第14話「メイクアップ」
バルダー家の三男。
実は私は、その子の顔を知っている。
以前、お父様とお母様が夜中に、私との縁談の話をしているのを聞いた。私はこっそりとその子の資料を盗み見たのだ。
今、お父様はバルダー家の三男に「紹介」と言った。
この場合の「紹介」は私の勘違いでなければ、婚約前の「顔見せ」ということだ。
いや、おそらく、たぶん、間違いなくそうだ。
事前に「大人になった」なんてわざとらしく言うなんて、それ以外にあり得ない。
「そ、それはまだちょっと早いんじゃないかな~~? ほら、あたし、まだまだ、庭であそんでるのがたのしいとしごろだし~~?」
声のトーンが急に高くなり、幼さを演出してみる。
ほら、マルテはまだまだ、おこちゃまですよ~~?
「バルダー家の三男も喜ぶんじゃないかな。末弟で、兄弟と年は離れてるし、友達も少ないと思う。お前と似てるんじゃないか?」
「でも、おんなのこのともだちなんて~~、むこうもとまどうんじゃないかな~~? わたしも、さいしょは同性の子がいいし~~」
「ルゥ君もゼド君もラズ君もティビー君も男の子だったよな」
うっ……なんでゼドたちのことまで知ってるんだ、この親父。
「でもでも、いきなりなんて、ちょっとはずかしいかも……もう一年、二年、三年くらい心の準備がほしいなぁ~~」
「私もマリアと初めて会うときは、緊張したなぁ……あれは7歳のときだったか」
げっ。お父様とお母様のなれそめ、めっちゃ早い。
そうか、現代日本とは、時間の感覚が違うもんな……
長生きできるとは限らないし、戦争とかで死んじゃうかもしれないし。
「あうあうあ、でもでも、お父様……」
「明日すぐに出発するから、しっかり準備しておきなさい。向こうに見られても恥ずかしくないようにな」
お、おとうさまああああああああああああ!!
ダメだ、やっぱりお父様のほうが上手だ……いくら私が前世の記憶を受け継いでるからって、彼から比べれば小娘に過ぎないのだ……
***
「しっかりと準備しないとね~♪ マルテちゃんの晴れ舞台だもの~」
苦り切った私の表情とは裏腹に、お母様は上機嫌だ。
おっとりとした外見に似合わず、素早い手つきで私の髪を整えていく。
「お母様……お母様は嫌じゃなかったの……? こんな、年端も行かない子供のころから、婚約させられるなんて……」
「え? なんで? 婚約は家を保つための、大事な儀式じゃない」
ダメだ。価値観が違う。
お母様のことは大好きだけど、ここら辺の考えは絶対に分かり合える気がしない。
「でも、好きでもない人と結ばれるなんて……おかしいと思わない?」
「会った後で好きになればいいのよ~」
「相手が、すっごい嫌な奴だったら!? 私が暴力とか振るわれたら、どう思う!?」
「さすがにそこまで行くと、家同士の問題になっちゃうわね~。大丈夫よ。バルダー家は由緒正しい家柄だし、変な教育はしてないと思うわ。三男の悪いうわさも聞かないし」
「でも、でも……」
その三男は、デブなんだよ!!
性格は知らないけど!!
「会ってみれば、意外と気に入るかもしれないわよ? すっごいハンサムかも」
「ないないそれはない」
見たから。知ってるから。
「はい、できた。やっぱりマルテちゃんは、とっても可愛いわね。珍しい栗色の髪が、すごく映えるわ」
「ふん……」
鏡の前には、きらびやかな衣装に身を包んだ淑女がいた。
自分でも綺麗だと思う。
でも、この姿……本当に見せたいのは、バルダー家の三男なんかじゃない。
ルゥに……
私は首を振って、邪念を追い払った。
あいつのことは、当分考えない! 忘れる!
「いってらっしゃい、マルテちゃん」
「おみやげ、待ってるぞ~」
そうこうしている間に、出発の時間が来てしまった。
お兄様がのんきに手を振っている。初めてちょっとむかついたかもしれない。
そして私はドナドナされる。哀れな子牛は、お父様のエスコートにより、遠い異国の地へ……




