六年前の回想 基幹街道EL 3
後先の事など考える余裕もないほど出し惜しみをやめたリーベルトは、エリカの更なる支援を受け、強大な力を持つこのワイトに対して遜色ない互角の動きとなった。
息をつかせないリーベルトの猛攻に加え、エリカが内包する膨大な量の魔力と、その対死霊戦の才能を開花させた。
エリカはリーベルトが見ている先の展開のさらに数歩先を読み、無意味だと思った支援が数行動後にピタリとリーベルトに有利に働き、あるいはワイトに不利に働いた。
ジロと別れ一刻も早く国境へと辿り着き、単独行に出たジロの救援を請うという強い目的意識が、エリカを今や百戦錬磨の神官のような、小柄で小さな戦士に変えた。
ジロとリーベルトは考える時間もたっぷりとあり、エリカだけを逃がす為の行動を取り、現実的ではない、ジロとリーベルトが生き残るという可能性を捨て去った。
しかし、その庇護者たる小さなエリカはその目的の為に、子供ゆえの無知と純粋さとで、ひたむきにその黄金色に輝く幻のような目的に目標を見いだしているようだった。
◆
エリカの乱れ飛ぶ《聖矢》が有効に働き、盾として《聖光》の光の柱を林のように多数作り出し、ワイトの行動の制限および攻防一体の結界として機能させた。
桁外れの数と威力の魔法による攻撃も、《展開型聖鎧》を上手く機能させた結果だった。
リーベルトが本来の力を発揮するとエリカの遠距離支援攻撃がこれまで以上に生き、その強力なワイトの実力にしてはあっけないほどあっさりとリーベルトが握るブールトガンクによって斬り滅ぼされた。
だが、リーベルトは荒い息を吐いて乱れた呼吸を整えながら、事態の深刻さに眉をひそめる。
二人は大量の魔力を消費させながら、たった一体の、最下層死霊のワイトと死闘を続け、十分以上も時間をかけてようやく勝利したという事実が重くのしかかった。
ブールトガンクで斬れさえすれば、いかに強力なワイトでも十数回で滅せられる事がわかった事だけが落ち込みかけない気持ちを奮い立たせる救いとなった。
一斬で消滅させてきたこれまでの戦いの記憶を、リーベルトは上書きする。
「なんだったの? ……今の」
リーベルトはすぐに返事をできなかった。
このタイミングで、リーベルトがたまたまだ。と言い聞かせても、エリカは信じないと思っての判断であった。
そして、ジロとリーベルトが知っており、エリカに伝えていない『オルゴールの死霊強化』の事実を、今さらエリカには話す意味がないとリーベルトが迷っていたためだった。
(あのオルゴールを一曲聴いた奴だろう。……だが、一匹しか来なかった事を考えれば、先輩はまだ生きている。だが、これから先は……)
「エリカ、急ごう。時間が……どうやらあまりないらしい」
エリカは疑念を持つのを止め、再び走り出す準備を即座に始めた。
◆
許される限りの全速力で悪路をひた走りながら、目印を探し当て、エリカに地図を開かせる。
地図で現在地を確認したリーベルトは、絶望しかけた。
全力で走っても、あと二十日以上はゆうにかかる場所であることが判明した。
あれから毎日、一体から二体の強化された死霊に襲われた。
強化されたのがワイトで幸運は初回だけで、そのほとんどがファントムであった。
ファントムはワイト以上に強力であり、ファントムが放つ《氷槍》は見たことも無いほどの巨大なもので、まるで丸太が猛スピードで飛んでくるようなものだった。
呪詛も驚くほど強力なものとなり、肌の露出部に喰らうと、例え耐性魔法が機能していても呪いだけではなく、裂傷のような傷すらも作り出した。
その呪痕の治療は、リーベルトのポーションや《治癒》ではもはやどうこうできうるレベルのものではなく、エリカの渾身の《治癒》だけがその傷のを癒す事ができた。
そして、普通に相対すれば数分で殺されていたはずの二人の命を救ったのは、ジロが持ち出した規格外の装備品、四つのアーティファクトだった。
リーベルトの着るポーキスは物理的なダメージの軽減はもちろん、丸太のような《氷槍》の直撃を受けても、物理的な衝撃は完全には殺せないものの、その魔法効果まではその身には届くことが無かった。
マニー・ガルニエが語った物語の中で、鎧・ポーキスの真価は攻撃にこそあり、マニー・ガルニエが考えに考え抜き、ジロの特性にぴったりの鎧であったのだが、線が細く、力の弱いリーベルトにはジロが着ていれば発揮されたであろう、その効果をいかんなく発揮させるまでには至ってはいなかった。
だが、それでも規格外のアーティファクトの防御能力はいかんなく発揮されていた。
《氷槍》の恐ろしさは槍が突き立った場所から凍らせる事にあった。
そして強化されたファントムの放つ《氷槍》は着弾するやいなや、地面を分厚い氷が覆い、鋭いつららが逆しまにリーベルトに襲いかかった。
だが、リーベルトは《氷槍》の直撃を受けてでさえ、命を保つ事ができた。
そしてエリカの着る精霊王の鎧は、王の名にふさわしくその魔法全てを支配したかのようだった。
《氷槍》が名の通りに水の精霊魔法である為に、鎧の支配から逃れる事が出来ず、エリカに《氷槍》が直撃しようとしても、どんな速度であろうがエリカに近づくにつれ《氷槍》は見る見るうちに体積を減らした。
ただし規格外なのは強化ファントムも同じなようで、あまりの飛来速度により完全無効化とまではいかないまでも、石つぶて程度の威力はあった。
子供のエリカにはそれでもきついだろうとリーベルトは思ったが、エリカは一度も痛みに対しての泣き言を言わなかった。
リーベルトは生身への直撃だけはなんとか免れたものの、その身に幾度となく氷槍を受け、その度に血反吐を吐きながら道に転がったが、エリカの《治癒》がいかなる状況であろうと、素早く飛んできて、致命傷だけにはならなかった。
ブートガンクだけではなく、ジロが持っていった氷槍すらも完全無効化するカートボルクの攻防一体型の剣が手元にあれば……と思う事もあった。
(ポーキスだけでなく、あれすらも先輩から僕らが奪っていれば、今は三人とも生き残れてはいないし、今こうして痛みを抱えて戦ってはいない)
そう思い、弱気になろうとする自分の心を叱咤しながら、ファントムとの戦いに挑んだ。
◆
ワイト、そしてその後のファントム達の襲撃後、暮れの国からやってくる死霊との一戦一戦が、塔を出た瞬間の絶望を思わせる戦闘であった。
そして二人が何よりも辛いと感じるのは、
あの時に、先頭にいたジロは二人の側にいない。
その一点だった。
しかし二人は、二人で全力を尽くして協力してすら、次の瞬間には死が待っているのが少しもおかしくはない状況下で、今もなお、ジロ・ガルニエはたった一人で戦っている事を知っていた。
ジロが死んだのであれば、オルゴールを屍人に奪われ、オルゴールを聴き終えた大量の強化された――それこそ人類全てを抹殺できるほどの死霊が向かってくるはずであった。
そしてジロがオルゴールを閉じて死んでいれば、いかなる死霊であろうとも、死の壁とは五日以上もの時間的余裕のある二人を後方から追っては来れるはずなどなかった。
そのどちらでもなく、強化された死霊が思い出したように飛んでくる今の状況は、ジロの生存と、ジロがオルゴールの開閉を行える状況にあるまだあるという可能性を強く指し示していた。




