37話 家で観る映画は一味違う
「ねえねえ、映画でも観ない?」
そう言いながら、千歳が鞄の中からブルーレイディスクを取り出した。
待ち合わせの前に借りてきたらしい。
「俺は構わないけれど、それでいいのか? 映画なら、この前観たばかりだろう」
「でもでも、家で観る映画って、それはそれで味わい深いものがあると思わない?」
「そう言われてみると、そうだな」
映画館と違い、家なら他の人がいないから、マナーなどの配慮をする必要がない。
楽しくおしゃべりをしてもいいし、音を立ててスナック菓子を食べても構わない。
家映画ならではの、まったり感を堪能することができる。
「じゃあ、映画にするか」
「わーいっ♪」
「ちなみに、何を借りてきたんだ?」
「ホラー映画。ほら、去年、流行ったホラー映画あるでしょ? あれのハリウッドリメイク版」
「もうリリースされていたのか。それにしても、ホラーっていうのは意外だな。この前みたいに、恋愛映画になるのかと思っていた」
「毎回同じだとつまらないからねー。よいしょっ、セット!」
わざわざ声をかけながら、プレーヤー代わりのゲーム機にディスクをセットする。
コントローラーを持ち、ディスクの再生を選択。
それから、ぽすんっ、とソファーに座る。
「千歳、千歳。こっちこっち」
「……隣に座らないとダメなのか?」
「他に座るところなんてないでしょ。ほらほら、早く」
「仕方ないか」
ソファーはそれほど大きくないから、二人が座ると肩が触れ合ってしまう。
あまり密着するようなことはしたくないが、この場合は、そうも言ってられないか。
拒否したら、色羽を傷つけてしまいそうだからな。
「ちょっと待ってろ」
「うーん?」
お茶とジュース。
それと、適当にお菓子を持ってきて、ミニテーブルの上に並べた。
「おーっ、準備万端♪」
「家映画は、こうでないとな」
「千歳、わかってるぅー!」
色羽の隣に座り、お茶を一口。
スナック菓子をつまみながら、映画を観る。
「わっ、すごい怪しい家……」
「こういうところに気軽に入っていけるって、アメリカの若者はすごいな」
「ね。怖いもの知らず、って感じだよね。すごい度胸」
物語は、山奥の廃墟に若者たちが迷い込むところから始まる。
若者たちは廃墟で一晩を過ごすが、忽然と仲間が消えてしまう。
一人、また一人と悪霊の餌食になってしまい……
「おぉっ……ここでこう来たか」
「……」
「なにかあるだろうな、とは思っていたが……予想していても、けっこう驚くものだな」
「……ソウダネ」
「CG頼りのところも大きいが、ギミックも凝ってるな……悪霊が飛び出してきたところ、どういう仕掛けになっているかわかるか?」
「……ワカラナイヨ」
あれこれとおしゃべりしながら映画を楽しむ。
そんな展開を予想していたんだけど、色羽は画面をじっと見つめたまま、ぴくりとも動かない。
いや……もしかして、動けないのか?
「なあ、色羽」
「……ナニ?」
「ひょっとして、怖いのか?」
「……ソンナコトナイヨ」
「本当に?」
「ウソですウソつきましたウソだよぉっ!!! ものすっごーーーーーく、怖いよぉおおおっ!!!」
滂沱の涙を流しながら、色羽が抱きついてきた。
がくがくぶるぶると震えている。
「あわわわっ……アメリカのホラー舐めてたよぉ……こ、こここ、こんなに怖いなんてぇ……」
普段の勇ましい不良モードはどこへやら、子供のように縮こまっている。
これはこれでかわいらしい、なんて言ったら、怒られるだろうか?
「ホラー、苦手だったんだな」
「得意な人なんているわけないじゃん! ホラーだよ、ホラー!? 怖いんだよ!? 女の子なら、皆、苦手に決まってるよっ!」
「いや、そうとも限らないと思うが……でも、それなら、なんでホラーなんて借りてきたんだ? 被らないにしても、アクションとかコメディとか、もっと他に選択肢があっただろうに」
「いやー、そのぉ……」
どことなく居心地が悪そうに、色羽が目を逸らした。
「……もしかして」
「ぎくっ」
「よくあるような、『きゃー怖いっ!』、って抱きつくのをやりたかった……とか、そんな理由だったりするのか?」
「ぎくぎくぎくっ!」
「図星か……」
やれやれとため息をこぼすと、色羽が子供のようにすがりついてきた。
「だってだってだってぇっ、千歳とイチャイチャしたかったんだもん! きゃーこわーいっ、っていうのは、女の子なら誰もが夢見るシーン6位なんだよ!?」
そのランキング、誰が集計したんだ?
「気持ちはわからないでもないが、本当に怖がっていたら意味がないだろう? しかも、抱きつく余裕もないくらいに怖がるなんて」
「だ、だってぇ……ここまでなんて思ってなかったんだもん……うぅ」
恐怖で体がまともに動かせないらしく、色羽はテレビ画面に視線を固定してまま、ガクガクと震えていた。
助けを求めるような視線をこちらに送ってくる。
まったく……仕方のないヤツだ。
「ほら」
「あっ……」
抱きしめる……のは、さすがにやりすぎだと思うので、肩を抱く程度にとどめておいた。
「抱きつくのとは違うが……こういうのはどうだ?」
「千歳ぇ……」
「こうしていると、少しは怖くないだろ?」
「……うん♪」
頬を染める色羽。
少しは落ち着いたらしく、体が動くようになったのだろう。
こちらに寄りかかり、甘える猫のように顔を寄せてきた。
「えへへ……あたし、千歳に抱きしめられちゃってる♪」
「映画を観てる間だけだからな」
「えー、ケチぃ。このままずっと、抱きしめてほしいのに」
「ずっとこのままだったら、何もできないだろう」
「それはそれでいいよ。千歳とこうしているだけで、あたし、幸せだもん♪」
「……安い幸せだなあ」
「お買い得でしょ? 今なら、特売中だよ♪」
「……さて、映画の続きを観るぞ」
「あーっ、無視した! ひどーいっ」
「ほら、もう怖くないんだろ? せっかく借りたんだから、最後まで観るぞ」
「はーい」
なんだかんだで、色羽楽しそうに、笑顔で映画を観ていた。




