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アシュレイのポーチには『人の精神を吸い取る舌』がぎっしりと詰まっている。
すえたニオイと、タンパクな生臭さが『舌』から漂っていて、だいぶ臭い。
「……あ、あの、マナさん……クエスト報告の前に、これを『まじない師』の先生にとどけに行きたいんですけど……」
こんなニオイをまき散らしながら街に戻ったら、どんな噂を流されるかわからない。
……なにより、妹の治療を一刻も早く終えないという気持ちがある。
「故郷で妹さんを治療してるっていう? なら、あたしもついて行っていい?」
「は、はい……先に帰っていただいても、大丈夫ですけど……よろしければ」
「うん! やっぱり二人で受けたクエストだものね! 二人で報告したいわ!」
マナは笑う。
アシュレイは彼女の姿をじっくり見た。
体より大きなリュック。
……あの中には『トゲ突き鉄球』を含め様々な武器が入っている。
重量も気になるが、梱包方法も気になるし、リュック自体の材質もだいぶ気になる。
……夕刻、薄雲の晴れた空からは赤い光が地表に注ぎ込んでいる。
彼女の銀色の体毛と赤い日差しが混ざり合い、なぜだろう、黄金の輝きが見えた気がした。
やはり小柄。
顔立ちは勝ち気そうだけれど、やっぱり幼い。
……だというのに、先ほどの戦闘には、熟達したものを感じさせた。
武器や戦い方が一流というわけではなく――
戦闘そのものに熟練している、というような様子。
武器にこだわらず、状況に応じては武器を捨てる。
通常、『専門』が存在する冒険者においては、まず見られない、例のない戦い方。
「……マナさんは、何者なんですか?」
それはなんとなく怖くてできなかった質問だった。
彼女は空を見上げ、笑い――
「あたしは、半端者ね。なんにも極められない、半端者」
「……」
「って、そういう話じゃないわよね。……そうね、じゃあ、街に帰ったら教えてあげるわ! だってこの廃村、臭いもの。……長い話をするには向かないじゃない?」
「……そうですね」
「笑えるのね、あなた」
マナが言う。
アシュレイはハッとした――気付かなかったのだ。今、自分が笑顔を浮かべたことに。
「……笑えていましたか、私……? 人から見て、わかるぐらい……」
「笑ってたわ! かわいいじゃない! どうして普段から笑わないの?」
「……意識して笑わないようにしているわけじゃ、なくて……その……うまく、できなくて」
「そうなのね。じゃあ、べつに機嫌が悪いわけじゃなかったのね?」
「……えっと……はい……」
「ならよかったわ! ……あたしのお節介が迷惑で機嫌が悪いのかと思っていたの」
「そんなことは……本当に、ありがたく思っています……こんな、危険なクエストに同行してくださって、本当に、感謝しています……」
「いいのよ! 『外界より来たりしモノ』ども関連の討伐クエストだったら、どうせあたしも受けるつもりだったのよ」
「そうなんですか? ……なにか、ほしい素材でも? クエストの達成料金は、危険度のわりにそれほどでもありませんし……」
「素材って、『外界より来たりしモノ』どもの体に、役立つ箇所なんかないわよ! ……まあ、例外はあるみたいだけど」
「……」
「あたしが連中を倒すのは、連中が悪い子だからね!」
「わ、悪い子……?」
あのおぞましく無気味なモンスターどもを『悪い子』と表現するのは、ちょっと独特だ。
だいぶイメージが柔らかくなる。
「ええ、悪い子なの! だって、あいつらの王であるはずの第三魔王が倒れたっていうのに、その眷属がいつまでも各地で悪さして! ほんと、引き際をわかってないわよね! 王が倒れたならあとは存続した世界のためになるか、身を引くかするべきよ!」
「……変わった考え方をしますね」
「そうかしら? ……そうかもしれないわ。……とにかく! 行きましょ! あなたの妹さんがいる場所は、ここからどのぐらいなの?」
「あ、半日もかからないです……王都方面ですから、帰る途中に寄れます……」
「そう? じゃあ、行きましょ!」
◆
こうしてアシュレイは目的だった『人の精神を吸い取る舌』を手に入れた。
これを『まじない師』に渡せば、妹の壊れた心を治してくれるはずだ。
……第三魔王とその眷属、『外界より来たりしモノ』どもの素材は、人類の役に立たないと人は言う。
アシュレイもそんなことは知っているけれど、本当にまったく無意味かは疑っている。
そもそも、モンスターの素材は――第一、第二魔王の時代のものだが――人類発展の役に立ってきた。
現在の王都の周囲にはモンスターのわく『ダンジョン』が多いが、これは『ダンジョン資源』により街が栄えたという歴史があるからだ。
モンスターの素材はなんらかの役に立つ。
それは人類史が証明している。
過去、まったく無用に見えて、現在ではその有用性が認められている素材とて多い。
だから今はまだ利用法のよくわからない『外界より来たりしモノ』関連の素材だって、その用法がきっとあるのだろうとアシュレイは考え、希望を持つことにしているのだ。
――そうだ。彼女の考えは、正しい。
たしかに、ある。
第三魔王関連の、外界より来たりしモノども素材を役立てる方法は、あるのだ。
ただし。
それが人類に利するものであるとは、限らないだけで――