18話 居残り勉強
とある日の放課後。
窓の外を見ると、空が赤くなり始めていた。
あと30分も経てば、綺麗な夕焼けが見えるだろう。
そんな時なのに、色羽は教室に残っていた。
机に向かい、教科書を開いて、ノートにペンを走らせている。
「あー……うー……」
色羽は妙な唸り声を漏らしながら、勉強をしていた。
自分からしているわけじゃない。
ただの居残りだ。
「どうした? わからないところでもあったか?」
「……全部わからねぇ」
「がんばれよ」
「それだけかよ!?」
「それだけだ」
「ちっとは加減してくれるとか……」
「ないな」
「鬼かっ!」
「鬼でけっこう。さあ、問題を解け。でないと、進級できないぞ」
つまり、そういうことなのだ。
不良らしく授業をサボりまくるせいで、色羽は、一学期にして進級の危機に陥ってしまった。
待ち受けているのは、補習の山。
これをこなさない限り、色羽の留年が決定してしまう。
不良とはいえ、さすがに留年はイヤらしく、色羽は補習に取り組むことにした。
俺は、その監督役だ。
珍しく色羽はがんばっているものの……
補習がスラスラと進むようなら、そもそも留年の危機に陥っていない。
知恵熱が出そうという感じで、ひいひい言っていた。
「うぅ……わからねぇ……なんだ、これ。日本語か?」
「日本語だ」
「先生、意地悪してねぇか? 上級生の問題とかじゃねえだろうな?」
「正真正銘、二年のものだ」
「くそっ、なんであたしがこんなこと……」
「やりたくないなら、やらなくてもいいぞ」
「マジか!?」
「その場合は留年だけどな」
「う、く……」
色羽が苦々しい顔をした。
「留年はイヤなのか?」
「あたしはどっちでもいいんだけどな……家に迷惑をかけるのは本望じゃねえんだ」
「……」
「あんだよ、その意外そうな顔は」
「意外なんだ」
「ぐっ」
「親を大事にしてるんだな」
普通、不良は親と仲が悪いものと思っていたが……
色羽の場合は違うらしい。
先日、家に言った時も軽く話が出たが、両親との仲はそれなりに良さそうだ。
「当たり前だろ。親を大事にしないヤツなんざ、人以下だ。ゴミだな、ゴミ」
「そこまで言うか」
「そこまで言うほどのもんだろ?」
「まあ、否定はしないさ」
色羽と一緒に過ごすうちに、次々と新しい一面を知っていく。
それはとても新鮮な気持ちで……楽しくもあった。
次は、どんな顔を見せてくれるのか?
そんな期待をしてしまう。
「なら、しっかりと補習をして、留年の危機を乗り越えないといけないな」
「あううう……」
不良モードにしては珍しく、情けない声がこぼれた。
それだけ参っているのだろう。
「わからないところはどこだ?」
「……教えてくれんのか?」
「元より、色羽一人で全部の問題が解けるなんて思っていない。監督役は、ただ監視をするだけじゃなくて、必要なら教えることもするぞ」
「最初から言ってくれよな、それ……無駄に考えちまったじゃねえか」
「考えることも大事だ。ロクに考えないで質問してくるようなら、それは無視していたな」
「先生、意地悪じゃね?」
「これが教育というものだ」
甘やかさず、必要な時は手を差し伸べる。
この微妙なさじ加減が必要なのだ。
「この問題なんだけどさ……」
「それは……」
色羽の補習に付き合い、たっぷりと勉強を教えた。
――――――――――
「あああぁ……頭がクラクラするよぉ……」
「大丈夫か?」
「な、なんとか平気……」
今日の補習が終わる。
まだ最初の一日。
それなのに、色羽はヘロヘロになっていた。
まだまだ補習は残っている。
この調子で、最後までこなすことができるのだろうか?
ついつい心配になってしまう。
「ちーとーせー」
体を支えるような感じで、俺の腕に色羽が抱きついてきた。
まだ校舎内とはいえ、もう日も暮れて、残っている生徒はいない。
甘えん坊モードになった色羽は、猫がするみたいに、ゴロゴロと体を寄せてくる。
「疲れたよぉ……ひもじいよぉ……ふらふらだよぉ……」
「おつかれ。よくがんばったな」
正直、補習はあまり進まなかったが……
それでも、色羽は真面目にがんばった。
一生懸命、補習に取り組んだ。
その成果を褒めないわけにはいかない。
抱きついてくる色羽はそのままに、頭を撫でてやる。
「千歳……あたし、がんばったよね?」
「ああ、がんばったぞ」
「なら、ごほうび欲しいな♪」
「頭を撫でるだけじゃ足りないか?」
「これはこれで有り。でも、もっと欲しいな♪」
「……仕方ないな」
「ホント!? いいの!?」
「やっぱやめた」
「あたしの心が弄ばれた!?」
「人聞きの悪いことを言うな!」
「ぐすっ……飽きたらぽいっ、なんだね……ひどいわ!」
「その三文芝居をやめないか」
「はーい」
コロっと笑顔に戻る。
「やめた、っていうのは冗談だ。疲れたし、腹も減っただろう? 何か食べていくか?」
「おごり?」
「ちゃっかりしてるな……まあ、構わないが」
「えへへ、ゴチになりまーす♪」
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