16話 嫉妬
「先生、コイツ誰なんだ?」
嬉野先生を無視して、こちらに問いかける色羽。
まったく……
「コイツ、じゃない。嬉野先生だ」
「あいたっ!?」
ごつん、とゲンコツ。
悪いことをしたら叱らないといけない。
……更生のためにしていることなのだけど、ペットを躾けているような気分になった。
「でも、コイツは先生と一緒にいたぁっ!?」
再びゲンコツ。
「……なんで、嬉野先生と一緒にいたんだ?」
ようやく言い直してくれた。
というか……
色羽のヤツ、嬉野先生の顔を覚えてないのか?
嬉野先生は現国を担当してるから、何度もクラスに顔を出しているはずなんだが……
「……サボってるから、よくわからねーんだよ」
そのことを問いかけると、そんな答えが返ってきた。
なるほど、納得だ。
納得はしたが……
「あのな……そんなしょうもない理由で嬉野先生のことをコイツ呼ばわりするな」
色羽の更生は、なかなかに難しそうだ。
改めて、そのことを実感させられた。
「先生の同僚なのか?」
「嬉野先生だ。現国の担当で、隣のクラスを受け持っている」
「改めて、よろしくおねがいしますね」
「……ふんっ」
嬉野先生が笑顔を向けるものの、色羽は笑顔を返さない。
おもいきり睨みつけている。
不良らしく、教師はみんな敵、という感じなのだろうか?
その割に、あまり敵意は感じられない。
敵意というよりは……警戒心?
縄張りに近づいてきた犬を警戒する猫みたいだ。
「むぅ」
不意に色羽が俺の腕にしがみついてきた。
コレはあたしのものだ!
そんな感じで、両腕で俺の手を抱く。
「あら。森下先生は、天塚さんと仲が良いんですね」
「いや、そういうわけでは……」
「まあな。あたしと先生の間に、あんたが割り込めるような隙は少しもねえよ」
「おいっ!?」
嬉野先生の前で何言ってくれてるんだ、色羽は!?
焦るものの、子供の戯言と捉えたのか、はたまた本人の性格によるものなのか、嬉野先生は気にした様子はない。
ただ、朗らかに笑うだけだ。
「ふふっ、良かった。こう言ってはなんだけど、天塚さん、孤立しているように見えたから……でも、森下先生がついていらっしゃるのなら安心ですね」
「え? あ……お、おぅ」
「では、私はやらないといけないことがありますから」
ぺこりとお辞儀して、嬉野先生は先に職員室へ向かった。
後は若いものたちでどうぞ、という、お見合いに同席した親のような対応だ。
「はっ、大したことねーな」
「……ちょっと、こっちに来い」
「えっ? な、なんだよ、先生。あっ、こら! 首根っこ掴むんじゃねーよ!」
騒ぐ色羽を強引に連れて行く。
そのまま、人気のない屋上に移動した。
「どうしたの、千歳?」
二人きりになったからなのか、色羽は素の状態に戻る。
「いきなり、こんなところに連れてきて……あっ、も、もしかして、そういうことをしたいの? 恥ずかしいけど……その、千歳ならいいよ……? あたしの全部、千歳に……ふにゃんっ!?」
三度、ゲンコツ。
「な、なにするの……?」
「あのな……妙な勘違いをするな。話をしたいからここに連れてきただけだ」
「話?」
「なんで、嬉野先生にあんな態度をとったんだ? ケンカを売るようなことをして……知らないとはいえ、先生であることはわかっていただろう?」
「だって……千歳と仲良さそうだったんだもん」
「俺……?」
「千歳の隣で笑っているところを見たら、なんだかモヤモヤして、落ち着かなくて……うぅ……千歳の居場所はあたしの隣なんだよ! わかるっ?」
つまり……なんだ?
色羽は、ヤキモチを妬いていたということか?
「……はぁあああ」
真相がわかり、脱力してしまう。
不良故に、嬉野先生に絡んだのではないかと思ったが、そうではないらしい。
ただのヤキモチ。
こう言うと怒るかもしれないが、とても女の子らしい理由だ。
かわいらしいとさえ思う。
とはいえ、こういうことは、ほどほどにセーブしてもらいたい。
女性の同僚なんて、嬉野先生だけじゃないし……
もっと言えば、教え子の半分は女子だ。
今後、同じことが起きないように、よく言い含めておかないと。
「いいか? 俺と嬉野先生の間には何もない。ただの同僚で、それ以上でもそれ以下でもない」
「本当に?」
「本当だ」
「でもでも、千歳は格好いいし、モテると思うし……あたし、心配だよ」
うれしい心配だが、無用な心配だ。
俺がモテるなんてことはありえないし、告白するような女の子は色羽くらいなものだろう。
そう諭すものの、色羽はなかなか納得してくれない。
渋い顔をして、拗ねるようにつま先で地面を蹴っている。
「本当に、関係ない? あたし、安心していいの?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら、証明して」
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