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かくして魔王は倒され、滅亡の危機は、四人の『勇者』たちにより退けられた。
あとの顛末はもう、有名な話だろう。
大魔術師ヨランダは、その教えを広く伝えるため、魔術学園の学園長に就任した。
彼女の培った知識と経験は、必ずや魔術を発展させ、人々の生活をより豊かにするだろう。
聖女ホリーは、神殿へ戻り、神のしもべとしての生活に戻った。
彼女の奇跡の祈りは、多くの難病患者やケガ人を今も癒やしている。
また、多くの治療施設は彼女が旅をしていた時代に稼いだお金で運営されているので、もっともあらゆる人の生活に身近な『勇者』が、彼女だろう。
騎士モーガンの武勇伝は、今も途切れることがない。
彼自身の強さはもちろん、彼の率いる騎士団も精強なことで有名だ。
魔王は倒れたとはいえ、その残党は――魔族や、人でありながら魔王を信奉する者たちは、未だ各地に残っている。
人々がそういった者どもにより危機に陥る時、モーガン率いる騎士団は颯爽と現れ、人々を魔の残党から救い出すだろう。
勇者ロレンツは、放浪の旅に出た。
もともと風来坊だった彼は今も世界のどこかで旅をしている。
山をのぼり、森を分け入り、川の向こう、大陸の端――彼が興味を惹かれたならば、どこへでも現れるだろう。
あなたの街にだってひょっこり現れることもあるだろう。
『飢えた旅人にパンを与えよ。その者こそ勇者ロレンツかもしれぬ』という言葉は、今ではどこの街でも言われる。
彼がもっとも恩恵を授けた相手は、街から街を行き来する旅人たちなのかもしれない。
……ここまでが、誰でも知っている有名な『四人の勇者』の話。
だけれど、有名な彼らの他に、もう一人、『五人目の勇者』と呼ばれるべき功労者がいるのを、世間の人々は、知らない。
その人物こそ、勇者たちに様々な技術や知識を与え、未熟なころの彼らを育てあげた――
◆
「そのクエストは誰も受けたがらねぇよ。なんせ難易度が段違いだ」
そう言われても困る。
このクエストじゃなきゃ意味がない。
アシュレイは食い下がる。
けれど仲間は集まらない。
だから、ギルドに併設された酒場で一人、どんよりした顔で座っている。
「……都会は、冷たい」
酒場にはたくさんの人がいたけれど、アシュレイのまわりには誰もいなかった。
すべての席が埋まっているのに、アシュレイの席だけお一人様だった。
最初は、声をかけてくる人もいた。
なにせアシュレイは美しい姿をしているのだ。
長く伸ばされたさらさらの黒髪。
ちょっと背が高く、体は細いものの、その華奢な印象は彼女の鋭い美貌を損うものではない。
姿勢よく席に着く姿を後ろから見て、『おっ』と思い声をかけてくる男はあとを絶たなかった。
けれど正面に来て顔を見れば、『うっ』と一瞬怯むような様子を見せる者がだいたいであった。
それは、アシュレイの美貌のせいだ。
切れ長の黒い瞳。
きめの細かい白い肌。
カップを握る細長い指さえ美しい。
ただしそれらをすべて『近寄りがたい』という印象に変えてしまっているのが、その無表情だった。
美しい容姿の彼女が、表情をピクリとも動かすことなく見つめれば、たちまちナンパ目的で近付いてきた男は石のように固まり、すごすごと帰っていくのだ。
おまけに『とあるクエスト』を一緒にクリアするための仲間を捜しているとなれば、もう、風聞を聞いただけで声をかけようと思う者はいない。
そんなこんなで彼女は色々と『難易度の高い女』扱いされ、ここ数日は声をかけてくる相手どころか、近寄ってくる者さえ絶無といったありさまであった。
「……これだけ冒険者がいるのに、誰も、パーティーを組んでくれない」
ぽつりぽつりとつぶやく。
彼女は表情がなく、声が小さく、また、その声にも抑揚がなかった。
本人は感情表現を苦手としているだけなのだが、他者にはよく『冷たい』と言われる。
その昔、まだまだ幼いころ、地元でついたあだ名が『氷の女』であった。
恥ずかしいので正直やめてほしかった。
そして、この、都会――王都ユノーにおいても、また同じようなあだ名がささやかれているのを、彼女はすでに知っていた。
しかも今度は『氷の女王』である。
王都だけにあだ名がむやみに王位を授かっているのだ。
もう街を歩きたくないぐらい恥ずかしい。
彼女はなにごとにも動じないように人からは思われるが、中身はけっこう繊細なのだ。
「……もう、一人で行くしか」
仲間は集まりそうもない。
それでも、行かなければならない。
挑まんとするのは『【犬】の討伐』。
生き残った魔族の中でもとびきり厄介な相手であり――
――そいつの『人の精神を吸い取る舌』こそ、彼女の求めるものなのであった。
『舌』は絶対に必要。
けれどそれを得ることのできるクエストの難易度は――『ダンジョン資源』で栄え、多くのレベルの高い冒険者が集うこの王都においてさえ『段違い』。
仲間はおらず、彼女自身もまた駆け出し冒険者の域を出ない。
気分は絶望的だった。
「…………」
たとえ命を落とすことになっても、『舌』だけはとどけてみせる――
彼女がそう決意し、たった一人で挑もうと腰を浮かしかけたその時。
「ねえ、あなた、仲間が集まらないの? だったらあたしが一緒に行ってあげるわ!」
ちょうど出鼻をくじくように――
舌足らずな少女の声がした。