第17話「修羅場」
思わぬところで、お父様と遭遇してしまった。
私はしばし言葉を失ってしまった。
「……全く、仕様がない子だな。逃げ出してきたのか?」
「ち、違う、お父様……あっ!」
弁解する間もなく、ひょい、と担ぎ上げられてしまった。
そのまま会場に向かって運ばれてしまう。
「……お前が婚約に後ろ向きなのはわかっている。だが、これは家同士の決め事なのだ。賢いお前なら、わかるだろう?」
「ちが、違うの、お父様……!! 怪しい奴が、上に……」
「聞き分けなさい、マルテ。お前もいつまでも子供ではないのだ」
取り付く島もない。
会場に入ると、お父様は扉の近くにいる衛兵に言った。
「この子が、勝手に外に出ないように気を付けてくれ」
「はっ!」
「あ、あの! 聞いて! 上に、怪しい人がいるの! 侯爵様を狙ってるの!」
「ほら、こうやって抜け出そうとするんだ。騙されないようにな」
「お任せを」
ダメだ。子供の戯言だと思って聞いてもらえない。
どうしたら、どうしたら……!!
怪しい声の主は、日が落ちる頃と言っていた。
もう、外は暗くなりかけている。
時間が……
「ええー、皆さん。今宵のパーティも終わりの時間が近づいてまいりました……」
や、やばい!!
バルダー侯爵、もうスピーチ始めてる!!
壇上に立ってる!!
もう、こうなったら……!!
私は彼の元へ駆けだした。
彼なら、私の話を聴いてくれるかも……!!
「ダン君!!」
「え、ええ? マルテ?」
壇上のバルダー侯爵を見つめる、ダンの元へと駆け寄った。
「どうしたんだい? 血相変えて……」
「君のお父さん!! 誰かに狙われてる!! どういう方法か分からないけど、スピーチの途中で殺される!!」
「ええ? そんな、父上は恨みを買うようなことなんて……」
「貴族なら、そんなもんなくても狙われることくらいあるでしょ!! ぼやぼやしてないで、お父さんを止めに行きなさい! 私の言う事が聴けないの!?」
「……! わ、わかった」
ダンは父の元へと駆けて行った。
あとは……どこから襲撃があるか……
私はあたりを見回した。
……ない、ない……!! 一体どこからバルダー侯爵を攻撃するの!?
ええい、よく考えろマルテ、確か声はこう言っていた。
”仕掛けは既に整っている。後は時を待つだけだ……”
仕掛け。既に準備できている……
私は壇上の、更にその上を見た。そして、気付いた。
何かあると知らなければ分からない、ほんのわずかの亀裂が……
今まさに、天井に備え付けられた、照明が落ちようとしていた。
「危ない!! ダン君!!」
「え」
彼がこちらを振り向いた。
ダン君は、バルダー侯爵と共にいる。
彼は仕掛けの真下にいる。
私の声で、何が起きているか、彼にもわかったようだ。
だが、もう間に合わない。
会場中に悲鳴が響き渡る。
巨大な照明が、彼を下敷きに――
「”大地の剣よ、切り裂け!!”」
咄嗟に放った。
私が使える中で、最も速く、強い魔法を。
地面から飛び出した巨大な剣は、無力な親子を守る盾となった。
照明が落ち、轟音と共に鋭利なガラスの刃をまき散らす。
だが、その全ては、私の大地の剣が防いでいた。
ダンたちの元にたどり着き、襲撃のあった方角を睨みつける。
そこに、いた。
陰に隠れるように、黒い装束を纏った二人の刺客が。
「チッ!! ”風の刃よ、刻め!!”」
魔法。
暗殺が失敗したので、直接的な手段に打って出たか。
でも、この程度の魔法なら……!!
「”水の盾よ、護れ!!”」
風の刃では切り裂けない、分厚い水のカーテンを作る。
不可視の刃が水の盾に到達すると、しぶきを上げながら消滅した。
刺客はそれを見て追撃を諦めたようだった。
逃げ出そうとしているのが見える。
どうする? 追うべきか……?
「マルテ、やめなさい!! ギルギスタ、追え!!」
お父様の声に、弾かれたように会場を見る。
銀の髪に長身の青年が、矢のように飛び出していった。
(あの人は、私を見ていた男の人……お父様の息のかかった人だったのね)
ホッと息をつく。
一先ず、暗殺は防げたようだ。
良かった……
「ま、マルテ……」
ふと足元を見ると、腰を抜かして尻餅をついたダンがいた。
彼は呆然と私を見ていた。
そこで気付く。
彼だけではない。会場にいる誰もが、私を注視していた。
水を打ったような静けさだったのが、徐々にざわつきだす。
「い、今のは……バルダー侯爵の、暗殺……?」
「侯爵をお守りしたのは……もしかして、エルフラン家の御令嬢?」
「魔法を使っていましたよ……あんな小さな子供が」
私は、少しずつ嫌な予感がしてきた。
それというのも……私を見るお父様の顔が、どんどん険しくなっていくのが見えたからだ……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
会場は騒然としたまま、パーティはお開きとなった。
招待客が続々と帰っていく中、私はバルダー家のお屋敷の一室に残っている。
私の前には、鋭い眼光で私を睨むお父様がいた。
「どういうことなんだ、これは」
「ど、どういうことって……」
それは言ったじゃん。怪しい奴がバルダー侯爵を狙ってるって。
「バルダー侯爵の身が危なかったら、私が助けた?」
「そういうことを言ってるんじゃない」
じゃあ、どういうことよ……
私が、魔法を使えるって事?
「え、えーと。私ってば、ちょっと魔法の才能があるみたい。だから咄嗟に魔法で助けちゃった」
「なぜ魔法を使えることを隠していたんだ」
「そ、それは……お父様に、止められるかなって……」
「当り前だ! お前はエルフラン家の娘なんだぞ! そんな危ないことをさせられるか!」
「どうして!? 今日のことだって、私がいなきゃバルダー侯爵が危なかったんだよ!?」
「お前が居なくとも、ギルギスタがいれば助けられた! むしろ、お前の魔法が間違ってバルダー侯爵に当たっていたかもしれんぞ!?」
「私、そんなヘマしない!! そこら辺の大人より、私の方が魔法を使えるんだから! ギルギスタって人だって、ギリギリまで気付いてなかったでしょ!?」
互いに激高し、息をするのも忘れて思いをぶつけ合った。
息を付けるため、一時の静寂が訪れる。
呼吸が整った後、幾分冷静になり、ゆっくりと口を開く。
「……お父様。私、今は婚約なんてしたくない。魔法の学校に通って、魔法使いとして一人前になりたいの」
胸に手を当て、静かに訴える。
怒りではなく、本心から。
初めて己の想いを、お父様に伝えた。
互いの視線が交錯する。
お父様はジッと私を見ている。
その時、静かに扉が開いた。
「……ギルギスタ」
先程の、銀髪の青年だった。
「賊は捕らえました。既に衛兵に引き渡してあります。……恐らく、帝国の間者かと」
「そうか」
お父様は青年を見つめた後、ゆっくりと私に向き直った。
「……マルテ。お前の願いを聞いてやってもいい」
「え?」
意外な言葉だった。
願いを聞く? それは……私を、魔法の学校に行かせてくれるってこと?
「ただし、条件がある。このギルギスタを、お前の魔法で倒して見せろ」




