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第2話「初めての魔法」

 よく眠れぬまま夜は過ぎ、朝日が昇るころ、私は両親の目を盗んで、こっそり二人が見ていた資料に目を通した。


「隣の領地、バルダー家の三男……」


 資料には簡単な情報しか載っていない。

 それ以外には、その三男を描いたと思われる絵が一点のみ。

 それを見た私の感想。


「ふ、太ってる……」


 絵にはふくよかな男の子が描かれている。

 なるほど、貴族だものな……いいもの食べてるもんな……太るかもな……

 私のお兄様はスラッとした美青年なんだけどな……


 い、いやいや! 見た目よりも何よりも!

 私は、この子がどういう人物なのか知らない。

 名前も、性格も、趣味も特技も知らない。

 ひょっとしたら性格は良い人かもしれないが、悪い人かもしれない。

 もし結婚した後、性格が合わないやつだと発覚したらどうするのか?


 それを知らずに婚約するなんて、あり得ない。

 断固、絶対、猛烈に拒否したい。

 なにせ、私はただの幼児ではない。中身は大人……というほどでもないかもしれないが、17歳の女子高生が入っているのだ。

 前世ですら、ろくに恋愛なんてしてないのに……この処置は受け入れがたい。

 せっかく転生したのだ。二度目の人生はもっとわがままに生きてみたい。



 そんなことを授業の間考えていた。おかげで内容は全然頭に入っていない。せっかく先生が新しい教科書を持ってきてくれたのに。


「マルテお嬢様? 聞いていますか?」


「えっ? ああ、ごめんなさい! ち、ちょっと考え事してました……」


「……ふむ。やっぱり、この教科書は早すぎましたかね。もう少し簡単なのにしましょうか……」


 や、やばい。このままだとまた退屈な教科書に戻ってしまう。


「そ、そんなことないです! ええと、百年前のお姫様ミイスは、小さいときからおてんばで……」


 ほ、ほら。ちゃんと読めてるでしょ?

 内容が分かっていることを示すために、その後も諳んじて見せる。


「ある時お姫様は、一冊の魔導書を手にします。そこから彼女の運命の歯車は回りだしたのです……」


 読んでいるうちに、徐々に内容に引き込まれた。

 ミイス王女は、王家の目を盗み、密かに魔法使いとしての鍛錬を行う。

 表向きは王女としておしとやかに、裏では魔法使いとして苛烈に。

 そしてある時、彼女は平民に変装して魔導学院の試験を受け、見事に合格してしまう。

 独学で魔法を学んだ彼女の能力は、いつしか難関試験を突破するほどに磨かれていたのだ。

 彼女はその後、学院で切磋琢磨し……



「勇者と共に魔王を倒したお姫様は、勇者と結婚して幸せに暮らしました」


 一息に、全て読んでしまった。

 引き込まれる何かがあったのだ。


「す、すごいですね、マルテお嬢様。全部読めるんですか……? 子供には難しい言葉も結構あったんですが」


 驚いた顔の先生。

 教科書から顔を上げ、彼を見た。


「そんなことより、先生。これ、本当の話?」


「え? ええ。有名な話ですよ。隣国のミイス王女の英雄譚。それほど昔でもありませんからね」


「魔法使いって、王女様でもなれるの?」


「……普通は無理でしょう。ですが、魔導の才能を持つものは稀です。それだけ、彼女の能力が優れていたのでしょう。一国の姫としておくには、彼女はあまりにも有能すぎた」


 これだ、と思った。

 そうだ。認めさせればいい。自分は役立たずの末妹ではない。魔法使いとして世に出たほうが、私は役に立つのだ。どっかの知らない貴族のお坊ちゃんに嫁ぐだけなんて、勿体なさすぎる。


「ねえ、先生! 私、魔法を覚えたい! どうやったら覚えられるの!?」


「え、ええええ!?」



***



 怒られた。

 自分は国語の教師に過ぎない。もし自分の授業でマルテお嬢様が危険な魔法使いになりたがったなんて、知られたらまずいとかなんとか……


「ふんだ。大人はみんな勝手だ……」


 私をどっかに嫁がせようとしたり、魔法使いになったらいけないとか言ったり……

 どこの世界も変わんないな。これじゃ、何のために転生したんだかわからない。


 とにもかくにも、このままではまずい。

 先生は魔法の本を持ってきてくれないだろうし、両親に言ったらいかにも反対されそうだ。というか、先生の身がちょっと危ないかもしれない。魔法使いになりたがったのは、確かに先生の授業の影響だし。


 広大な屋敷をさまよいながら、私は何とかして魔法使いになる方法を考えた。

 

「先生を脅して、こっそり魔導書を持ってきてもらうか……先生を首にして、魔法使いの先生を紹介してもらうか……ん?」


 いつの間にか、行き止まりにたどり着いていた。

 目の前にあるのは、重々しい雰囲気の扉だ。

 何気なく、扉を開けてみる。


「……書斎だ」


 そこに広がっていたのは、本の墓場のような空間だった。

 空気が乾いている。古い紙の匂いがする。

 マルテの記憶にある限り、ここに来るのは初めてだ。


「そりゃそうか。普通は読み書きもできないような幼児が来るところじゃないもんね」


 書斎を後にしようとして、私は思い直した。

 ……これだけ本があるのだ。一冊くらい、魔法について書かれた本があるかもしれない。


 魔法の本を求めて、私はしばらく書斎を探索した。

 しかし、結果は……


「はぁ。ないや」


 そうだよねぇ。お父様もお母様もお兄様も、魔法を使っているところを見たことがないし。我が家は魔法使いの家系ではないのだ。


「……ふぅ」


 私は手に握られた一冊の本に目を落とす。

 魔法の本は見つからなかったが、代わりに気になるものを見つけた。


 ”ミイス魔導物語・第一巻・始まりの魔法”。教科書に書かれていた、ミイス王女の本だ。

 教科書よりも詳しく、物語形式で長きに渡って書かれている。

 読んでみると、王女がお転婆だったというのは、かなり優しめな表現だと知った。実際には、家臣を欺いて洞窟に一人で潜ったり、冒険者に割り込んで魔物と戦ったりと、やりたい放題だ。私よりよっぽど自由じゃないか、この人は。


 今、王女は洞窟に一人潜り、奥底に眠る宝を見つけ出そうとしている。

 彼女は唱える。


 ”光の精霊よ、顕現せよ”


 それは私が初めて目にした、魔法の呪文だった。

 彼女の手には発光する球体が出現し、洞窟内を照らし出している。


 そこに書かれているのは、それだけだ。

 やり方も、練習方法も何もない。ただ魔法を使った場面が描かれているだけ。

 これは魔法の教本ではないのだから、当然だ。


 だが、私は……あるいは自分にも、と思わずにはいられなかった。

 手をかざし、そこにある空間を見つめる。

 ……意識を集中し、唱える。


「”光の精霊よ、顕現せよ”」


 その瞬間、体から何かが引きずり出されるような感覚があった。

 体から離れた何かは、空中に集まり、一つの塊として結実し、やがて小さな光をともした。

 手の中に、米粒ほどの光の球があった。


「で、できた……」


 体が熱い。

 息が切れる。

 興奮している。

 誰に習ったわけではない。本を読んで、見よう見まねで。

 私は、魔法を使うことに成功したのだ。


「や、やった! できた、できた……! お、お母さん、お父さん……!」


 あたりを見回す。誰もいない。

 立ち上がり、走りだそうとしたとき。


「あれっ……?」


 地面が近づいてくる。

 そしてバタリと音がした後、私は気を失った。

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