六年前の回想 分岐路
分岐路に着いた。
ジロは行きにも感じた、どこか見覚えのあるような懐かしい感覚がよぎる。
ジロは分岐路に立ってそれぞれの道を見る。
広い道は今まで歩んできた道。そしてエリカとリーベルトが行く道。
細いが、栄光の街道と同じように綺麗に舗装されているのが、ジロが進もうとする道。
「リーブ。栄光の街道を過ぎれば、後ろの壁と違って進路を塞ぐ奴等は行きと同じで弱いはず。だが、道は最悪の悪路だ。俺みたいに転んで時間を無駄にするなよ?」
「ええ、先輩ほど僕は間抜けではありません」
リーベルトがジロの突っ込みを待つように、微笑みながら憎まれ口を叩く。
出会った頃とは違い、その言葉に険はない。
ジロはリーベルトが望むように、肩を拳でコツント叩く。
「これからは一人だ。ここまでの俺のように無茶はするな。休めるときはきっちりと交互に休め。だが、急げ」
「分かってますって」
「エリカ」
「な~に?」
分岐路に着いてからハーネスから解き放たれ、オルゴールの実験を共にしたエリカが見上げてくる。
その顔には気負いや恐怖は微塵もなかった。あの時転んでよかったとジロは思った。
「これからは敵も弱い。でもリーブが休んでいるときにゴースト・ファントム・リビングデッドが見えたらリーブがどんだけ疲れていても、傷ついていてもリーブを叩き起こせ。それが生き残れる一番の方策だ。だけどそれ以下の敵しかいなかったら、彼我の戦力差を見極めて、自分一人で対処できそうなら、カルンウェヌンを使って、全力で勝て。……ダメそうなら、少しでも不安がある数だったら、やっぱりリーブを起こせ」
「うん!」
分岐路に着いて三十分が経過していた。
矢継ぎ早にジロは指示を放つが、この程度の指示はリーベルトも分かっている。
後ろの死の壁との時間差は残り二時間ほど。
五時間以上あった差は、オルゴールの実験でここまで減った。
ジロの経験上、だんだんと強力になる後方の死の壁の揺らぎが感じられるようになるのは一時間半ほど後だと知っていた。
だが、その揺らぎを感じる度に、おぞましいほど死の壁は強化されていた。
なまじ揺らぎを感じられるジロは他の二人よりも死の壁の恐ろしさが実感できていた。
最後に死の壁の揺らぎを感じたのは二日前。
それ以降は揺らぎを感じる距離にはならなかった。
その間にどれほどの死霊の群れが増え、追っているのかを想像するだけで、分岐路に着いた直後と同じように、二人をすぐさま送り出さないといけないというパニックに襲われる。
ジロはすぐにでも送り出したい気持ちをグッと堪える。
先の悪路を考えれば、すぐに出発させたい。
だが、できなかった。
万が一の為にも、ギリギリまでひきつける必要がある。
それは分岐路でオルゴールを試した際に、生まれた希望が、三人をここに留まらせていた。
◆
幸運な事に、分岐路に着いてすぐに死霊が待ちかまえていた。
三人で数を減らし、霊系と死人系を一体ずつ残し、ジロはオルゴールの封を破り、鎮魂歌を流した。
今まではエリカを標的にしていた死霊達は、エリカを見向きもせずにジロを追った。
閉じると、少し放心したように動きが止まり、またエリカを狙うような動きとなった。
それをいなしつつ、パンドラの箱めいた、絶望しかないと思われた中に一つの希望を見いだした実験を続ける。
分かったことは、オルゴールの霊を呼び寄せる力は本物である事。
そして、間に障害があると排除する動きを見せる事。
オルゴールとの間にさえ、立たなければ知性ある動きをしない事。
オルゴールとの間にさえ、立たなければ真後ろにいても攻撃をしてこない事。
それが判明した。
そして判明していない問題はオルゴールの効果範囲の問題だった。
着いてからゾンビ一体を残し、ジロがオルゴールを持って分岐路を駆けるとレイスが追ってきた。リーベルトとエリカがそのゾンビのすぐ後ろを追った。一時間ジロは全速力で先行した。
その後折り返してゾンビを始末すると、ゾンビをずっと観察していたリーベルトからの方向では、ゾンビは真後ろにいるエリカには見向きもせず、ずっとオルゴールを追いかけていたとの事だった。
オルゴールの効果範囲について若干の不安があったため、後ろの壁の揺らぎを感じられる直前まで、三人の出発を見合わせるのが最良と判断した。
稼いだ時間の余裕、言い換えればジロの汗血を無為に留まることにしたのは、ジロだけでなく、エリカとリーベルトも死を覚悟していたためだった。
死を迎えるか、生を得るか。
オルゴールの絶大な効果を知ったが為の、ギャンブルだった。
◆
若干の不安は後ろの壁を構成する高位の死霊族達にも有効であるのかどうかという点だ。
後ろの死の壁にオルゴールの効果が見られなかったら、悪路に邪魔されるであろう二人はジロの後を追う。
――だが、後ろの死の壁にも効果があれば……生きて幽界を脱出できる唯一の手立てだった。
「では。先輩行きます」
その瞬間がやってきた。
「ああ、リーブ」
「またね、ジロ」
「またな、エリカ」
リーベルトが差し出した手を握ろうとするが、ジロの手はジロの意思に反し腰の上から上がろうとしない。
ジロは疲れ果てていた。
リーベルトがグイッとジロの手を引き寄せて、力強く握る。
エリカがジロの腰にしがみつき、ギュッと抱擁する。
すばやくハーネスで繋ぐとエリカとリーベルトはジロにうなずいた。
そしてジロが見送る中、
リーベルトは魔法を唱え終わるとすぐに駈けだし、二人はすぐに霧の中へと溶けるように消えていった。




