31話 疑惑の眼差し
「どうしたんですか、先生? 鳩がガトリングガン食らったような顔をしてますよ?」
「そんな例えはない」
天然なのか、わざとボケているのか、一式の感情は読みづらい。
ただ、俺と色羽の関係に気づいている様子はまだない。
「一式がとんでもないことを言うから、驚いただけだ」
「とんでもないこと?」
「それは……アレだ。俺と天塚が恋人とか」
「とんでもないことですかね?」
「とんでもないだろう。生徒に手を出した教師、というレッテルを貼られてしまうじゃないか」
「大丈夫ですよ、先生!」
「なにがだ?」
「今どき、そういう話は珍しくないですし。もしもそうなったとしても、なんとかなりますって。私、他の先生たちに話を聞かれたら、『先生はいつかヤルと思ってました』って擁護しますから!」
「それは擁護してないよな? むしろ追い込んでいるよな?」
「あはははははっ」
「笑ってごまかされた!?」
一式は不良とは程遠い、成績優秀な生徒なのだが……
猫のように気まぐれで、子供のようにイタズラ好きな性格は困ったところだ。
度々、何かしらの騒動を招いてくれる。
トラブルメーカーといったところか。
「妙な誤解をされたらたまらない。天塚もなんとか言ってやってくれないか?」
「……」
「天塚?」
「……ふへへ」
ニヤニヤしていた。
ものすごくだらしない笑みを浮かべていた。
「あたしと先生が……そういう風に……みんなの公認みたいで……にひ」
どうやら、そういう風に見られてうれしいらしい。
バレて困るのは色羽も同じなのだが……
そういう計算は、今は働かないらしい。
うれしい、という感情が心の大部分を占めていて、他のことを考えられないみたいだ。
ダメだ。
今の色羽は頼りにならない。
「おやおや? 天塚さんも、まんざらじゃない態度ですねー」
「おー、そうか? そう見えるか? ふひひ」
「すごい顔ですね……単なる冗談のつもりだったんですが、これはもしかしてもしかします?」
やばい。
一式の表情に疑問の色が混ざる。
一式は口が軽い。
とにかく軽い。
酸素よりも軽いんじゃないか? って思うくらいに軽い。
そんな一式に、俺と色羽の関係を知られたら?
……考えるのも億劫になるほど、まずい事態になるだろう。
「つまらないことを考えないように」
「つまらなくなんてないですよー! もしも、先生と天塚さんが結ばれていたら? それは、とっても素敵なことじゃないですか! 今すぐみんなに教えて、祝福してあげないと!」
やはり、言いふらすつもりなのか。
一式の困ったところは、悪意がないところだ。
言いふらすとしているが、一式に悪意はない。
本人が言っているように、たくさんの人で祝ってあげたい、というのが本心なのだろう。
繰り返すが、一式に悪意はない。
が、悪意がない分、厄介なのだ。
「一式、良い眼科を紹介しようか?」
「んー? それはどういう意味ですか?」
「俺と天塚の間に、何かあるわけないだろう。目がおかしいんじゃないか?」
「おっと、いきなりのきついお言葉。先生、さてはSですね?」
「くだらないことを言う生徒に対しては厳しくなるかもな。今度のテスト、一式だけ特別コースにしてもいいんだぞ?」
「脅迫!?」
「つまらないことなんて考えないで、学生らしく、学業に励み、友情を育みなさい」
「先生、つまらないですねー。大人の反応です。もっと、あわあわしてくれたらおもしろいんですけど」
「特別コース決定な」
「あわわわ、それは勘弁をー!」
うまい具合に一式の気を逸らすことができた。
こういう性格をしているから、気が散るのも早いんだよな。
あとは、このままごまかしきればいいんだけど……
「むぅ……」
色羽がおもしろくなさそうな顔をして、頬を膨らませていた。
今は、色羽の考えが手に取るようにわかる。
一式の前で、これでもないくらいに、俺の口から関係を否定されて、おもしろくないのだろう。
怒っている……というよりは、拗ねている。
ふくれっ面で、じーっと俺を睨めつけていた。
(落ち着け、これは仕方ないだろう)
アイコンタクトと口パクで、一式にばれないように意思の疎通を計る。
(先生のばーか! そんなにあたしと恋人になるのがイヤなのかよ!?)
色羽も、アイコンタクトと口パクで応えた。
咄嗟の機転で、ここまでできる子はなかなかいない。
俺たちの相性は良いのかもしれないな。
こんな時なのに、そんなことをついつい考えてしまう。
(仕方ないだろう。まさか、本当のことを話すわけにはいかない)
(だからって、あからさまに否定されたら納得できねーし!)
(この場限りのことだ。我慢してくれ)
(今度、あたしの言うことを一つ、聞くこと)
(……なんでもか?)
(なんでも)
(……わかった。その条件でかまわない)
(約束だかんな!?)
いいように色羽の望む展開になってしまったけれど、この場合は仕方ないか。
「ん、んんんー?」
「どうした、一式?」
「なんか、先生と天塚さん、見つめ合ってません?」
「ん、んなことねーし!」
慌てて、色羽がそっぽを向いた。
「よく考えてみろよ。このあたしが、こんな冴えない先生のことを好きになるわけねーだろ? ありえねーし。ありえなさすぎて笑えてくるね、あはははっ」
「それもそうですね、あはははっ」
納得いったらしく、一式が笑う。
それにしても……
色羽は、少し言いすぎじゃないか?
あと、一式は、そんなに簡単に納得してしまうのか?
それはそれで、微妙な気分なんだが……
まあ、バレなかったから良しとしよう。
今後は、校内での接し方に気をつけないといけないな。




