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――彼女に残ったものは、たくさんの『一流にはとどかない技能』でした。
それから、様々な技能を極めようとした過程で身についた、腕力と、魔力と、そのほか多くの、異常なまでの身体能力でした。
◆
たとえば嵐。
目の前のソレは圧縮された自然災害のように、周囲を蹂躙していた。
鎖のついたトゲつき鉄球が、ぶんぶんと振り回されている。
それはたくさんの【犬】を巻きこみ、ひきずり、潰しながらも勢いを衰えさせることなく回り続けている。
かと思えば、唐突に鉄球は――たくさんの潰れた【犬】をそのトゲに突き刺したまま――空中、マナの直上に放り投げられる。
アシュレイが視線で鉄球を追っているうちに、地上ではもう次の場面が始まっていた。
槍。
一刺一殺。
トゲつき鉄球による攻撃ではトドメをさしきれなかった【犬】どもを、狙い澄ました槍の刺突が襲う。
小柄な獣人の少女がなんの飾り気もない、先端の尖った一本の金属棒のような槍を突き出すたび、【犬】は悲鳴をあげるまもなく倒れて、動かなくなる。
しかし【犬】どもも黙ってやられるばかりではない。
その大きな体で敵を組み敷こうと飛びかかり、その触手のように自在にうねる舌は、常に全方位から少女の体を突き刺し、その精神を吸い取ろうと狙い澄まされているのだ。
今も。
槍を突き出し、引く、その直前――槍を扱えば当たり前にできる『突き直後の隙』に、【犬】どもの舌が殺到した。
……アシュレイはかつて、酒場で熟練とおぼしき冒険者が言っていたことを思い出す。
槍技の極意は『引き』にあるのだと。
槍使いを『専門』とするならば、突きで相手の息の根を止められるのは当たり前。
問題はその『必殺の突き』につなげるための余技であり――
対多数がほとんどとなる『モンスター戦』においては、『必殺』直後、槍を『引く』段階がもっとも重要なのだそうだ。
『引く』とは、素早く引くことだけ指すものではない。
たとえば体をひねって石突きで相手を薙ぎ払ったり、あるいは突いた槍を引かず伸ばしきったまま大きく振り回し相手を下がらせてから、あらためて引いたりする。
ここで相手の動きに合わせて瞬時に適切な動作がおこなえるかどうかが、槍使いの才覚――センスを問われる部分なのだという。
一流と二流では、『引き』で差が出る。
果たして『専門家』ではなく『総合家』を名乗るマナがとった、『引き』の動作とは――
――ポイッ。
「捨てた!?」
――槍を捨てた。
あっさりと。
突きの勢いのまま捨てられた槍は、突き出された勢いのまま前方に飛んでいく。
回収はままならない。
マナには未練もないようだった。
すでに腰に差していた剣を抜き放っている。
それで迫り来る舌に対応するのだが、剣の切れ味の問題か、使い手の腕の問題か、【犬】どもの舌はたたき落とされはするのだけれど、切断はかなわない。
しかもマナが抵抗したことにより、すべての【犬】の舌が伸ばされるタイミングがそろってしまっった。
全方位からまったく同時、マナに向けて真っ直ぐ伸びた舌。
マナは一歩下がって自分のいた位置を串刺しにする舌を避け――
さらにもう一歩下がった。
まとまった舌を剣でたたき切るチャンスだったはずなのに、なにをしているのだろう――
アシュレイがそんなことを考えた一瞬後、マナの意図がわかる。
――空から降る、トゲのついた流れ星。
先ほど空中に投げたそれが、マナのいた位置に――【犬】どもの舌が集まったその位置に落ちてくる。
ズドォォォン!
……重量感がおかしい。
小柄な少女が振り回せる代物とは思えないほど重々しい音を立てて落下したトゲつき鉄球は、【犬】どもの舌をまとめて押しつぶした。
唖然とするアシュレイ。
その彼女に、マナが言う。
「そっち終わった? じゃあ、【犬】が舌を抜けず、もがいてるあいだに、一匹ずつトドメ刺すの手伝ってくれる?」
アシュレイはしばし呆然としていたが――
すでにマナはジタバタと舌を引き抜こうとする【犬】どもに、順番に剣を突き刺す作業に入っていた。
……そうだ、ここからは、時間制限こそあるが、『作業』に他ならない。
動けない【犬】の胴体を突き刺していく難易度は、そう高くなかった。
簡単すぎて、『戦い』という印象さえない。
――計算尽くの結果なのだろう。
それは死んだ獲物の肉でもさばくような、あまりにも単調なただの屠殺だった。