44話 そして、恋人に……
ぽかんとする色羽。
意識が飛んでいるのか、瞳の焦点が合っていない。
「色羽?」
目の前で手をヒラヒラと振ると、びくっ、と反応があった。
色羽が俺を見る。
信じられないものを目撃したような感じで、すごく驚いていて……
おかしいな? という様子で、目をごしごしと擦る。
「あれ? なんだろ……今、千歳がとんでもないことを言ったような……あたし、耳がおかしくなっちゃったのかな?」
「耳がおかしいなら、なんで目を擦るんだ?」
「そ、そうだよね……なんか、動揺してて……だって、千歳があたしのこと好きっていう幻聴が聞こえるんだもん」
「幻聴じゃないぞ? 俺は、色羽のことが好きだ」
「っ!?」
「今までは試し、っていうことだったが……それは終わりにして、正式に色羽と付き合いたい」
「……」
再び、ぽかんとなる色羽。
ほどなくして、目を擦り……
「って、無限ループか」
「はっ!?」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……うん、大丈夫。あたしは平気だよ……いつも通り、へっちゃらだよ」
「ぜんぜん平気じゃなさそうだな……」
「だ、だって千歳が……とんでもないことを……すごいことを……」
色羽の瞳が揺れる。
不安。
期待。
驚き。
色々な感情が混ざり合い、なんともいえない複雑な色が浮かび上がる。
「千歳が……あたしを好き?」
「ああ、好きだ」
「教師がー、生徒がー、とか言ってたのに……?」
「普通、言うだろう……まあ、そういう気持ちはまだ消えたわけじゃない。ただ、今は、それ以上に、色羽のことが好きになったんだ」
「そ、そうなんだ……千歳が、あたしのことを……」
色羽がうつむいて、顔ごと視線を逸らした。
どうしたんだ?
てっきり、喜んでくれると思っていたんだが……
予想外の反応に戸惑ってしまう。
「もしかして……迷惑だったか?」
「え?」
「やっぱり気が変わったとか……」
「そ、そんなことないよっ!」
色羽が顔を上げて、強い口調で言う。
ただ、俺と目が合うと、再び目を逸らしてしまう。
その頬は赤く染まっていて……
「……もしかして、照れているのか?」
「……うん」
小さく、本当に小さく色羽が頷いた。
いつもの元気な仕草はどこへやら。
今は、借りてきた猫のようにおとなしい。
「あのね? ずっと、千歳と恋人になりたいな、って思ってて……だから、今、すごくうれしいの。夢みたいで、現実感がないけど……わー、って叫びたいくらいうれしい。でもでも、なんだろう……すごく恥ずかしくて、照れくさくて……千歳の顔がまともに見れないよ……あぅ」
「……色羽はかわいいな」
「ふにゃ!? か、かわ……あうあう」
「いや、すまん。困らせるつもりはなかったんだ。ただ、正直な感想を口にしただけだ」
「そ、そそそ、その台詞の方がよっぽど恥ずかしいよぉ……はうあう……ち、千歳って、たらしだったの……?」
「あのな……こんなことを言うのは、色羽だけだ。他の誰にも言わない」
「あうあう……ま、また恥ずかしいこと言ったぁ……うううぅ……うれしいのに、ダメ……顔が赤くなっちゃう……あたし今、絶対に変な顔してるよ……千歳に見せられるような顔してないよ……」
普段はあれだけグイグイ押してきたのに、いざとなると引っ込んでしまうなんて……
年頃の女の子の心は複雑だな。
って、おっさんみたいなことを考えてる場合じゃない。
こういう時は……
「これならどうだ?」
「ふにゃ!?」
おもいきって、色羽を胸に抱きしめた。
これなら顔は見えない。
でも、相手を近くに感じることができる。
良い案だと思ったのだが、色羽はぷるぷると震えていた。
「まだ恥ずかしいか?」
「こ、こここ、こっちの方がよっぽど恥ずかしいってば……」
「それもそうか。なら、やめて……」
「や、やめないでっ!」
色羽の方から抱きついてきた。
「せっかく、千歳が……す、好きって、言ってくれたんだもん。あ、あたしが逃げるわけには……いかないよ」
「そっか……がんばれ」
「う、うん。がんばる……」
すーはーと深呼吸を繰り返す色羽。
やがて、色羽はわずかに離れて、俺を見上げた。
「あっ、あああ、あたしも……千歳のことが、そのっ……す、す……しゅきっ!」
噛んだ。
ものすごい残念な告白だった。
「あ、あうううぅ……!?」
「あー……どんまい?」
「慰めないでえええええっ!!!? 余計にみじめになっちゃうから、そんなこと言わないでよぉ!」
「しかし、だな」
「何もいわないで、お願い!」
「わ、わかった」
「うー、うー……いつもなら、すごく簡単に言えるのに……なんで、いざっていう時にあたしは……ちくしょう、気合が足りねえのか?」
混乱のあまり、不良モードが混ざっていた。
正直、ちょっとおもしろい。
このまま、見ていたい気にもなるが、さすがにそれは意地悪がすぎる。
こういう時は、大人であり、男である俺がリードすべきか。
「なあ、色羽」
「な、にゃに?」
また噛んでいることはスルーする。
「深く考えなくていい。ただ、思ったままのことを……色羽の想いを聞かせてほしい」
「あたしの想い……」
「俺は、色羽が好きだ。色羽はどうだ?」
「……好き。あたしは、千歳が大好き」
「俺と付き合ってくれないか? 色羽と恋人になりたい」
「……はい」
色羽は耳まで赤くしながら、コクリと、小さく頷いたのだった。
――――――――――
「ねえねえ、千歳」
「なんだ?」
「あたしのこと好き?」
「ああ、好きだ」
「えへへ♪ そっかそっか、千歳はあたしのことが好きなんだ、えへへ♪ どんなところが好き?」
「明るくて元気で、不良なんかやってるけど優しいところだな」
「そっかそっか。そんなあたしのことが好きなんだ。えへへ♪」
さっきから、色羽はずっとこんな調子だ。
時間が経つにつれて落ち着きを取り戻したらしく、当初のように慌ててはいない。
ニヤニヤと笑い、頬を染めて、時折、にへへと笑う。
これ以上ないくらいに喜んでいた。
かわいらしいのだが……
あまりに人が変わりすぎていて、逆にちょっと心配になる。
「あたしたち、恋人同士なんだよね♪」
「だな」
「試しとかじゃなくて、ホントに付き合ってるんだよね♪」
「ああ」
「ふにゃ~♪」
喜びのあまり、猫化していた。
頼むから、野生に帰らないでくれ。
「すっごいうれしいよ……もう死んじゃってもいいくらい」
「大げさだな」
「本気だよ? あたし、それくらいうれしいんだからね。それくらい、千歳のことを想っていたんだから」
「……少し恥ずかしいな」
「あれ? 千歳、照れた? 照れた?」
小悪魔的に笑う色羽。
正式に付き合うことになっても、こういうところは変わらない。
でも、こういうところに惚れたのかもしれないな。
笑って。
泣いて。
怒って。
色々な感情を見せる色羽は、とても人間くさくて……
気がつけば、いつも色羽のことを考えるようになっていた。
それだけ、彼女に夢中になっていた。
教師?
生徒?
もうそんなことは関係ない。
もしも、俺達の関係が露見して、周囲から非難を浴びせられるようなことがあれば……その時は、俺は教師をやめよう。
それだけの覚悟があった。
「ねえ、千歳」
「うん?」
「あたし、幸せだよ」
「知ってる」
「なにそれー。俺が幸せにしてやってるんだ、ってこと? 自意識過剰じゃない?」
「それくらいの気持ちがないと、色羽と付き合うことはできないからな。それくらい強く想っている、っていうことだ」
「そっか……えへへ」
こてん、と色羽が俺の肩に頭を乗せる。
「好きだよ、千歳」
「俺もだ」
「ずっと一緒だからね?」
……未来のことはわからない。
俺なりに覚悟を決めたつもりではあるが……それでも、予想外の出来事に襲われてしまうかもしれない。
でも。
色羽と一緒なら、大丈夫な気がした。
どんなことも乗り越えていけるような気がした。
これが、人を好きになるパワーというものだろうか。
恥ずかしいことを考えるが……
だけど、それはそれで、正しいことのように思えた。
「ずっと、ずーーーっと好きだからね♪」
にっこりと笑い、不良生徒は改めて告白をするのだった。
その笑顔は、とても綺麗に輝いていた。




