41話 不意打ち
二人で作ったごはんを食べて、お茶で一服。
テレビを観ながらのんびりした時間を過ごすものの、気がついたらいい時間だ。
「もうこんな時間か」
「あっ、あたし、お風呂の準備してくるね。千歳、先に入るでしょ?」
「ああ、ありがとう……なんて言うと思ったか?」
「あうあうあう」
自然に風呂場に行こうとしていた色羽を掴まえて、軽めのグリグリをした。
まったく……
目を離すと、すぐにとんでもないことをしようとするな。
本当に自然な仕草だから、たまに見逃してしまいそうになる。
「もう遅い時間だ。送っていくから、帰るぞ」
「あたし……今夜は、帰りたくないな……」
「ほら、準備をしろ。鞄を忘れるなよ」
「あれ!? まったく効果なし!?」
「バカなことをしてないで、早く準備をするように。言っておくが、泊まっていくなんてこと、認めないからな」
「えー、ダメなの? あたし、今日は友だちの家に泊まる、って言っちゃったんだけど」
「なら、急に都合が悪くなったとか言え。生徒を教師の家に泊めるなんてこと、できるわけないだろう」
「生徒じゃなくて、彼女だもん。ぶーっ」
「膨れてもダメだ」
「ちぇ。千歳ってば、おかたいんだから」
短いながらも、それなりに濃密な付き合いをしてきた間柄だ。
俺が一歩も譲らないことを察したらしく、色羽はおとなしく帰りの準備をした。
「忘れ物はないな?」
「千歳の愛を忘れちゃったかも♪」
「よし、行くぞ」
「ほんとつれないなー」
外に出て、家の鍵をかける。
それから駐車場に移動して、車に乗り込んだ。
アクセルをゆっくりと踏み込んで、発進する。
「あーあ、もうおうちデートは終わりかあ。寂しいなあ」
助手席に座る色羽が、本当に寂しそうに言う。
そんな顔をされると、悪いことをしていないのに悪いことをしたような気分になってしまう。
「今日一日、たっぷり遊んだだろう?」
「そうだけど、でもでも、アレだけじゃ足りないよー。あたしは、一日だけじゃなくて、ずっとずっと千歳と一緒にいたいの。朝起きて、すぐにおはようをしたいし、夜寝る時に、おやすみを言いたいの」
「……さっきも言ったが、さすがに泊まりは無理だ。俺は、色羽の監督役でもあるんだからな。そんなことをしたら、親御さんに合わせる顔がない」
「ウチの両親なら気にしないと思うよ? むしろ、歓迎するんじゃないかな? お父さんもお母さんも、あたしが嫁に行き遅れないか、って本気で心配してるから。あたし、まだ学生なのにねー。心配するの早すぎじゃない? 失礼だよね」
うぬぼれかもしれないが……
俺と離れることが寂しいのか、いつも以上に色羽はしゃべる。
まるで、マシンガントークだ。
相槌を打つことで精一杯で、気がつけば色羽の家に到着していた。
「ほら、着いたぞ」
「……ねぇ、千歳。あたし、もうちょっと乗っていたいな」
「はいはい、降りた降りた」
「ほんとにいけずぅ」
ぶーたれる千歳を、やや強引に車から降ろした。
色羽が運転席側に回り込んできたので、窓を開ける。
「どうした?」
「まだ、さよならを言ってないよ」
「ああ、そうだったな……」
色羽の言う通りだ。
泊めるなんて無理だが、別れの挨拶くらいはきちんとしておかないとな。
仮にも付き合っているのだから、それくらいはしないと。
「ねえねえ、明日も千歳の家に行っていい?」
「悪いな。明日は、ちょっと仕事を片付けておきたいんだ」
「えっ。明日、日曜だよ?」
「たまに仕事を持ち帰っているんだよ。教師ってのは、意外と大変な仕事なんだ」
「千歳ったら、真面目だねー。適当にサボればいいのに」
「俺は不良じゃないからな」
「むぐっ」
カウンターを返すと、色羽は言葉に詰まった。
多少は、不良であることを後ろめたく思っているらしい。
それは、俺のためなのか、それとも意識に改革が起きてきたからなのか……
どちらにしろ、良い傾向だ。
この調子で、色羽をきちんと更生させてやりたい。
そして、うまく更生できた時は……
「……」
色羽が更生したら……俺たちの関係はどうなるのだろうか?
ふと、そんなことを思った。
『あたしを更生させたいのなら付き合って』
そんな色羽の口車に乗せられる形で、俺たちは試しで付き合うことになったけれど……
色羽が更生したら、付き合う意味はない。
その時、俺は色羽と別れるのだろうか?
やっぱり合わない、と言って、なかったことにするのだろうか?
考えて……考えるけれど……
そんな未来図は、なぜか、思い描くことができなかった。
「じゃあ、また月曜日に学校で、だね」
「あ……ああ。そうだな」
色羽の声で我に返る。
今は、色羽が目の前にいる。
変なことは考えないようにしよう。
「ほら、そろそろ帰れ。春とはいえ、まだ夜は寒いぞ」
「そだね。ちょっと冷えてきちゃった。でも、その前に……」
色羽が身をかがめるようにして……
「ちゅっ♪」
「なっ!?」
頬に触れる柔らかい感触。
ほんのりと温かく、甘い。
「お、お前、何を……!?」
「えへへ♪ 千歳にキスしちゃった」
「あ、あのなっ」
「今日はおとなしく家に帰るから、そのごほうび、っていうことで」
「家に帰るのは当たり前のことだっ」
「ダメ……だったかな?」
そこでしおらしい態度を見せるのは反則だ。
「あたし、千歳と離れることが本当に寂しくて……それで、気がついたらキスしちゃってた……ごめんなさい」
「……謝るな」
「怒ってない?」
「怒ってないし……悪い気もしていない」
「えっ?」
「じゃあ、またな」
「あっ、ちょ……」
窓を閉めてアクセルを踏む。
「千歳―っ、大好きだよ♪」
そんな色羽の声が聞こえてきて……思わず、ドキドキした。
ひょっとしたら、俺は、色羽の魅力にやられているのかもしれないな。
そんなことを認め始めていた。




