23話 二人の時間
上映開始15分前になり、館内に入れるようになった。
チケットを従業員に渡して中に入る。
「えっと、俺たちの席は……」
「ほら、先生っ。こっちだぜ」
ぐいぐいっと色羽に手を引かれた。
俺たちの席は、ど真ん中。
近すぎず遠すぎず、良い場所だった。
並んで席に座り、ポップコーンとドリンクを座席にセット。
これで、後は上映が始まるのを待つだけだ。
「人、いねーな」
5分ほど経ったけれど、周囲の席はほとんど埋まらない。
公開されてしばらく経っている映画だから、人も少ないのだろうか?
「えへへ♪」
色羽がごきげんな様子で、こちらにもたれかかってきた。
肩に心地いい重さを感じる。
「これ、貸し切りみたいだね」
「不良モードはやめたのか?」
「なにそれ。ロボットみたいな呼び方やめてー」
「なら、なんて呼べば?」
「んー……やんちゃな色羽ちゃんとかわいい色羽ちゃん?」
「自分で言うか?」
「ちょっと恥ずかしかった……」
なんて言いながら、照れた様子を見せる色羽は普通にかわいい。
最も、そんなことを素直に口にしたら調子に乗るだろうから、絶対に言わないが。
「えへへー、千歳と二人きり♪」
「他に客はいるけどな」
「世界に私たちだけしかいないみたいだね」
「俺たちだけなら映画を上映する人がいなくなるな」
「ねえねえ、ポップコーン、食べさせ合いっこしよう♪」
「俺のものがある」
「ぶーっ……千歳、いけずぅ」
色羽が拗ねた。
外よりも暗い館内。
人気の少ない場所。
雰囲気はたっぷりだ。
甘えたいということはわかるのだけど……
「映画を観に来たんだろう? そういうことは、また今度にしてくれ」
付き合っているものの、まだ『お試し』期間だ。
そうそう簡単に手を出すことはできない。
「ま、いいや」
色羽あっさりと引き下がり、こちらにもたれかかるのもやめた。
意外だ。
もっと粘るか、ダダをこねるか、そう思っていたのに。
「ふふーん、あたしは焦らないんだよ」
俺の考えを読んだように、色羽は得意げにそう言った。
「そのうち、あたしの魅力で千歳をメロメロにしてやるんだから♪」
「メロメロって、なんか表現が古くないか?」
「そっかな? 意味が伝わればなんでもよくない?」
「適当だな」
「考えすぎるとハゲるよ? 千歳、大丈夫?」
「その心配はいらねぇよ!」
「きゃー、こわーい♪」
おどける色羽は笑顔を浮かべていた。
こんなどうでもいいやりとりもすごく楽しい、そう言っているみたいだ。
……楽しいのだろうか?
相手は二十半ばを越えた教師。
十近くも歳が離れていれば、なかなか話が合わないだろうし、教師と生徒という問題もある。
それなのに、なんで、俺という相手を選んだのか?
本当に心から望んでいるのことなのか?
ふと、そんなことを思ってしまった。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
今の疑問をぶつけることはできない。
それは、色羽の気持ちを疑っていると告げるようなものだから。
不良をやっていて、ひねくれているように見えるが……
この子は、純粋な子だ。素直な子だ。
そんな子に変なことは言えないし、これは、俺の心の問題だ。
今は考えないことにしよう。
「あっ、千歳、千歳! 始まるよっ」
館内が暗くなり、映画の予告編が始まる。
「静かにしような」
「わかってるよー。でも」
そっと、色羽が俺の手を握る。
「これくらいはいいよね?」
「……ああ」
色羽の手は温かい。
不思議と、気持ちが落ち着いた。
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