第16話「察知」
「ほら、挨拶してきなさい、マルテ」
「いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!!」
背を押すお父様に対して、私は懸命に抗った。
いや、もう、全力で。絶対に前には進まないぞって意思で。
しかし、お父様も負けていなかった。
お父様、なんでそんな手に力が入ってるの。
子供に向ける力じゃないでしょ、それ。
やめてやめてやめて……やーめーてー!!
「……ハッ!?」
私とお父様が格闘している間に、何者かが近づいてくる気配があった。
いや、何者かは語る必要もない。
ダン・フォン・バルダーその人が、私たちに向かって歩いてきているのだ。
「ご無沙汰しております、エルフラン侯爵」
ダンは私たちの前にたどり着くと、見事なお辞儀でお父様に挨拶した。
「ほう? 以前会ったのは、まだ年端もいかぬ頃だったと思うが……覚えているのかね?」
「はい。諸侯同盟領会議の際に、父にお供させていただき、お会いしたことが。三年ぶりになります」
「ほう。これはこれは……」
感心しているお父様。
その隙に逃げようとする私。
両脇をがしっと固められ、彼の前に引きずり出された。
「エルフラン侯爵。この淑女は……?」
「うちの娘だ」
「おお、ではこの方が、私の……?」
何が「私の……?」なんだよ。お前のじゃねーぞ。
あっ、お父様、やめて。痛い、やめて。
「ほら、挨拶しなさい、マルテ」
「……マ、マルテ・フォン・エルフランです……よ、よろしく……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
じゃ、後は若い者に任せた方がいいかな、とか爺臭いことを言いながら、お父様は離れて行った。
目の前には、妙にさわやかな目をしたダンがいる。
や、やばい……さっきの会話内容からすると、コイツから逃げるのも、難しいかも……
「だ、ダン様。今日はお誕生日なんでしょう? 私なんかよりも、ご挨拶したい方がいっぱいいらっしゃるんじゃないかしら……」
「そういったことは、今日は父がやってくれるさ。それよりも、今日はあなたと話がしたいと思っていたんだ。マルテ」
い、いきなり呼び捨てにされた……
いや、ルゥやゼドたちもそうだけど……
「あ、あら。こんな小娘と話したいことなんて、何があるのかしら……」
「それは勿論、私たちの今後の事だよ、マルテ!」
ひいいいいいいいい!!
見た目に反して、この人、押しが強い!!
「こ、今後の事……何か予定とかあったかしら?」
「エルフラン侯爵から、聞いていないのかい? 互いの家のために、私と身を固めることを」
「あ、あはは……ダン様。私、てっきりお父様の冗談かと……こんな、会ったばかりで婚約なんて、性急すぎると思いません?」
「確かに、私が聞いた時はあなたはまだ5歳……少々性急すぎるのではと思っていた。だが、今日あなたに会って、私は確信した」
「か、かかか確信? 何を?」
その瞬間、ダンは私の手を両手でガシッと掴んだ。
「私には、あなたしかいないと。私より二つも若いにも関わらず、大人たちと軽々と会話をこなすその知性、いや何よりも、その珍しい栗色の髪、神秘的な青い瞳――」
ずずいっ、と彼は私に顔を近づけた。
「あなたは、美しい。一目見て惚れてしまった」
私は顔が引きつっていた。
こんな熱烈なプロポーズを受けたのは、6年……いや、前世もいれて23年生きてきて、初めてだ。本当に8歳なのか、こいつ。
あるいは向こうも婚約に懐疑的であってくれれば……と思っていたが。
どうやら私は、向こうのお眼鏡にかなったらしい。かないすぎたらしい。
「ああ~~……」
私はその場で卒倒しそうになった。
「ど、どうしました、マルテ!?」
「いえ、ちょっと立ち眩みが……」
「そ、それはいけない!! 隣の部屋で、休んだ方がいいのでは!?」
「い、いえ、それには及びませんわ。ちょっと、外で頭を冷やしてきます……」
「う、うむ」
私はフラフラと会場を後にした。
気が気でないまま、薄暗いテラスへと出る。
ぺたりと座り、手を仰いだ。
「ああ~~~~、まさか、こんなことになるなんて……」
まさか、こんなにトントン拍子で進むとは。
どうにかこの婚約を無かったことには出来まいか……
ダンの心を操る魔法……そんなの知らない。使えない。
ミイス王女も、そういう搦め手みたいな魔法は得意じゃなくて、ド派手な魔法ばかり使うんだよな……はぁ……
「……”風の精霊よ、顕現せよ”」
なんとなく、精霊を呼び出す。それを見つめる。
こうしていても、精霊は何も答えてくれない。
「精霊」って言うくらいなんだから、ちょっとは応答してくれても良さそうなものなのに……精霊は、会話する能力は持っていないのだった。
「……はぁ。どうしたらいいだろう、ルゥ……」
風の精霊を見ていると、彼を思い出す。
……バカだな、私は。まだ、彼の事が……
(……して、始末する)
「え? 何?」
何か聴こえた。
顔を上げて、気付く。
この場で発せられた声ではない。
精霊……風の精霊が、微かにとらえた声だ。
それだけならば、気にも留めないのだが……その言葉の不穏な響きに、捨て置くわけにはいけないと思った。
「どこ……? どこで話してるの……?」
あちこち振り返ってみるが、特に人は見当たらない。
「ええい、”風の精霊よ、顕現せよ!!”」
大量に風の精霊を呼び出した。
屋敷のあちこちに精霊を散らす。
目を閉じ、精霊たちに意識を集中する。
(狙いは、壇上の侯爵だ)
「……見つけた!!」
一つ上の階。そこの一室から聞こえる。
私はそろそろと気配を殺しながら、近づいて行った。
(日が落ちる頃、侯爵が閉会のスピーチをする予定になっている。そこを狙う)
ゆっくりと階段を上る。
話の内容から推測すると、どうも声の主はバルダー侯爵を狙っているようだ。
宴もたけなわとなり、油断した所をやる気か。
せっかくの息子の誕生日パーティなのに、そこを狙うとは。
許せない。私が現場を押さえて、衛兵に突き出してやる……!!
(仕掛けはすでに整っている。後は時を待つだけだ)
どんどん声との距離は縮まっていく。
階段を上りきり、廊下の先へ行けば……
「マルテ? どうしてこんなところに居るんだ?」
「お、お父様?」




