6話 素直になった不良はかわいい
「ねえねえ、先生」
「うん?」
「先生の名前って、なんていうの?」
「覚えてないのかよ」
「し、仕方ないし……今まで、なんとも思っていなかったんだから」
申し訳なさそうにする天塚。
わりと本気で凹んでるっぽいので、この辺にしておく。
「千歳だよ。千歳」
「千歳……千歳……千歳……」
俺の名前を覚え込むように、天塚は小さな声で繰り返した。
「名前で呼んでもいいかな……?」
「えっ、それはちょっと……」
「ダメなの……?」
「ダメというか、まずいだろ。生徒が教師を呼び捨てにするなんて、他に示しがつかないし、俺たちの関係がバレることにもなるぞ」
お試し期間とはいえ、生徒と付き合っている、なんてことが知れたら俺の教師生命は終わりだ。
ウチの学校は、恋愛禁止なんて時代遅れの校則はないものの、教師にはそれが適用される。
クビか左遷か……どちらにしろ、ロクなことにならない。
「あ、そっか……じゃあじゃあ、二人きりの時ならいいよね!?」
「まあ、それなら」
「えへへ♪ 千歳、千歳」
何がうれしいのか、俺の名前を口にする。
それだけで幸せが舞い込んでくるというように、満面の笑顔だ。
……そんな反応をされると、こっちも照れるじゃないか。
「あのさ、天塚は……」
「むぅ」
ぷくー、と天塚が頬を膨らませる。
「あたしのことも名前で呼んで」
「いや、しかしだな」
「なーまーえー!」
「……わかった、わかった。色羽。これでいいか?」
「ふぁ」
みるみるうちに天塚の顔が赤くなる。
ぽーっとした表情で、視線がふらふらと揺れる。
ほどなくして我に返った様子で、顔を両手で抑えた。
「どうした?」
「ダメ……今のあたし、すごいニヤニヤしてると思う……」
「そう、なのか?」
「千歳に名前で呼ばれることが、こんなにうれしいなんて、思ってなかったかも……胸がぽかぽかして、幸せな気持ちがこみ上げてきて、にへらー、ってなっちゃうの♪」
恥ずかしそうにしながらも、うれしそうだ。
本人がそれでいいのなら何より。
それよりも、気になってることがあるんだが……
「なあ、色羽」
「はぅ」
「いや、いちいち照れるのはやめてくれ」
「だってだって、うれしいんだもん♪」
「……話が進まないから、そのままでいいや。で、色羽。なんか、性格が変わってないか?」
普段は、抜身のナイフのように刺々しいのだけど……
今は、年相応の女の子、という感じだ。
というか、やけにかわいらしい。
どういうことだ?
「ん? ああ、これ?」
天塚……もとい、色羽も自覚はあるらしく、俺の話を理解した様子だ。
「んー、なんていうのかな? 二重人格とかそういうのじゃなくて、気持ちを切り替えているっていうか、どっちもあたしというか……家にいる時は、あたし、だいたいこんな感じだよ」
「……そうなのか?」
「うん。外にいると、気が強くなるけどね。家では、まったりのんびり、マイペース」
「つまり、家と外では性格が変わる……と?」
「そういうこと。不良って、舐められたら終わりなところがあるでしょ? だから、外だと常に気を張っていて、ああなっちゃうの。でも、家なら知った人ばかりだから、強気になる必要はなくて、こうなる、っていうわけ」
「不良も面倒だな」
「そうかもね」
色羽が苦笑した。
色羽も、不良をやっていることに色々と思うところがあるのかもしれない。
なら、なんとか更生させることはできるかもしれないな。
……今は恋人なのだから、色々と方法はあるだろうし。
「あとあと、先生と一緒の時……二人きりの時は、のんびりモードに戻るかも」
「なんで?」
「もう、わからないかなあ?」
「わからん。教えてくれ」
「ちょっとは考えてよ」
「うーん」
言われて考える。
といっても、答えは一つしかないよな?
「……俺と一緒だから?」
わりと自惚れた答えだが、他に考えられない。
「せいかーい! わー、ぱちぱちぱち♪」
「正解したのか……俺と一緒だと、なんでのんびりモードになるんだ?」
「そんなの決まっているよ。先生のことが好きだから♪ 家族と同じくらい……ううん、それ以上に好きだから、一緒にいる時は素の状態になっちゃうの。大好きだよ、千歳♪」
真正面から好意をぶつけられて、思わず照れてしまう。
色羽を更生させるつもりではあるが……
先に色羽に攻略されてしまいそうだ。
ふと、そんなことを思った。
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