9話 恥ずかしい過去
至極当然の疑問を投げかけると、色羽は恥ずかしそうな顔をした。
あれ?
なんだ、その反応は?
こういう時は、普通、気まずそうな顔をしたり、哀愁漂う表情になったり……そういうものじゃないのか?
色羽は、いたずらがバレた子供のような顔をして、むずがゆい感情をごまかすように、頬を指先でかいていた。
「えっとぉ……それ、言わないとダメ?」
「ダメってことはないが、気になるな」
「スルーしてほしいなぁ……なんて」
「悲しいな。色羽は彼氏に隠し事をするような子だったのか」
「うっ……今、そういうことを言うの反則だよ」
唇を尖らせる色羽。
正直、ちょっとかわいい。
「わかったよー、もう。話せばいいんでしょ? 話せば」
「理解のある生徒でうれしいぞ」
「そこは彼女、って言ってほしいな」
「まだお試し期間だからな」
「いつか本気にさせてみせるからね♪」
まっすぐに向けられる好意が、ちょっとくすぐったい。
俺はごまかすように、視線で話を促した。
色羽の過去は恥ずかしいものなのか、俺から視線を外して、少し頬を染めながら口を開く。
「あたしが子供だから……かな」
「うん? どういう意味だ?」
信号に捕まり、車を停める。
色羽を見ると、なんともいえない顔をしていた。
恥ずかしいような、それでいて、過去を後悔しているような……
こんな顔をするんだな。
妙な感慨を抱いてしまう。
「あたしの家、ああいうところだから、けっこう厳しいんだよね」
「あぁ……まあ、それは想像つくよ」
「小さい頃から色々な習い事をさせられて、礼儀作法も学ばされて……色々大変だったんだ」
「遊ぶヒマなんてなさそうだな」
「少しはあったんだけどね。でも、ある日、お父さんとお母さんが、友だちを選びなさい……って、あたしの交友関係まで口を出してきて。それで、思わずカッとなって、言い争いになって……ケンカしちゃったんだ」
「そっか」
大変だったな、とか、辛かったな、とか……
同情の言葉はいくらでもかけることができる。
ただ、この時の色羽は、そんなものは望んでいない気がして……
俺は、ただ相槌を打つだけにとどめた。
「それがきっかけになって、家に帰らなかったり親のすることに反発したりして……いつの間にか、こんな風になっちゃった」
「簡単に言うなあ……危ないだろ? 不良の世界は色々大変だって聞くぞ」
「千歳、なんでそんなこと知っているの?」
「教師だからな」
「おー、教師すごい」
「親とのケンカが原因か……理由はわかったが、よく不良なんて続けられたな?」
「あたし、腕には自信があるんだ。護身の一環として、色々な格闘技を習ったから」
「え、マジか?」
「うん。五人までなら同時に相手できる自信あるよ」
色羽をまじまじと見る。
触ったら折れてしまいそうな華奢な女の子だ。
こんな子がケンカが得意なんて……
なんか、自分の中の常識が崩れていく音が聞こえた。
「一応、お父さんとお母さんとは和解したんだけど……不良をやってた期間が長すぎたせいか、普通に戻れなくなっちゃって……今でもこんな感じに。たはは……恥ずかしい話だよね」
「両親は何も言わないのか?」
「んー……私の好きにさせる、っていう感じかな。小さい頃に縛りつけちゃったから、今度は自由に……みたいな?」
「良いことなのか適当なのか……」
ついつい、ため息をこぼした。
どうせなら、きちんと娘を更生させてほしい。
……まあ、詳しい事情を知らない俺が言えることではないか。
「そんなこんなで、グレちゃった……あはは」
色羽にとって恥ずかしい過去らしく、俺から目を逸らしていた。
「……幻滅した?」
目を逸らしたまま、色羽が小さくつぶやく。
「なんでだ?」
「だって、不良をやめられる環境にあるのにやめられなくて……千歳、そういうのは厳しそうだから……」
「まあ、褒められたことじゃないな」
「そ、そうだよね……」
「不良の世界はよくわからないが、色羽にも問題はあるだろうな」
「あう……」
「……でもまあ、俺がいるからな」
「え?」
「不良をやめられないっていうなら、俺がやめさせてみせるさ。不出来な生徒を更生させるのも、仕事の一環だ」
「不出来とか、ひどいし」
「良い生徒、って思っていたのか?」
「うっ……そ、それはそのぉ……」
たらり、と色羽が汗を流した。
でも、すぐにいつもの調子に戻り、ふくれっ面になる。
「というか、仕事だから……千歳はあたしに優しくしてくれるの? ……仕事だから、付き合ってくれるの?」
「昨日、そう言っただろ?」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
「……ただ、それだけじゃないかもな」
「え?」
「俺自身、よくわからないよ」
色羽を更生させたい。
そのために付き合ってほしいというのなら、付き合うこともしよう。
ただ……
全部、仕事のためなのかと言われたら、はいそうです、と頷くことはできない。
自分でも整理できていない感情だ。
言葉にして説明することは難しい。
心のどこかで、気難しい猫のようなこの子と一緒にいたいと、そう思っているのかもしれない。
そう告げると、色羽の顔がみるみるうちに明るくなる。
「千歳ーっ!!!」
「うおっ!?」
がばっと抱きつかれて、ハンドル操作を誤りそうになる。
「千歳もあたしのことが好きなんだ? えへへ、うれしいな♪」
「ま、待てっ! 誰もそこまでは言ってない……というか、今は運転中だ! 離せっ」
「やーだよ、離さないもん♪」
「こらっ、マジでやばい! 事故る、事故るから!」
「千歳はつれないなー、ツンデレ?」
「わけのわからないことを言うな!」
しがみついてくる色羽を必死になって引き剥がし……
事故らないように、同じく必死になって車をコントロールした。
これは、なんていうか……
この状況と同じように、これから先、色羽に振り回されることになりそうだ。
そんな予感を抱くのだった。
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