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「儀式を始めるから、アシュレイ、ホールに来てくれるかな? ……ああ、お客さん、あなたはどうか、このままで。これから始める儀式に、邪魔は絶対にあってはならないのです。彼女たち姉妹と、私、この三名以外は、ホールに入ってはいけません。いいですね?」



 強い調子で言われ、アシュレイは従った。

 ホールへ向かう。


 ……ここは、領主の館だった。

 アシュレイと両親が住んでいた家――すなわち、領主一族の住んでいた家。


 ところが第三魔王による戦火にさらされ、今やこの領地に住むのはアシュレイとその妹、そして『まじない師』の青年のみ。

 当然、領地の体裁が整うはずもなく、今、この土地は戦後処理によりその後の管理を定められる過渡期にあるのであった。


 がらんとしたホールには、かつてこの地に『外界より来たりしモノ』どもがおとずれた爪痕が今なお残っている。

 修繕の余裕などなかった。

 まだまだ子供のうちから戦禍に巻きこまれたアシュレイは、働ける歳になるまでは『まじない師』の青年の庇護を受け、働ける年齢になってからは、冒険者をしていたのだ。


 だから、この土地はあのころのまま。

 戦火にさらされた当時のまま、なにもかもの時間が止まっている。



「……時間を、動かそう。……さあ、アシュレイ、妹の――イヴの、隣に横になって」



 落ちくぼんだ彼の目の中で、異様な光がまたたいているような気がした。

 慣れ親しんだ兄のような青年――だけれどアシュレイは、たしかに恐怖を覚えた。


 ……きっと、先ほど抱きしめられて緊張がゆるんだせいだということにする。

 張り詰めたものが少しだけゆるんだから、きっと、今まで見えていなかった色々なことが見えるようになっているのだろう。


 たとえば。

 妹のイヴが寝転がっているベッド。

 それはきっと、屋敷のどこかから運び込まれたものだろう。

 だけれど……



「なんで、妹の四肢がベッドにくくりつけられているんですか?」



 寝間着姿の、黒髪黒目の、まだあどけない少女の手足は、ベッドの脚にロープで手足をくくりつけられていた。

 磔になる罪人のようなその仕打ちには、さすがに彼を信じているアシュレイも、問いたださずにいられなかった。



「あれは、暴れてケガをしないようにしているんだよ。これからの儀式は『心』に触れることになるからね。ひどく暴れて、ベッドから落ちたり、強く体を打ち付けるかもしれない。それを避けるために、縛り付けてあるんだよ。君もイヴの隣のベッドにああするけど、どうか、そういう処置だと理解してほしい」



 彼は優しい声音で答える。

 ……いちおう、筋は通っているように聞こえる。

 なので、アシュレイは不審をのみこみ、「そうですか」と言った。


 次に目につくのは、広いホールの壁に描かれた謎の模様だ。

 言語かとも思ったが、アシュレイの知るものではない。

 古代文字――というわけでも、ない気がする。

 それが、ホールの壁をぐるりと一周するように、びっしりと一列に描かれている。



「あの壁に描かれている模様は、なんですか?」

「あれは、これからの儀式に必要な『陣』だよ。壁だけではなく、天井にも床にも描いてある。この部屋を球体に見立てるために、必要なんだ。……ああ、そうだ。球体だ。欠けるところなく、角のない、美しいかたち……それが、絶対に必要なんだ」



 儀式の詳しいことを、アシュレイは知らない。

 そして、どうにもこれから【犬】よりはぎとった『人の精神を吸い取る舌』を使っておこなわれる儀式は、世に類を見ない、今はあまり有名ではないものなのだ。


 であれば儀式の方式に対して質問したところで、その答えの真偽を確かめる術がない。

 アシュレイは「わかりました」と、一応の納得をした。


 だから。

 最後に――



「この儀式は、どこで学んだものなんですか?」



 アシュレイは、問いかける。

 青年は、笑った。

 骨張った顔で、唇をつり上げられるだけつり上げて、嬉しそうに、笑った。



「書物だよ。……ああ、そうさ。家にね……け見つけたんだよ。あの襲撃で私の両親も死んだ。その時に、見つけたんだ。本当に古い書物さ。もっと新しくなければいけないはずなのにねえ」

「……どういう意味ですか?」

「いや、いや。『外界より来たりしモノ』の素材を使うんだよ? だというのに、おかしいじゃあないか。そんな古くから、その素材を使う儀式のことが記された書物が存在するだなんて。あれは、あれはきっと、古いものじゃあないんだ。どう見たって古いというのに、古いものじゃあ、ないんだよ」

「……?」

「……さあ、質問の時間は終わろうか。あまりイヴをあの状態のまま放っておきたくはない。大丈夫、手順も材料も完璧だ。すぐにでも、終わる。すぐにでも、君たちは治る。君たちは――僕たちもだ」

「……」

「僕らの時間は、あの襲撃の時に止まってしまった。誰かが戻さなければならない。『時間』というやつを蹴っ飛ばして、進めなければいけないんだ。……イヴがその入口になる。君もだよ、アシュレイ。……さあ行こう。僕らの時間は、また進むんだ……私の……僕らの……」

「……」

「……ああ、すまないね。おかしなことを言ってしまったかい? 実はね、儀式の手順が複雑で、頭で何度も反芻しながら話しているんだ。こう見えて、いっぱいいっぱいなのさ。だから、忘れてしまわないうちに、さ、早く、早く」



 アシュレイは、気味の悪いものを感じていたけれど――

 ――青年の指示に、従った。


 彼はすっかり奇妙になってしまった。

 健康そうだった血色のいい皮膚はどこか黒ずんで、生命の輝きに満ちあふれていた目は落ちくぼみ、田舎暮らしでついた筋肉は細くなり、体は針金のようになってしまった。


 それでも、その変貌は、イヴのためだと信じている。

 自分たちを今まで庇護してくれた彼だから――

 彼が、イヴのために手を尽くしてくれたことも、その鬼気迫る様子も見てきたから、アシュレイは彼を疑って、彼の言う『儀式』を避けることなど、できなかった。


 アシュレイは、イヴの隣に設置されたベッドに、仰向けに寝転がる。

 手足を青年が拘束していく。


 首だけ動かして、イヴの方を見る。

 彼女は無表情のまま、天上をじっとながめていた。


 黒い髪。

 黒い瞳。


 服装は柔らかな寝間着。

 とはいえ髪はきちんととかされているし、服装も綺麗で清潔なものだ。

 血色だっていいし、やつれてもいない。


 イヴは命じられない限りなにもしない。食事も、睡眠も、なにも。

 だからこそアシュレイがいないあいだも、青年はイヴのめんどうをきちんとみていてくれたことがわかる。

 愛情をもって、大事に大事に、扱ってくれていたのだ。


 色々と怖ろしく、奇妙な点はあったけれど……

 妹を大事にしてくれた青年を信じたいという気持ちが、アシュレイの行動を決めた。



「終わった。ふう、なかなか、人を縛るのは、手間だね……でも、これで僕らのあの懐かしい街が帰ってくるというのだから、安いものだ。ようやく僕の償いも終わる」



 ――償い?

 アシュレイが聞き返す前に、儀式は始まる。



「さあ――『時空の門』を創造しよう」



 青年がなにか、この世のものではない言語を、奇妙な抑揚でささやき始める。

 その声は最初小さかったが、だんだんと喉も張り裂けよとばかりに大きくなっていき、ホール内を満たし――


 アシュレイは見た。

 ホールを球形に囲んでいるという謎の模様が、青みがかったおぞましい光を放つのを。


『人の精神を吸い取る舌』。

 それが、壁の、天井の、床の模様から無数に伸びて――

 ――自分と妹のもとに、迫るのを。



「!?」



 そのおぞましさに、アシュレイの身体は反射的に抵抗しようと四肢をばたつかせる。

 けれどきつく結ばれていて、体はまったく動かない。


 助けを求めて青年を見る。

 彼は呪文をつぶやき、喉を逸らせて上をながめ――



「さあ、『第三魔王』よ! 『外界より来たりし神』よ! 僕に力を! 『時空の門』を創造し、時をさかのぼる力を! 時をさかのぼり、あの時の惨劇を回避する力を! 僕らにどうか、なにも失わぬ幸福を! 二人の乙女の心を代償に、いざ、『時空の門』を、ここに!」



 叫んだ瞬間。

 アシュレイの胸に、舌が突き刺さった。

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