名前
時計を見ると丁度、二十四時を回った所だった。
織音の部屋の中央にある机に織音と日葉が向き合うように座っていた。
「さっきの事か?」
「……はい」
日葉は少しだけ気まずそうにしていた。
「ブリガンテを呼んでさ、四人で話をしたいんだ」
つまり、また記憶と寿命を削ってブリガンテを呼び出すという事だ。
長く考えた末に、呼び出す方が話も進みやすいと思い、了承した。
問題なく日葉のブリガンテは出てきたが、織音のブリガンテが出てこない。
なぜだろう、ただ思うだけじゃダメなのか……
「お兄ちゃん、声に出してみてください」
不思議そうにしている織音を見かねて日葉はアドバイスをした。
と言っても、何て言えばいいのか織音は考える。
試しに名前を呼んでみる事にした。
名前を呼ぶと雪音の具現化に成功した。
そして一つの小さな机を囲むように座る。
「何でさっき出てこなかったんだ」
織音が不満そうに雪音に聞いた。
雪音も不思議そうな顔をしていた。
「なぜかブリガンテであるおぬしが分からんのだ」
「それが不思議なんだよ。忘れていてさ」
手を頭の後ろへ持っていき体を伸ばす。
「魔術師は代償さえ払えば何でも出来るって言いましたが、それにも得意不得意が出てくるんです。今のもそうで、声に出して言わなきゃ上手くできない人と、無心で心の中で思うだけで魔術が使える人がいるんです」
日葉の説明に付け足すように日葉のブリガンテが説明をする。
「出来ないわけでは無く不得意という事だ。努力をすればそれなりのものになる」
説明されて疑問が浮かんだ。
雪音が織音を守ってくれた時は何か声を出したわけでは無い。
勝手に雪音が出てきて守ってくれた。
「無意識に『助けて』などと願ったのだろう。先時ほども言ったように得意か不得意かだ、不得意でも偶然出来る事はあるだろう」
決して出来ないモノは無いという事だろう。
――魔術は便利で危ないモノ。
織音は心の中で強くそう感じた。
「話変わるけどさ、雪の妹さんのブリガンテ。名前無いのか」
「考えたことは無い、名などなくとも問題ないのでな」
魔術師を抜きにブリガンテ同士で話が進んでいく。
「ブリガンテの意味って知ってる?」
「略奪者であろう、そんなもの分かっておる」
「私嫌いなんだよね、だから名前を今考えて」
「なぜそんな事をおぬしのためにしなければならん」
「雪の妹さん、どうだ?」
雪音は自分ではどうにも出来ないと思い日葉に振る。
それに、日葉も名前を付ける事に賛成のようだった。
それには日葉のブリガンテも頭を抱える。
五分ほど、沈黙した時間が過ぎた。
どれだけ本気で名前を考えているのやら。
しびれを切らした日葉のブリガンテが一つの案を出した。
「主の名の日を時間の経過と考えて『宵』はどうじゃ」
後から説明を言うものめんどくさいと考え先に説明もしておく。
日葉と雪音にはその発想は無かったらしい。
二人目を合わせていた。
「宵ですか、いいですね」
「いい名だと私も思う」
沈黙の五分間は何だったのだろうか。
「また話変わるけどだ、雪音と宵っていつまで実体化していられるんだ?」
先程は、五分ほどで消えていた気がした。だとすればもう消えているはずだった。
「消えたいと思えば消える事は出来るけど、最長で二十四時間。雪と雪の妹さんは寿命と記憶だ。だからそれくらいは許されるんだよ」
「その通りだ。鷹中の坊主は砂、先ほどは触れなかったが繊月の女子は紙だ。故にブリガンテの実体化出来る時間はかなり短い」
「大体最長で一時間かな、砂や紙はここにはどこにでもあるからね」
雪音と宵が交互に説明をしてくれた。
代償の差は様々なところに出るらしい。
「説明してくれるのはありがたいんですが、一人で説明してほしいです」
その通りだ。日葉の言いたいことは、織音にも深く共感できた。
最初の日葉の様子を見て暗くなるような話だと思っていたが、なんだか楽しい時間になった。
「では、我は消えるとしよう」
そう言って宵はそこから消えた。
「なんか違う事に時間使っちゃっいましたね。また話す事あると思うのでその時はよろしくお願いしますね、お兄ちゃん」
そういいながらドアを開ける。
「あぁ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
織音の部屋から日葉も雪音もいなくなった。