第19話「一人、知らない街」
目を開けた後、違和感を覚える。
「……知らない天井だ」
口にした後、恥ずかしくて少し顔が熱くなった。
言ってみたかっただけなのだ。
立ち上がり、辺りを見回す。
本当に知らない場所だ。
それなりに広いが……少し古ぼけた印象がある。
壁の質感、家具の装飾……しばらく使ってなかった家なのではないだろうか。
タンスを覗くと着替えがあったので、身に着けて階段を降りてみる。
……誰もいない。大きな屋敷なのに、人っ子一人見当たらない。
一体ここはどこなんだろう。
不安を感じながらも、探索を進める。
玄関らしき扉を見つけた。
私は外に飛び出した。
「わあっ……!」
そこに広がる光景に、圧倒された。
見渡す限りの家々。日本の統一感のない街並みとは違い、西洋風の趣ある家が所狭しと並んでいる。
人も多い。
柔らかな日差しが照らす通りを人々が行きかい、街に賑わいをもたらしている。
家の前を掃除してる人や、パンの焼ける匂いで気付く。
今は朝のようだ。
「すごい……大きな街……」
もちろん東京に比べるべくもないが、それでもこの体に転生して6年間、のどかな田舎で暮らしていたのだ。
こんな大きな街を目にするのは久しぶりだった。
「あ、お化け屋敷の住人だ」
私が呆然としていると、私を指さして声をかける男の子がいた。
「お、お化け屋敷ぃ? 失礼な……」
「うわっ、お化けがしゃべった。逃げろっ!」
「あーっ! ちょっと待って!」
私は逃げようとする男の子を捕まえた。
「や、やめろ! 俺は食ってもうまくないぞっ……!」
「そんなことしないって! お化けじゃないから! ねえ、ここどこ? エルフラン領のなんて街?」
「えっ? ここはエルフラン領じゃないぞ。バーデクス領のハイアって街だよ」
「バ、バーデクス領……?」
聞いたことない地名だった。
てっきりエルフラン領内の街だと思ったのに……全然知らない場所だ。
な、なんでそんなところにいるの?
しかも、一人で。他に誰かいないの?
お父様は。お母様は。お兄様は……
急に心細くなってきた。
どうして私はここにいるの? お父様に逆らったから?
それで、私は捨てられて……一人で生きていけっていうこと?
ま、まだ……6歳なのに?
「わ――――ッ!? お、お前、泣いてる!? なんで!?」
「わ、私、捨てられちゃったかもしれない……!! お、お父様に……!!」
「ええ――――ッッ!? マ、マジかよ……お前、俺より小さいだろ……?」
「わ、私、お父様に逆らったから……!! それで、こんな、知らない街に……!!」
「お、落ち着け。俺が一緒に親を探してやるから。な?」
「う、うん……ぐすっ」
「お前、なんて名前だ? 俺はバルツ。バルツ・ド・ホーエンだ」
「ぐすっ……私は、マルテ。マルテ・フォン・エルフラン……」
「マルテか。……えっ? エ、エルフランだと……!?」
バルツは私の手を引いて歩き出した。
彼はこの街について詳しいようだ。
少し不安が和らぎ、涙が止まった。
彼は人が大勢出入りする建物へと入っていった。
「ここは?」
「役所だ。迷子とか入居の届とか、そういうのはみんなここだ」
私たちは受付へと向かった。
「すみません、この子、迷子のようなんですが」
「はい。お名前は?」
「……マ、マルテ・フォン・エルフランです」
「……エ、エルフラン!? ……えっと、そのような届は出ていませんね……」
役所には私に関する一切の情報がなかった。
お父様はこの街で私を探してはいないらしい。
当てが外れ、ションボリする私。
だが、バルツにはまだ行く当てがあるようだった。
たどり着いたのは、雑多な通りにある小さな店。
「ここは酒場だ」
「酒場? なんでそんなところに?」
「ここは冒険者が集まるんだ。クエストとかも斡旋してる。マルテに関する依頼があるかもしれない」
「な、なるほど……!」
彼の後ろについて、恐る恐る酒場へと入った。
入った途端、お酒の匂いが鼻に突く。
慣れない匂いにひるみそうになった時、誰かが近づいてきた。
「なんだあ? またホーエン家の小僧か。ここはおめーの来るところじゃねーぞ!」
でかい。巨大な樽のような体形の髭親父が、バルツを軽々ともち上げた。
「き、今日はちゃんと用事があるんだ! この子、迷子みたいなんだよ! なんか情報とか依頼とか、ない?」
樽男はジロリと私を見た。
「こいつは……上玉だな。こんなのが迷子になったってんなら、さぞかし依頼の値はいいだろうぜ。どれ、お前さん、なんて名前だ?」
「マ、マルテ・フォン・エルフランです」
「エ、エルフラン……!?」
樽男だけではない。
酒場にいる全員が、息を呑む気配があった。
さっきから、私の名前を聞いた後の、この街の人の反応は何なのだろう。
「そ、そりゃあ勘違いじゃねえのか……!? もし本当なら、冒険者の仕事じゃねえぜ。衛兵が直接動くだろうよ」
「ほ、本当です」
「……悪いが、お嬢ちゃんに関する情報はねえぜ。迷子の依頼も今日は無しだ」
「そうですか……」
私たちは酒場を後にした。
途方に暮れたようなバルツの顔を見る。
「……ここがダメとなると、あとはもうあそこくらいしか……」
「え? どこ?」
彼は神妙な顔で私を見た。
私たちは大通りを抜け、小さな路地を渡り歩き、やがてある一角に出た。
「貧民街。ここの情報は、酒場でも役所でも手に入らない」




