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3話 照れる不良

 駐車場に駆けて、車の鍵を開ける。

 助手席に天塚を乗せて、シートベルトを締めた。


「しっかり掴まってろ」


 言って、アクセルペダルを踏み込んだ。

 飛び出す、というような勢いで学校を出て、スマホで検索しておいた動物病院に向かう。

 距離は、約3キロメートル。

 車なら数分。

 しかし、その数分で小さな命が左右されてしまうかもしれない。


「がんばれよっ……おい、動けって……ほらっ」


 天塚は必死になって子猫に声をかけていた。


「くっ、こんな時に……!」


 赤信号に捕まってしまう。

 今は、一分一秒も惜しいというのに。

 とはいえ、さすがに無視するわけにはいかない。

 できることといえば、早く切り替われと念じるだけだ。


「がんばれ……がんばれ……」


 天塚は祈るようにつぶやいている。

 体を震わせて、顔を青くしてた。


「大丈夫だ」

「あ……」


 せめて、天塚の不安を取り除いてやりたくて……

 そっと、手を掴んだ。


「先生……」

「大丈夫、絶対に助かる。絶対だ」

「……うん」


 天塚の震えを抑えるように、しっかりと、強く握りしめた。




――――――――――




 子猫を動物病院で診てもらい、その帰り道……


「はぁあああ、びびったぁ……」


 学校に戻り、車から降りた天塚は、長い長い吐息をこぼした。

 つられるように、俺も吐息を漏らして、肩の力を抜いた。


 そんな俺たちを見て、子猫が不思議そうに鳴く。


「ニャア」

「にゃあ、じゃねえよ、お前は……ったく、人騒がせな」

「まあ、いいじゃないか。大したことなかったんだから」

「そうだけどさ……やばい病気じゃないのかって、本気でビビったんだからな。このっ」


 天塚は、指先で子猫の額をつんつんとつついた。


 動物病院で子猫を診てもらったところ、毛玉を飲み込んだことで、腹をつまらせていたらしい。

 舐めて毛づくろいをする猫は、たまにやってしまう、と聞いた。

 幸い、症状は重くなかったので、下剤で毛玉を外に出した。

 念のために他の検査もしてもらったけど、至って健康らしい。


「……なあ、先生」

「なんだ?」

「その、あの……な? えっと……」


 天塚は頬をかいて、視線をあちらこちらに飛ばして、落ち着かない様子を見せる。

 なんだ? と思っていると……


「……ありがとな」

「え?」

「だから、ありがと!」


 まさか、お礼を言われるなんて思ってなかった。

 ついつい驚いてしまう。


「な、なんだよ。その反応は」

「ちゃんと礼が言えるんだな」

「あ? なんだ、それ。あたしのことバカにしてんのか」

「ちが……くもないか」

「ったく……人が素直になったらコレだ。だから、教師ってのは……」


 ふてくされる天塚は、どこか子猫に似てて……

 こいつら、似てる者同士なのかもしれないな。

 そう思うと、ちょっと笑えてきた。

 もっとも、本当に笑うとさらに天塚の機嫌を損ねてしまうから、顔には出さないが。


「そろそろ良い時間だな」


 一騒動あったせいで、空は赤く染まっていた。

 まだ仕事は残ってるが……大した量はない。後回しにしても問題のないものばかりだ。


 今日は色々あって疲れた。帰ることにしよう。

 天塚の説教は……また今度だ。

 そんな雰囲気でもないからな。


 っと、その前に、一つだけ確認しておかないとな。


「その猫、どうするんだ? 親猫は?」

「……いないっぽい。ここ最近、遠くから見てたんだけど、ぜんぜん姿を見せなくて……捨てられちまったのかもな」


 猫も育児放棄をする場合がある。

 天塚は複雑な表情を見せていた。


「子猫だから、放っておくのは不安だよな……俺が預かろうか? 仕事があるから、飼うことは難しいが、里親を探すまでの間、預かるくらいはできるぞ」

「いや、いい。コイツはあたしが飼う」

「大丈夫なのか? 親御さんに聞かなくていいのか?」

「大丈夫だよ。問題ねえさ」


 一瞬、天塚は険しい表情を見せたが……

 子猫が鳴いて、すぐに穏やかな顔に戻った。


「それで、だな……あー……先生、この後ヒマか?」

「うん? ヒマといえばヒマだが……どうした?」

「コイツのことを聞きたいんだが……」

「って言われてもな……俺、猫についてそんな詳しくないぞ?」

「そ、相談する相手がほしいんだよ! 他に、頼りになるヤツいねえし……」

「そういうことならいいぞ」

「あと……その……なんだ? 礼もしたくて……」

「礼?」

「ほら……コイツを助けてくれただろ? だから、その礼……今は、あたしが飼い主なんだからな。ちゃんと礼をしないと、気が済まないんだよ」


 ちょっと照れた様子で、天塚がそう言う。

 意外と仁義に厚いというか、しっかりしてるというか……

 またまた、天塚の意外な一面を見たような気がした。


 コイツ、不良とかなんだ言われてるが……

 そんなに悪い子じゃないのかもしれないな。


 猫が好きで、優しいところがあって……

 今はちょっとひねくれてしまったが、本当は、どこにでもいる普通の女の子なのかもしれない。


「な、なんだよ、その意外そうな顔は」

「意外に思ってるからな。天塚のことだから、礼とか気にしないと思ってた」

「あのな……あたしのこと、どう思ってんだよ?」

「不良だな」

「ぐっ……ストレートに言いやがって」


 言葉をつまらせて……しかし、天塚は笑う。


「ま、その方が気楽でいいか。あたしに、そんなことを真正面から言うヤツ、今までいなかったぜ? 変な先生だな」

「天塚に言われたくないが……まあ、褒め言葉と受け取っておくよ」

「じゃあ、行こうぜ」


 そう言って、再び天塚が車に乗り込む。


「ん? 行くって、どこに行くんだ?」

「送ってくれよ。そこで礼をするからさ」

「だから、どこへ?」

「あたしん家」

前回が不穏な終わり方でしたが、ああいうのは稀です。

基本、ほのぼのと甘い展開が続きます。

色羽がデレるのはもうちょっと!

おもしろかったな、と思ってもらえたら、更新の励みになるので評価やブクマをいただけるとうれしいです。


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よろしければこちらもどうぞ→この度、妹が彼女になりました。
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