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「ね、ね、どうなの? 集まらないの? それとも集まった?」
アシュレイはしばし、呆然と声の主を見つめた。
なんていうか、そう――声の主は非常にミニマムであった。
幼い獣人。
勝ち気そうな顔立ちをした、かわいらしい女の子だ。
小さな体。
アシュレイのいるテーブルに上半身を乗せ、ニコニコと笑顔を向けてくる。
体つきは男か女かわからないぐらい薄いけれど、服装からして少女なのだろうとは思えた。
頭の上でぴょこんと立った大きな三角耳
太い尻尾は、落ち着きなく右へ左へゆったり揺れている。
そのいずれもが綺麗な銀色の毛に覆われていて、酒場の照明として使われている魔導ランプの光に照らされ、動くたびに残光を残している。
幼いのもそうだが、あまり冒険者らしからぬ容姿に見えた。
普通、冒険者というのは、ひと目見れば『クラス』がわかる。
剣士のクラスは、アシュレイのように剣を帯びている。
魔術師のクラスならば、杖や魔術補助のためのアクセサリーを身につけているだろう。
弓師なら弓や矢を所持していて当然だし、その他のクラスだって、クラス判断の手がかりぐらいは絶対に身につけているものだ。
ところが、獣人の少女は大きなリュックを背負っているだけだった。
体より大きくて、下の方はひきずっているんじゃないだろうか?
左右に動く尻尾も、おしつぶされて、その動きはどこか窮屈そうだ。
「……ええと」
アシュレイは言葉に詰まった。
もともとコミュニケーションを苦手としているのだ。
しかし、だいたいの相手は、なぜかアシュレイがなにかを言いよどんだ時点で『あ、ごめんなさい! 機嫌悪くしないで!』と謝ってくる。
無表情と美貌のせいで、すぐに機嫌を損ねる人と思われているのだ――迷惑である。
ともかく、この少女は物怖じしなかった。
幼さゆえか?
それとも度胸があるのか?
「もう、ハッキリしない子ね! 『はい』か『いいえ』ぐらい、パッパと言って!」
「あ、は、はい」
「集まらなかったの?」
「あ、集まらなかった、です……」
こんな幼い少女相手に敬語を使ってしまった。
しかしアシュレイは言葉遣いを修正する気にはならない。
なぜか敬語で接するのが正しい相手みたいな――年上の女性のような雰囲気が、目の前の少女からは感じられたのだ。
「じゃあ、あたしが一緒に行ってあげるわ!」
「……私がどんなクエストに挑むかは……?」
「知ってるわよ! あなたでしょう? 噂の『氷獄の女帝』って!」
「!?……!?!?」
「あなたでしょ、最近ギルドに出没してる、高難易度クエストを受けたい子って! 美人だからすぐわかったわ! 男の子たちが『美人だけどすげー怖い』とか『声をかけただけで精神ボロボロにされた男がいるらしい』とか言ってたわよ!」
どうやら知らないうちに『女王』から『女帝』にランクアップ(?)していたようだった。
なお、声をかけた人の精神をボロボロにした記憶はない――それどころか、まともに返事をできた記憶さえない。
いきなり話しかけられてもサッと対応できないのだ。コミュ力がないから。
それにしても――
――なんて恥ずかしいあだ名なのだろう!
氷獄って!
氷獄ってどこ!?
『獄』はどこからやってきたの!?
「……死にたい……もう、街を歩けない……」
「……あらあら、知らなかったの? 教えちゃって、悪いことしたわね。でも! 生きてたらあだ名の一つや二つつけられるんだから、慣れた方がいいわよ! 勇者ロレンツだって『恋の風来坊』とか『綿毛より軽い腰』とか『女好き』とかさんざん言われてたんだから」
最後のは、あだ名でなくてただの悪口だった。
勇者がとにかく女性にだらしないという情報しか伝わらない。
「とにかく、女帝さん」
「アシュレイです」
王都に来てから一番大きい声が出た。
獣人の少女はにんまりと笑う。
「ごめんね、アシュレイ。あたしは『マナ』。こっちばっかりあんたのあだ名知ってるのも悪いから名乗ると、『おかわりを強要せし者』というあだ名で呼ばれたこともある冒険者よ!」
「……料理人?」
「まあ、料理もするわ。場所によっては日帰りできないクエストも多いし」
「専門は――クラスは、なんなんですか?」
「あたしは専門家じゃないのよ」
そう言うと、マナは背負っていた体より大きなリュックをおろし――
どすん!
そんな音を立てて、床に置いた。
あっけにとられるアシュレイの前で――
マナがリュックに頭の方から体をつっこむ。
「剣」
言葉と同時に、リュック内から剣が投げられる。
鞘のない抜き身のソレは、アシュレイの目の前、テーブルの上に、狙ったように突き立てられた。
「槍」
言葉と同時に、リュックから『ずるり』と抜かれた槍が、上空を舞う。
ドスン! という音とともに、回転して飛んでいた槍は見事にその穂先でテーブルの上に着地した。
「弓」
言葉と同時に、リュックの中から、短い弓が投げられる。
それは空中であとから投げられた矢筒と合流し、テーブルに乗ると反動で跳ねることもなくピタリと止まった。
「魔術」
――言葉と同時に、リュックの中から短いステッキが放り投げられた。
それは、はめられた宝石を酒場を照らすランプの光に輝かせながら、まるで意思を持っているかのようにふわりとテーブルの上でいったん衝撃を殺し、そっと横たわった。
「トゲつき鉄球」
「待って」
アシュレイ、王都に来てから二番目に大きな声であった。
お尻と尻尾をふりふりしながらリュックに頭をつっこんでいたマナが、ジタバタしてリュックから抜ける。
「なに? ここからがいいところなのよ?」
同意するような声が、酒場のそこここからあがる。
冒険者ギルドの人々はこの野蛮な武器の不法投棄を『酒の肴』として見ているようだった。
「……トゲつき鉄球をテーブルの上に投げるのは、さすがに」
「そう? ……わかってもらえたと思うけど、あたしに専門はないの」
「……ええと」
「どの武器も均等に扱うし、どの技術も均等に習熟している――」
マナは笑う。
どことなく寂しげに。
「――『専門家』じゃなくて、『総合家』なのよ、あたし」