覚悟
鬼のブリガンテは薙刀を器用に回す。
男から飛んでくるナイフをはじくことで精一杯だった。
「陸翔、これやばいかも」
「分かってる」
鬼の声は笑っているが、額には汗が流れ右肩だけでなく両足からも流血している。
「しぶといですね、これでは私の消耗負けになりそうですね」
男は、先ほどとは一転し、落ち着いているように見える。
一本ナイフを投げ、そこから新しいナイフを生成しなかった。
鬼は、魔術が使えなくなったのだと思い、回しながら切り付ける。
『チェンジ』
男の右肩あたりに薙刀の刃が入った瞬間、その一言だけ言ったあと笑った。
そして、鬼の薙刀は貫通して地面に当たる直前に止まる。
「あぁ……実に…………良き光景です」
陸翔の後ろから、吐息交じりの男の声がした。
陸翔と鬼のブリガンテは振り向き、男の存在を確認する。
だが、鬼は確かに切っていた。では誰を?
鬼はすぐに確認をした。
――和香だった。
綺麗な黒い髪に、小さな南京錠の付いた変わっているブレスレットが首に巻かれている。
見間違える事は無い。
「鬼……援護しろ」
その陸翔の声は憎悪に満ちていた。
陸翔の代償は『他人の寿命』、考えを変えればそれで殺せる。
手で触れ、大きな魔術を使うだけで良い。
体術を使い男に近づこうとするが、すぐに殴られ地面に跪く。
陸翔を飛び越え鬼のブリガンテは男に切りかかる。
「おっと、危ない。先ほどの魔術は消費が大きい……残念ながら私はこれで失礼するとしましょう。では『さよなら』」
「――待て――――」
陸翔の声が男に届く前に、男はそこから姿を消していた。
「……ごめん……本当に……」
「いや、いい。俺の力不足と判断ミスが招いた結果だ」
陸翔は、鬼のブリガンテを責める事は一切なく、自分を恨む。
「陸翔、これは?」
いつの間にか、春望が近くに立っていた。
実際、今日は花火を見るという予定で川の近くに集まるはずだった。
春望の後ろに柑奈も立っていた。
「すまない……」
陸翔は何かを答えるわけでもなく、説明をするわけでもなく、ただ謝った。
「陸翔のブリガンテだ」
鬼のブリガンテは春望と柑奈とは初対面だったので挨拶を交わす。
「陸翔、私が説明しても?」
「……ああ」
陸翔の許可も出て、鬼のブリガンテが全て説明をした。
「あいつ……」
柑奈の目には殺気のみがあった。
「私たちばっかり狙いやがって――もう一つのグループの一人だ。絶対に殺してやる」
「柑奈、平常心を保ちなさい」
春望が殺気に満ちた柑奈を落ち着かせる。
花火が大きな音とともに光り、川にその光が反射する。
彼らにとってこの花火は綺麗なものではなく、残酷なものに見えた。
一瞬にして散る命。消える時はとても静かに消えていく。
「今から喫茶店に戻るぞ」
陸翔たちはこの花火を合図に、殺し合う覚悟を決めた。
織音は、催眠術を使い日葉と繊月を浴衣から私服に着替えさせに行かせる。
先に織音とブリガンテの二人は着替え、冴月を含めた四人で話している。
「本当に、申し訳ない」
冴月は謝る。これで三度目だ。
楽しい息抜きとしての提案が全く真逆の効果になってしまった。
「別に気にしていません。ただこれからについて話しませんか?」
「雪に賛成だ。どれだけ謝ろうが何をしようが何も変わらない」
雪音は、不安そうな表情が消えない。
「もう、どうでもいい。とりあえず、そいつらを殺したい」
「雪、その感情だけはやめろ。落ち着かせるんだ」
織音が「殺したい」と口にした瞬間、雪音が胸に抱き寄せる。
「人を殺してはいけない」
織音は、ふと、我に戻った。
「ご、ごめん」
織音は雪音から離れる。
「雪よ、お主の心配しておったことは現実となったな」
「ん?何のことだ?」
「意味も無く我が繋がれた手を、そのままにしておるとでも思っておったか?否だ、お主の手から十分すぎるほど不安という感情が伝わってきておった」
「なんだ……分かってたんだ」
宵には全てバレていた。
自然を装って不安を和らげるために宵と手を繋いだ事。
複雑な気持ちになっていると、着替えていた二人が出てくる。
「よし、二人とも車に戻って」
ずっとかけている催眠術で命令をする。
二人が乗ったことを確認して織音たちも全員車に乗る。
そのまま、全員織音の家に降りてリビングに集まる。
日葉は自室で眠らせ、繊月は織音の部屋で寝させた。
無言の時間が過ぎていると、窓に何か当たる音がする。
織音がカーテンを開けると、そこには紙を加えた猫がいた。
「雪、そこをどけ、私が出る」
雪音が窓を開ける。
「うぬ等が魔術師だな?主からの伝言だ、今は何もするなと指示が出ておる。私はこれで失礼する」
猫は、そのままどこかへ消えて行った、
雪音が猫から受け取った紙を見る。
「今のも、ブリガンテなのか?」
「そうだ」
宵は、織音の質問に返答しながらずっと警戒していた。
そして、雪音は織音たちにその紙に書かれていた内容を伝える。
「『明日、二十一時、來海岸に魔術師全員来い』と書いてある。恐らく相手の魔術したちだろうね」
「來海岸は全然人がいないところだね。恐らく戦争が起きる、それに場所の指示という事は相手に有利な場所って事だという可能性が高い」
雪音と冴月の意見は同じだった。
「行きます。殺さなくてもいい。ただ話したいので」
織音には、行かないという選択肢は消えていた。
それは目を見れば分かった。
「そうか、私は明日行けられないだろう。ただ行くのであればその近くまでは送るとしよう」
「ありがとうございます」
ブリガンテは口を挟むどころか、もういなかった。
「私は帰るとするよ、ではまた明日ここに来る」
「はい、お願いします」
冴月は、織音の家を出て帰って行った。




