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 ――才能が、なかったのでした。

 追いつきたい人がいました。

 ずっと一緒にいたい人たちがおりました。


 だけれどみんな、どんどん先へ行ってしまいます。

 彼女は一生懸命追いかけます。


『大丈夫、大丈夫』

『自分にだって、彼らに追いつける特別な才能が、きっとある』

『あせらない、あせらない』

『最後におんなじ場所に立っていられたら、それでいいんだから』


 彼女は剣を極めようとしました。

 けれど、一流には一歩足りません。


 彼女は槍を極めようとしました。

 どれほどつらい修行をしたって、もう一歩、及びません。


 弓も、魔術も、鈍器も、鍛冶も、料理も、戦術も、治療も。

 なにもかも、彼女は『あと一歩』足りないのでした。



 ――これからの戦い、お前はついてこれない。



 そんなことはわかっていました。

 でも、彼女はがんばることをやめたくはありませんでした。


 大好きな人たちだったのです。

 きっと命懸けの冒険になるのです。

 だから、最後の――最期の最後には、彼らと一緒に過ごしたかったのです。



 ――今のお前じゃあ、死にに行くようなもんだ。



 死にに行く。

 それは、自分だけじゃなくって――きっとみんな、同じだろうと、彼女は言いました。



 ――わかってくれ。悪いな。お前は……足手まといなんだよ。



 突き放されて、彼女の冒険は終わってしまいました。

 けれど、彼女は努力をやめませんでした。

 いつかみんなに追いつくことを、たとえ遅れても最後にはおんなじところに立つことを、あきらめたくなかったのです。


 がんばって、がんばって。

 がんばるたびに、自分が『一流』にはとどかないと思い知らされて。


 それでも彼女には『時間』だけはありましたから、ずっとずっと、がんばり続けました。

 けれどとうとう、一流になることはできなくて。

 そして、彼女に残ったものは――




       ◆




 ズドン!

 それが『リュックを地面に叩きつけた音』だと誰がわかるだろう?


 まるで城門を衝く巨大な破城槌のような音。

 あるいは上空から襲い来るワイバーンの突撃のような震動。


 叩きつけられたリュックからは、様々な武器が飛び出してきた。

 剣、槍、弓、ハンマー、魔術のステッキ。

 ナイフ、パルチザン、ボウガン、トゲつき鉄球、魔力を秘めた数々の宝石。


 薄雲のかかった空。日差しの陰った昼間。

 壁がなく、屋根の欠けた廃屋内部に、それでもかすかな明かりは差しこんでいる。


 その明かりに照らされた宝石のきらめきがまだ消えないうちに、彼女は動き出していた。

 宙に浮いた武器をつかむ。


『ただてきとうに手を伸ばして、とれる位置にあったものをつかんだ』というように見える動作。

 けれど真実は、目の前の状況を見定めて対応するのに最適な武器を選び出したというもの。

 判断が迅速すぎて、他者にはわからない。

 いちいち思考していては追いつけない、経験の成せる業。



「頭を下げて!」



 アシュレイが反応したとほぼ同時、なにかが彼女の頭上を通過した。

 それはトゲのついた巨大な金属球。

 一箇所に鎖がついていて、それで振り回すことを想定されているのであろう。


 その鎖の、鉄球側ではない先端に、マナがぶらさがり――

 鉄球と一緒に、モンスターの群れの方へ、飛んでいった。



「ま、マナさぁぁぁぁん!?」



 アシュレイはこれまでの人生で出したことがないぐらい大きな声で叫んだ。

 飛んでいく小さく幼い獣人の少女。

 銀色の輝きが、薄雲越しの日差しを受けて、残光を引いていく。



「あなたも、がんばるのよ!」



 マナは――いつの間にか、背中に槍を、腰に剣を帯びていたマナは、トゲつき鉄球と一緒に飛んでいきながら、ニッと笑った。

 どうやら吹っ飛んでいったのは過失ではなく故意らしい。

 豪快な移動方法だ。


 ……そうだ、そちらばかりを見てもいられない。

 アシュレイは目の前で荒く息をつく【犬】に視線を戻した。


 警戒すべき『舌』は、様子をうかがうようにうねっている。

 アシュレイがその動きに注意していると――


 青白い膿をこぼすそいつが、姿勢を低くする。

 そして――体当たりをしてきた。


 舌を注視していたアシュレイは避けられない。

 のしかかられ、倒れこむ。


 ――異臭。

 押し倒されたアシュレイの肩を前脚でおさえこみながら、そいつは長い舌をアシュレイの首に巻き付けた。



「……ぐっ」



 首を絞められ、息が詰まる。

 アシュレイが剣を持っていない方の手で舌をつかみ、引き離そうとするけれど、からみつく力が強く、離せない。


 舌の先端はトロリとした透明度のある液体を垂らしながら、アシュレイの顔へ近付いてくる。

 ゆっくり、ゆっくり、まるでいたぶるように。

 アシュレイの口の端に、【犬】の唾液がかかる。


 ……妙だ。特に躊躇する理由はないはずだ。

 さっさと舌を突き刺せばいいのに、それをしない。

 これが噂に聞く『外界より来たりしモノ』の、異常行動なのか?

『人類の絶望を糧にする』と言われるこいつらが、襲った相手をより絶望させるための一手間なのだろうか?

 ……だとしたら、まるで意味がない。


 だって、アシュレイは最初からずっと絶望の中にいる。

 両親が殺されたあの日から、まだ抜け出せていない。


 右手の剣を逆手持ちして、【犬】の横っ腹に突き立てる。

【犬】は怯んだように力をゆるめた。


 しかしアシュレイの首に巻き付けた舌だけは、強く強く締め付けてくる。

 引きはがされてたまるか、優位なポジションからどいてたまるか――そういう意思を感じた。


 より呼吸は苦しくなっていく。

 けれど戦意はなえない。


 戦う直前は恐怖に呑まれかけていたけれど――

 ――こうして殺されそうになってみて、わかったことがある。


 このおぞましく、生理的嫌悪感をもよおす生き物への恐怖は――

 ――目の前で両親が殺され、妹が心を壊された時の恐怖には、遠く及ばなかった。


 逆手で突き刺した剣を、無理やり引き抜く。

 そしてまた、突き刺した。


 首がギリギリと閉められていく。

 苦しい。

 けれど、相手も苦しいのだろう。

 今までいたぶるようにゆったり近付いてきていた舌の先端が、突然素早い動作でアシュレイの胸を狙う。


 その舌を、剣を持っていない方の手でつかんで、止める。

 もはや首の締め付けをゆるめようとは思っていない。

 自分が絞殺される前に、相手を刺殺する。


 突き刺す。

 突き刺す。

 突き刺す突き刺す突き刺す突き刺す。


 刃が曲がったのが感触でわかった。半ばから折れかけているのだろう、剣の悲鳴が聞こえるかのようだ。

【犬】は強い。

『あちらが死ぬか、こちらが死ぬか』だなんて――

 今までこんな、危ない戦いをしたことはなかった。

 冒険とは通常、大幅に『安全マージン』をとっておこなわれるものだから。


 初めての強敵。

 でも、勝てない相手ではない。

『第三魔王の眷属』『外界より来たりしモノども』。

 その噂はずっと聞いていた。怖ろしさも目の当たりにした。


 でも――刺して、痛がってる。

 これなら、殺せる。



「……!」



 遠のく意識。

 魂が浮上するような感覚。

 息は尽きかけている。もうすぐきっと、意識を失い、死ぬのかもしれない。


 けれど。

 アシュレイが死ぬ前に、首への拘束が弱まり――

【犬】の舌は、するりとほどけた。



「……ハァハァハァ……」



 おそるおそる、【犬】を押しのけて立ち上がる。

 動かない。

 犬本体も、連中の武器たる舌も、ピクリとも、動かない。



「……勝った……」



 荒い息をつきながら、アシュレイは放心したようにつぶやく。

 ……だが、そんな場合でないことは、すぐに思い出した。



「……マナさん」



 そうだ、彼女が今、【犬】の群れの中にいる。

 どれぐらい強いのかわからない彼女。どういう存在なのだかまったく不明な彼女。


 受付嬢の反応を見るに――レベル制限について言及されなかったあたりから――なんとなく古株の冒険者感はあるが……

 その見た目は幼い獣人の少女なのだ。



「助けなきゃ」



【犬】から剣を引き抜いて、まだ整わない呼吸のまま、廃屋の外に出る。

 そして見えたのは真っ青な光景。


 青い膿のようなものをぼたりぼたりと落とし続ける、おぞましき【犬】たちの真ん中で――

 アシュレイは、冗談みたいな光景を目撃した。

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