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第1話「マルテ・フォン・エルフラン」

 自我が目覚めたといえるのは、いつのことだろう。

 私としては、覚えている最初の記憶がある時が、自我の芽生えた時ではないかと思う。


 その定義でいくと、私の自我が芽生えたのは、幼稚園で男友達と喧嘩した時、になる。大体6歳くらいの時かな。


 普通は自我が芽生えるのは、人生で一度きりだ。

 だが、私には二度目があった。


 二度目の目覚めは、一度目より少し早かった。


「はい、マルテちゃん。お姫様の出来上がり」


「ほえ?」


 なんだか間抜けな返事をしてしまった。

 でも私としては、唐突に”自分”を意識する事態に直面し、少々面食らってしまったのだ。


 目の前に、鏡が差し出されている。

 映っているのは、髪を綺麗に整えられた少女だ。年齢は、大体……5歳くらいだろうか。


 私の記憶にある、”鏡に映った姿”よりも大分若い。以前の姿ならば、17歳くらいの女性が映ったはずだ。


「あらあら、どうしたの? 鏡を見たままぼーっとしちゃって」


 私をのぞき込む顔。

 金の髪に、紫紺の瞳の女性。とても美しい。


「おかあさま」


 自然と私の口をついて出た。


「はいはい、お母様ですよ。何か言いたいことでもあるの? それとも、私が整えた髪型、気に入らなかった?」


「……い、いいえ。とっても可愛いです。ありがとう、お母様」


「あら、なんだか今日は大人びた口調ね。マルテちゃんにも、貴族の自覚が出てきたのかしら」


 お母様の膝を降り、手をつなぎながら廊下を歩く。

 とても大きな屋敷だ。綺麗で、品のある装飾があって……こんな屋敷に住めるのは、海外の王族とかだけではないかと思う。


 やがて私とお母様は、一際広い部屋に出た。

 いい匂いがする。テーブルの上に様々な料理が並べられている。


「おお、美しいな! どこのお姫様かと思ったぞ!」


 私を出迎える髭を生やした男の人。

 おもむろに抱きかかえられ、高い高いをされる。

 彼が誰だかわかる。


「お父様」


「うむ、お前の父だ」


 満足げにほほ笑むお父様。


「お、マルテ! 今日は一段と可愛いな! どうしたんだ、その髪」


 横合いから声を掛けられる。

 爽やかな顔をした、金髪の青年。


「お兄様」


「私がしてあげたのよ、可愛いでしょう?」


 お母様が答える。

 彼女らが静かに椅子に座っていく。

 私もそれに従い、椅子に座る。どれに座るべきかは、言われなくてもわかる



 いつものことのように祈りの言葉をささげ、食事を始めた。

 使うのは箸ではない。フォークやナイフだ。使い方は……もう言うまでもないと思うが、普通に使える。


 食べながら、思う。

 私は間違いなく、この家の娘、マルテ・フォン・エルフランだ。

 別に日本の女子高生の魂が、この子の体を乗っ取ったわけではない。

 私は生まれた時から、マルテだ。

 ただ、それを自覚するのに、少々の時間を要した。

 私には、前世の記憶がある。日本の女子高生の記憶が。


 私は、転生したのだ。



***



 異世界転生、なんていうと、とてつもない冒険が待っていそうなものだが、マルテの生活は退屈だった。


 私の家は代々この領地を治めている大貴族だが、跡取りは既にお兄様がいる。それも、一人ではない。今日食卓で会ったのは、上から二番目のお兄様で、他に長男、三男、四男までいる。


 一番上のお兄様が居ない理由はちょっとよくわからないが、三男と四男は遠くの学校に行っていて、家にはたまにしか帰ってこないらしい。そういえば、お母様はよく寂しそうな顔をしている気がする。


 私は一番下の子供で、唯一の女の子だ。そのおかげか、家族には非常に可愛がられている。相続争いに絡むこともなく、お兄様に邪険にされることもない。


 であるからして、私には責任も能力も必要ない。

 朝はよく遊び、昼は家庭教師にちょっと読み書きを教えてもらった後、昼寝するというのがこれまでのルーチンだった。


 これまではそうだったのだが……自我が芽生えてからは、少々物足りないと感じるのも事実だった。


「ねえ、先生」


「なんですかな、マルテお嬢様」


「この教科書、全部覚えちゃった。もっと難しい本ない?」


「……えっ? この教科書、7歳までの本なんだけど……」


 そうは言っても、ここに書かれているのは、日本の国語の教科書で言えば「ひらがな」でしか書かれていない内容だ。もちろん、異世界の言葉なので、そのまま読めるわけではないが……

 子供の能力は凄まじい。スポンジが水を吸い込むように覚えられた。


「もっと難しいやつ! お願い、先生?」


 と、上目遣いでお願いしてみる。


「し、仕様がありませんな。では、次からは8歳以上のやつを持ってきましょう」


「やったあ!」


 うーん……子供の「お願い」は効果抜群だなぁ。


 そんなわけで、午後の勉強にも少々張りが出た。

 この分だと大人向けの本を読むようになるまで、たいして時間はかからないだろう。


 このまま順調に勉強を進め、稀代の天才として貴族界に君臨するのも悪くないかも……

 いや、元が普通の女子高生だから、どう頑張ってもそこが限界かなぁ?

 でも、元の世界とは文明の進み具合も違うわけだし……


 と、ベッドの中で私が捕らぬ狸の皮算用をしているころ。

 ふと、居間から漏れる明りに、両親の声が混じってきた。


「マリア。マルテのことなんだが……」


 ん? どうもお父様は私のことを話そうとしているらしい。

 気になって、ベッドを抜け出してドアの隙間から耳を傾けてみる。

 もしかして、私がめちゃくちゃ頭がいいので、飛び級で学校に行かせようとかそういう……


「この、隣領地の三男坊なんかどうかと思うんだが……」


「あら、可愛い。ぼーっとしてるところとか、マルテちゃんとお似合いかも」


 私と似合う? 何が?


「だろう? それに、お隣とは微妙な関係が続いていたからな。ここらで関係改善といきたいものだ」


「マルテちゃんを気に入ってもらえるといいんだけど」


 ……なんだ? なんか、会話の内容がおかしい。

 関係改善? 私を気に入る? どういうことだ……


 落ち着け、落ち着け私。

 そんな、そんな馬鹿な。何かの勘違いだ。

 私はまだ5歳だ。本来なら読み書きを始める頃の幼児だ。

 そんな、ちょっと難しい本をねだったくらいで……

 ああ、神様。私の思い違いであってください。


「うむ。今度中央で会合があるから、そこでマルテの顔だけでも見てもらおうと思う」


「そうね。うまくいくといいわね、マルテちゃんの” 婚 約 ”」


 いやああああああああああああああああああああああああ!!

 嫌な予感は当たった。

 私は絶叫を押し殺し、ベッドの中で戦慄いた。


 そうだ、そうだ……歴史の教科書でも何度も出てくる。

 貴族といえば、政略結婚。戦国の日本でも当たり前に行われていた。

 それに私が巻き込まれるなんて……あり得ない話じゃない!!

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