柄はいいし、見た目だって可愛いもの。それに魔法まで使えるとなったら、放っておくほうがおかしいと思うわ」
「そうかなぁ。アルトのほうが可愛いと思うけど……」
「わ、私は、全然目立たないし。特徴ないし……」
「……はあ。これじゃ、何のためにこの学院に来たのかわからないよ。魔法の勉強ができると思ったのに……」
やってくるのは、玉の輿を狙う男ばかりだ。
私はしばらく男のことは考えたくもないというのに。
「マルテさん! 週末空いてるかな!? ぜひお話ししたいんだけど」
また来た。
もううんざりだ。おちおち昼食も食べていられない。
「あっはっはっは! 流石はマルテお嬢様! 大人気ですね!」
家に帰ると、ギルギスタが心底愉快そうに言った。
こいつ、目じりに涙まで浮かべやがって……そんなにおかしいか。
「良くないよ! これじゃ勉強するどころじゃないんだから!」
「良いではないですか。これでどんな貴族も選びたい放題だ。あなたの望み通りでしょう?」
「だから、私はそういうんじゃないんだってば! 今は婚約のことなんて考えたく無いし、貴族になんて興味ないの!」
「へええ。まるで手痛い失恋でも経験したような口ぶりですね。まだ6歳そこらのあなたが」
「う、うるさいなぁ……そんなことどうだっていいでしょ」
そうだよ。あれは失恋なんかじゃない。
ただちょっと、秘密を共有して感情移入しすぎてしまっただけだ。
「ねえ。そんなことより、この状況をなんとかする方法ない?」
「何とかとは?」
「男だけ寄せ付けない魔法とか」
「あっははは! それは面白い発想だ。なるほど、私にはメリットがなさそうですが、研究してみるのもいいかもしれませんね!」
「むー……バカにしてないで、あるの? ないの?」
そこで、ギルギスタはフッ、と笑みを浮かべた。
「あったとして……私があなたに教えると思いますか? エルフラン侯爵からあなたを見張るように言われている、この私が」
「うっ……!」
そうだ。こいつはお父様の言いつけで私を学院から逃げ出さないようにしてるんだった。逃げる口実を作る魔法なんて、教えるわけがない。
「せいぜい精進されることですね。では、私はちょっと買い出しに行ってきます」
ギルギスタは本から顔を上げ、上着を羽織って外に出ようとした。
「あっ」
ギルギスタが何かに気付いたように振り返った。
「なに?」
「しつこく誘われるのが嫌なら、さっさと婚約してしまうというのも手ですよ」
「しないって言ってるでしょ! バカ!」
ギルギスタは笑いながら出ていった。
まったく、人をイラつかせるのが上手い男だ。
何よ、いっつもすました顔で本ばかり読んで……
「……何読んでるんだろう」
ふと、テーブルに置かれた本が気になった。
覗いてやれ。案外、エッチな本だったりして……
「うっ。よ、読めない……」
本は知らない言語で書かれていた。
異国の本だろうか。
なんか馬鹿にされてるみたいで、更に腹が立つな……
「……ん? なにこれ?」
メモのようなものが挟まっていた。
これは読める。
”魔力は意思に応じた形をとる。強力な魔力の波動は、それだけで圧力となりうる”
「……ふむ?」
彼がなぜこのようなメモを残したのかわからない。
だが、書いてあることに思い当たるフシはあった。
洞穴でゴブリンと対決した時。
バルダー家でギルギスタと対峙した時。
人を寄せ付けないような圧力を感じたのだ。
「……もしかして、これを応用すれば、男子の誘いを減らすことができる?」
さっそく私は部屋にこもって試してみた。
魔力を空気中に解き放ち、私の周りに漂わせる。
これだけだと、ただのエネルギーの塊だ。空気と変わらない。
私は魔力の形を変えるように念じてみた。
……うねっている。
私の思念で出来た腕が、柔らかい魔力の衣をフワフワと撫でているようだ。
これだと全然まとまりがない。
私はもう少し、具体的なイメージを持って魔力に念じた。
魔力は、もっと硬い。でも、動く。粘土のような素材だ。
「あっ……形が固定できた」
今度はフワフワしない。
こうなれば、好きなように形を変えることができる。
私は出来るだけ男子を寄せ付けないような形に魔力を変えてみた。
「こんな感じでどうかな?」
出来上がったのは、丸まったハリネズミのようなトゲトゲした魔力の衣だ。
さらに硬くなるようにイメージすると、がっしりと固定されて動かなくなった。
かなり安定感があるように思う。
常に魔力を消費するけど、これで学校に行ってみるか。
「おはよー」
教室の扉を開ける。
「おはよう、マルテさ……うっ!」
私に近づこうとした男子が後ずさった。
それ以上話しかけてこようとしない。
着席する。
……誰も話しかけてこない。
うまくいったのだろうか。
そして何事もく迎えたお昼休み。
「アルト、隣良い? 今日はどうして一人で行っちゃったの?」
食堂ですでに食事をとっているアルトの隣に座った。
「あっ、マ、マルテちゃん……ごめんね。なんか、ちょっと、話しづらくて……」
えっ。もしかしてこのハリネズミの衣のせいか。
本当に効いてたのか。私はあわてて魔力の衣を解いた。
「あっ、ごめんごめん。ちょっと嫌なことがあって、もしかして顔に出てた?」
「ううん、顔というか、雰囲気というか……あれ? でも、今は平気だ。どうしてだろう」
え、えへへ……魔力の壁を作ってたからだよ。
流石にハリネズミの衣はやりすぎだったか。もっとマイルドなのにしよう。
ともあれ、これで男子の問題は解決だ。
心置きなく魔法のことに集中できる。
「あ、あのー、マルテ。隣いいかな?」
と思ったらこれだ。
魔力の衣を解いたそばから男子の誘いか。
やれやれ。今度はどんな厚顔無恥な奴なのか……
「あれ? バルツ?」
バルツだった。
彼なら私もやぶさかではない。
すぐさま隣を譲った。
「はー、よかった……断られたらどうしようかと……」
「なんで? 断らないよ? 友達でしょ? それに、バルツは私に婚約を迫ったりしないだろうし」
「えっ!? ま、まあ、うん……そうだね。……はぁ」
「どしたの急に。一緒に食べる相手がいないの?」
「いや、そうじゃないんだ。マルテは、この学校で魔法使いを探してるんだよね?」
「うん。魔法使いというか、魔法のことを知りたいというか。バルツが何か知ってるの?」
「いや。俺も魔法のことは興味あるけど、貴族は公然と魔法のことを勉強したりしない。危ないからね。だからこの学校にも、魔法に関する書物や授業は一切ない」
「……知ってるよ。私もがっくり来ちゃった」
「ところが、ある噂を聞いたんだ。この学校には、魔法を研究してる連中がいるらしいって」
「えっ!?」
「教師も親も知らない、魔法使いだけの秘密のクラブ。”魔法同盟”があるって噂だ」




