7話 約束
俺のことをもっと知りたい。
あたしのことをもって知ってほしい。
そんなことを言われて、色羽と話をした。
仕事に関することからプライベートまで、色々な話をした。
そうやって一緒の時間を過ごしてわかったのだが、色羽は、実に感情豊かな子だ。
ちょっとしたことで笑い、怒り、拗ねて、悲しむ。
俺の話に一喜一憂して、コロコロと表情を変えた。
そんな色羽のことを、少しかわいいと思ってしまった。
仕方ないだろう?
不良とはいえ、色羽はまぎれもない美少女だ。
不良で教え子とはいえ、そんな女の子から好意を寄せられて、悪い気分になる方がおかしい。
すっかり色羽のペースに巻き込まれてるなあ、と内心で苦笑してしまう。
「お嬢さま」
しばらく話をしたところで、お手伝いさんが戻ってきた。
その手には、例の子猫。
風呂にでも入ったのか、見違えるように綺麗になってる。
「おーっ、すっげえ綺麗になってるな」
突然、色羽の口調が元に戻る。
お手伝いさん相手には不良モードらしい。
そのことがおかしくて、少し吹き出しそうになってしまう。
「お風呂に入れました。あと、だいぶ毛が伸びていたようなので、少しカットを。それと、ブラッシングもしておきました」
「おう、サンキュー」
「一通りの処置も済ませておいたので、改めて病院に行く必要はございません。経過観察はする必要はあるでしょうが、今は問題ないでしょう。このまま飼われますか?」
「ああ。今から、コイツはウチの子だ」
「かしこまりました。旦那さまと奥さまに、そのように伝えておきます」
子猫を色羽に渡して、お手伝いさんは一礼して部屋を後にした。
「すっかり綺麗になったねー、おまえ、美人さんだったんだねー」
「ははっ」
再び色羽の口調が変わり、今度は我慢できずに笑ってしまう。
「どうしたの、千歳?」
「いや……なんか、コロコロと口調が変わるのがおもしろくて」
「そ、それはっ、そのぉ……うー……し、仕方ないでしょ。こんなところ、千歳以外には見せたくないんだから」
甘えるような感じで、こちらを上目遣いに見る色羽。
ついつい言葉に詰まってしまうくらいに、かわいい。
とはいえ、素直に口にしたら調子に乗らせてしまいそうなので、黙っておくが。
「千歳だけなんだよ?」
「二度言わなくてよろしい」
「照れてる?」
「……そんなことはない」
「千歳、かわいい♪」
結局、見抜かれてしまった。
色羽はうれしそうに、ニヤニヤと笑う。
幸せそうで、満ち足りた顔をしてて……
こんな顔、できるんだな。
一緒にいればいるほど、色羽の新しい顔を知っていき、新鮮な気持ちになる。
恋人はともかく……
色羽と一緒に過ごすのも、そうそう悪くないかもな。
そんなことを思った。
「さてと……じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」
「えっ、帰っちゃうの? 一緒にごはんは?」
「子猫が気になるから残ってただけだ。問題なさそうだし、飯まで世話になるわけにはいかないさ」
「気にしないでいいよ? 一緒にごはん食べよう。それで、お父さんとお母さんにも挨拶してもらって……」
「そうやって、外堀から埋めていこうとするのやめてくれ」
「あ、バレた?」
「バレないでか」
「ちぇ、残念」
いたずらっ子のように色羽が笑う。
こういうところは、年相応にかわいらしい。
「また明日な」
「あ、待って千歳」
立ち上がると、色羽に服の端をちょこんと掴まれた。
「えっと、あのね……明日、一緒に学校に行きたいな」
「なんでそうなる?」
「だって、今日はこれで千歳とお別れだし……早く千歳に会いたいの」
「教室に行けば会えるだろ」
「それまで我慢できない」
なんだこのかわいい生き物は。
ちょっと拗ねた様子で……でも、とことん甘えてきて……
妙な庇護欲にそそられてしまう。
それくらい構わない、と頷いてしまいそうになる。
だが、待て。
俺は教師で、コイツは生徒だ。
一緒に登校するところを見られてたら、どうなることか。
「ダメだ」
「えー……」
「誰かに見られたら、言い訳するのが大変だ」
「それは……」
「あと、俺は色羽より早く学校に行かないといけない。それに、車を使っての出勤だ。時間が合わないし、移動手段も違う」
「時間は合わせるよ? それくらい、なんてことないし……移動手段が違うなら、同じにすればいいだけだよね? あたし、千歳の車にまた乗りたいな。っていうか、乗せて♪」
「かわいく頼んでもダメだ」
「ケチー」
「膨れてもダメ」
「ぶーぶー」
納得してくれなくて、服を離してくれない。
「仕方ないだろ? 誰かに見られたらどうなるかわからないんだ。学校に行けばちゃんと会えるし、人目がないところなら話もしてやるから、それで我慢してくれ」
「できませんー」
色羽は駄々っ子にジョブチェンジした。
「千歳と一緒にいたいの! 朝早くから会わないと、やる気なくなっちゃうよ」
「わがまま言わないでくれよ」
「好きな人のことだから、わがままになっちゃうの。千歳こそ、乙女心を理解してよ」
話は平行線だ。まとまる気配がない。
すると、色羽がピンッと閃いた顔をした。
「そうだ! 千歳と一緒に学校に行けないなら、明日はサボっちゃおうかなー?」
「なっ……お、お前、それは卑怯だぞ」
「あたし、不良だからね―、サボるなんてよくあることだしー? あー、千歳と一緒に学校行けないから、サボりたくなってきたー」
「こ、このやろ……」
そういう手に出るのは反則だろ。
「あたしと一緒に学校に行ってくれる?」
「し、しかしだな……誰かに見られたら、っていうのはまずい」
「平気平気。今思いついたんだけど、あたしを学校に来させるために、わざわざ家まで迎えに行った、っていうことにすればいいんじゃない? それなら、立派な言い訳になるよね」
「そう言われれば……まあ、確かに」
「それに、あたしは不良で、先生は新任の真面目な熱血教師。あたしたちがどうこうなってるなんて、誰も気づかないって……あ、それって、似合わないってことかな? だめ、自分で言って凹んじゃう……」
がくりと落ち込む色羽。
まったく……そこまで俺と一緒にいたいのか?
色羽が生徒ということは問題あるが……
でも、ここまで想われてうれしくないわけがない。
「……7時半な」
「え?」
「7時半に車で来る。それまでに準備を済ませておいてくれよ」
「あっ……うん! うんうんっ」
ぱっと、色羽が笑顔になる。
色羽の想いに応えてやれるか、それはわからないが……
小さな願いくらいは、応えてもいいだろう。
今は、そう思った。
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