１３話 あーん
昼を食べ始めて少し。
適当な会話をしながら弁当をつまんでいると、ふと、色羽がこちらをじーっと見つめる。
「じー……」
口に出しているし。
「どうした？」
「それ、コンビニ弁当なんだよね」
「そうだが……それがどうかしたのか？」
色羽の言いたいことがわからない。
ただ、色羽は物珍しそうに俺の弁当を見ていた。
もしかして……
「コンビニ弁当を見たことがない、とか言わないよな？」
「見たことないよ？」
まさかのまさかだった。
色羽の家を見て、お嬢さまなのではないか、と思ったが……
コンビニ弁当を見たことがないなんて。
どういう生活をしているんだ？
そのくせ、不良をやっているなんて……
色羽の謎が増えていく。
「それ、おいしいの？」
「普通かな」
「普通って、どんな感じ？」
「普通は普通だ。うまくもないしまずくもない。食べるに困らない、って感じだ」
「そうなんだ……」
さらに、じーっとコンビニ弁当を見つめる色羽。
本人は気がついていないようだが、ちょっとよだれが垂れそうな雰囲気だ。
「食べたいのか？」
「ふぇ！？ いや、その……そ、そんなことないよ？」
「その割に、さっきから視線が固定されているんだが」
「そ、それは珍しいから……じゅるり」
「おい、よだれの音」
「も、もうっ。千歳、そういうことは言わないでっ」
恥ずかしそうにしながら、色羽にぽかぽかと叩かれた。
照れ隠しの行為なので別に痛くない。
むしろ、かわいらしいとさえ思う。
「食べてみるか？」
「いいのっ！？」
ものすごい勢いで食いつかれた。
「あーん」
色羽は前かがみになって、顔を差し出して、小さな口をいっぱいに開けた。
「うん？」
「あーん」
「いや、それは……」
「ほら、千歳。早く」
「……」
「あーんっ」
「……ほい」
根負けした俺は、鮭を箸でつまみ、色羽の口に運んだ。
「はむっ」
ぱくりと鮭を咥えた。
そのまま、もぐもぐと咀嚼する。
「おー、これがコンビニ弁当の味……」
なにやらカルチャーショックを受けたらしく、色羽は目をパチパチと瞬かせた。
「うまいか？」
「味、濃いね」
「コンビニ弁当なんてそんなもんだ」
「でもでも、これはこれで悪くないかな。それに……千歳に食べさせてもらったから、それで満足♪」
にっこりと笑う色羽。
あまりにうれしそうにするものだから、こちらが照れてしまう。
「えへへ♪ 夢がまた一つ、叶っちゃった」
「夢？」
「彼氏にあーんをしてもらうこと」
「安い夢だな」
「あたしにとっては大事なの！ あーんをしてもらうと、彼氏に大事にされてる、って気分になれるし……それが大好きな千歳なら、なおさらだよ。すごくすごくうれしいの」
「……そっか」
ストレートな好意を向けられて、ついついコメントに困ってしまい、相づちを打つだけにしておいた。
くそぅ。
困ったことに、かわいいじゃないか。
俺にとって色羽は更生させるべき不良生徒であり、そのために付き合っているだけなのに……
なんていうか……
少しずつ、本気になってしまいそうな自分がいた。
まずい傾向だな……いや、いけないことなのか？
双方合意の上なら……
って、まずいに決まっているだろう。
俺は教師で、色羽は生徒だ。
そんなこと……
「……いかん。ちょっと、思考が暴走しているな」
慣れないことをしたせいか、色羽のペースに巻き込まれているみたいだ。
落ち着け、俺。
これ以上、みっともないところは見せられない。
教師らしく、どっしりと構えて……
「ねえねえ、千歳」
「なんだ？」
「あたしの弁当、食べる？」
「いいのか？ 足りなくなるんじゃないか？」
「も、もうっ。ちょっとくらいおすそ分けしたくらいで、お腹ペコペコになるようなキャラじゃないよ、私は」
「そうだったのか、意外な事実だ」
「千歳の意地悪」
膨れる色羽は子供みたいだ。
「一緒に食べるとおいしいから。はい、あげる」
「……それは？」
さっきの俺と同じように、色羽が箸でおかずをつまみ、こちらの口元に運んできた。
「あーん、だよ♪」
「いや、それはちょっと……」
「イヤなの……？」
しょんぼりしないでくれ。
悪いことをしてる気分になるじゃないか。
「ねぇ、千歳……」
「……あーん」
色々な意味で、色羽には敵わない。
俺は諦めて口を開いて、色羽の弁当を味わうのだった。
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