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六年前の回想 自由


「リーベルト、分かっているな? この鉄扉の外からは、今までの速度を維持できれば、三日の距離までは一緒だが、来る時に都合のよさそうな分かれ道を見つけた。そこからは俺は別行動となる。……ただし、その行動が失敗に終わったら、俺もお前達と一緒に死霊共から逃げる」


 ジロはリーベルトと最終確認を、外へと繋がる鉄扉の前でしていた。

 エリカは大事なお守りを置き忘れたと行って、螺旋階段を上っていった。


「聖女達がどこで死んだのかの情報は一切ない。ただ、日記を持って外で死んだ、誰かの記述はある。なので、この扉を開けた瞬間に扉からなだれ込んで来るというのは考えにくい」

「そうですね。外に死霊族がひしめき合っているのなら肉体のある屍人であるリビングデッドが最前線にいるはずですが――」

 そう言ってリーベルトは扉の側で周囲の臭いを嗅いだ。

「――ここに腐臭がしないというのはありえませんからね。……この扉が魔法的な密閉状態を作り出しているのであればお手上げですが、この扉は外開き。開いて外に出て日記を書いて死ぬだけの余裕があったからには、塔外へは出るのは容易いでしょうね」


 リーベルトは上り階段の方を見上げる。

 エリカはまだ戻ってこない。

「聞いていいですか? その方策というのはなんなんですか?」


「……これだ」


 出しやすいよう腰のポーチに移動させた綿に包んだ呪物のオルゴールを取り出す。そして慎重に綿を開くと、封印紙に完全に覆われた箱出てきた。


「箱ですか? それに……実物を見るのは初めてですが、封印紙? これもアーティファクトですね」

「ああ、中にはオルゴールが入っている。そのオルゴールの通称は『鎮魂歌』だ」

「鎮魂歌……やはり死霊に関係する物なのですか?」


「マニー爺さまにも、はっきりとは分からないらしいが、開ければ死霊がよってたかって集うのは確認したらしい。音に惹かれるのか、箱の中に惹かれるのか……徹底的に試してみたかったらしいんだが、数体試してから実験を止めたらしい。……死霊が強力化して手に負えなくなる可能性があったから、検証は切り上げて、封印したと言っていた」

 リーベルトが息を飲んで、封印紙に包まれたオルゴール手に取り、掲げ持つようにして上下左右をしげしげと見つめる。


「このオルゴールの存在は、僕には初耳ですね……エリカは?」

「お前よりは多くの物語を聞かせてもらっているだろうが、知らないだろうな。ガルニエ血族の特権だ」


「集うって言っても、どの程度ですか? 今や僕らは大陸中の誰よりも連日死霊に取り囲まれてきたっていう自負がありますが……」

「正直、わからん。爺さまの実験も幽界でおこなった訳じゃない。人界の墳墓跡での様子らしい」

 リーベルトが再び息を飲んだ。


「そのマニー様一行が……オルゴールを聴いた、人界の死霊程度が『手に負えない可能性がある』と、おっしゃったんですね?」

 ジロはうなずきながら、オルゴールをリーベルトから受け取ると封印を破かないように慎重に綿で包み直し、ポーチへとしまう。



「これを開いて、死霊共を引きつけられるようなら、そのまま俺は国境とは反対の方向へと逃げ去る。ただ、この塔が暮れの国の中枢だとすると、ここへは近づきたくはなかったんだが、なかなか良さそうな分岐があった。あの道なら好条件だろう。道の状態はそのままに、塔へも近づかないで済むからな」


「……引きつける事ができなかったら?」


「……箱を投げ捨てて、お前らと一緒にこれまで通りになるが……暮れの国を出ればあの悪路。どう考えても助かる見込みはない」


「この扉の向こうで……日記に残された数少ない記述が僕らが経験してきた程度なら……」

 リーベルトが言葉を切る。


「そうだ。アーティファクトを準備してなかった今までの生け贄行では、これほど多くの死霊に襲われてはいない」

「だから、僕らが扉を開けて外に出たとしても、今まで通りの密度ならば……そのオルゴールの出番は無い」

「……そういう事だ。高い確率で、塔を取り囲んでいるであろう包囲を斬り抜けられれば、今まで通りの襲撃量だろうと思っている」

 ジロはポシェットに手を当てて、そう言った。


「そうですね」

 沈黙が二人の間を満たす。


「ちょっと待ってください………。オルゴールを……」

「ん?」

「いざとなったら、オルゴールを放置して、そこに……そうだ! 良い考えですよこれは! 箱を放置するんですよ! そしたらマニー様の言では死霊が集まるんでしょう!? ならば集まっている間に逃げ切れるんじゃないですか!? なんだ! マニー様感謝します!! なんていう素晴らしいアーティファクトだ! 簡単な事じゃないですか!!」

 リーベルトが興奮してそうまくし立てた。


「あ~~~~、リーベルト。ぬか喜びさせてスマン。それはダメだ。箱じゃないんだぞ? オルゴールなんだぞ?」

 リーベルトはその指摘に「あっ!」と声を漏らした。


「爺さまの実験ではなく、この呪物のアーティファクトの説明書きも爺さまは入手していた。それには『鎮魂歌』を丸々一曲聴き終えると、その強力になった死霊は……オルゴールの縛りから解放され、自由に離れるらしい。このオルゴールは死霊にとって一種のパワーアップキットなんだな。一体なんの目的でこんな、人類には害しか与えないような、アーティファクトが、人間の道具としてこの世に生み出されたんだろうなぁ……」

 リーベルトはジロの疑問に対する答えを持ってはいなかった。


「一曲で何体の死霊が強力化するのかは知らないが、そいつらが再び俺達に襲いかかったら……。人界の強化幽霊ですら、爺さまの伝説的なパーティですら危険と判断した。暮れの国のファントムやゴーストがそうなったら……目も当てられない」


「なら……先輩は……」


「そうだな、みすみすと死霊共に一曲聴かせる訳にはいかないから、奴等がノリノリになりかけたら寸止めしとかないとな。だから俺はオルゴールの開閉係であるし、同時にネジ巻き係だ。さらにはお前達との距離も開けられるだけ開けるつもりだ。その時は余裕があったら《多重詠唱》の《疾風光》やら、色々と頼む。ゴーストやファントムからも逃げなきゃならないから、あの分岐の道の舗装状態も重要なんだよなぁ。通った時に見た限りじゃ、栄光の街道と同じ状態で走りやすそうには見えたが……」

 なるほどっとリーベルトは顎に手を当ててうなずいている。


「そうなったらお前は暮れの国から《疾風光》を駆使し続けて一日でも早く抜け出ろ。そしてかなり難しくはあるが、あの悪路を最長でも十日でルイナスの国境へと走り抜けろ。それが叶いそうになかったら……、悪いがお前も一歩でも前にエリカを運んでから……死んでくれ。だがエリカは、俺を切り離し、お前を切り離し、最期にエリカ自身の魔力量で、エリカの稚拙な《筋肉強化》と《縮地》《早駆け》だけでルイナス国境まで逃げ切れる場所とお前が確信が持てるまでは、お前は絶対に死んではならない」


「わかってますよ。……先輩」


 ジロは険しい顔をして指示を出していたが、リーベルトが言ったその返事に鼻白む。

 あまりにも場にそぐわないと自分でも感じるこの疑問を、塔外へ出る時にモヤモヤとして残るのを嫌ったので、ジロは聞いてみる気になった。


「……気になってたんだが、お前、『ガルニエ先輩』呼びじゃなかったっけ? なんなの? 土壇場で、お前の中で俺は固有名詞すらも省いた、単なるモブに格下げになったって訳か?」


 はぁ? っとリーベルトは声を上げる。

 学院で従者をしていた時によく見かけたものを、少しだけマイルドにした、ジロに対してあきれたのような口調と表情をした。


「まいったな、先輩。あなたって人はつくづくなんという愚かな……。……ゴホン。違いますよ。僕は皮肉屋で、エリカを例外として、どんな人物、例え僕の父親であろうと、あまり人を好きになれない。

「先輩という呼び方はもう先輩以外の誰に対しても使うつもりはありません。そう決意したんです!」

 リーベルトが鼻息荒くそう、宣言した。


「お、おう」

 ジロはリーベルトが何を言っているのか分からないまま、生返事をする。


「でも、本当に尊敬できる、愛すべき人を見つけたんです。だから先輩と呼ぶことにしたんです」

 ジロがリーベルトの熱量に押されるように一歩退く。


「…………なんか、気持ちが悪いな。これから死人しか経験がないだろうっていう位の大死闘が待ってるってのに……俺の士気が下がりそうな告白は止めてくれ」

「……全然伝わっていませんね? 先輩こそ気色の悪い理解の仕方は止めてください」

 リーベルトも一歩退いた。


 二人で互いを警戒する目で睨み合う。


「あったよ!!! 上のたき火のそばに落ちてた!!」

 エリカが拾い物をして、それを掲げながら階段を駆け下りながら戻ってきた。



       ◆


「よし、じゃ全員荷を開け」

「えっ? なんで?」

 エリカが首を傾げる。


 エリカは夜が明けると憑きものがとれたように生来の明るさを取り戻したように見える。

 ジロの死をある程度容認したように見えたが、ジロは土壇場でそれがどうなるのかはまだ予測がついていなかった。


「生き残るために、必要じゃない荷を捨てていくんだ。昨日やってもよかったんだが、今やった方がこれから頑張るぞ! って気になるだろう?」

 なるほど! っとエリカは自分の荷物をいそいそと解き始めた。


 道中はまずい干し魚に頼った食生活によって、良質な保存食が残っていた。


 ジロの試算での理論値、リーベルトが《疾風光》をすべての時間行使できれば、ここからたったの三日でルイナス国境へと辿り着く。

 その理論値がジロには喉から手が出るほど羨ましい。


 今日で人界と幽界の国境をまたいでから百五十日になる。

 五ヶ月。

 人界ではもうこの暮れの国への道行きは終わった話になっているだろう。

 幽界の人界への侵攻はまだ始まっていないはずだろう。


通常、聖女が国境をまたいでから、五ヶ月から半年で発足後歴史の浅い『死神』調査部隊が“調査”に幽界入りし、塔を目指し唯一の安全地帯である祭壇の塔内を“調査”し、すぐに戻る。


 死神が調査後、さらに半年すると、――聖女から見ると一年後に――幽界の状況確認や聖女達の荷物回収を行う、こちらは設立後かなりの歴史がある『カナリア』確認部隊が幽界に事後調査に入る。


 今、聖女エリカの幽界入りから五ヶ月。


 国境沿いの警備は緩くなっている頃合いだ。

塔内に留まりたい誘惑が、この土壇場においてもまだある。

 節約した食料があり、上階には清水のような上水の出る設備もあった。


 だが、留まれば待っているのは確実な死。


 愛国者の精鋭からなる『死神』調査部隊が塔内に留まるジロ・リーベルトを殺害。その後、――すでにエリカは『聖女の願い』を届けたが――エリカに役目を果たさせ、調査部隊は、塔内で自刃する。


 その後『カナリア』確認部隊がやってくる。


 全ては人間の嫌疑から起きあがったシステム。

 聖女行という、華やかで光り輝く美しい美談の落とす、決して民草の間では語られる事のないドス黒い影。


『死神』調査部隊の発足は歴史が浅いが、『カナリア』は昔からあった。


『死神』発足には、エリカの先代の聖女が塔内で一年に渡り、確認部隊を待った事に由来した。


 結果は、『カナリア』ごと全滅。

 そして聖女と『カナリア』は塔内で餓死したと伝えられている。

 その後、人界が幽界に侵攻されなかった事を考えれば、餓死した中の誰かが役目を果たしたという推測が成り立った。


 その出来事が十年前の事である。


 ジロは塔内の隅々まで探してみたが、そんな凄惨な痕跡はなく、人間による清掃が行き届いているかに見えた。

 国家間の機密として塔内を後始末する部隊があるのかもしれない。



 よってジロ達は、塔内に留まる意味はない。

 現状の装備を考えれば、死霊による死を恐れずに外に飛び出した時にこそ、活路が見えてくる。


三人は二十日分の保存食と三日分の水を確保した。

 水については補給にそれほど手間取らない。なぜなら、道道に、水を貯めた桶や壺を置いてきた。これはリーベルトのアイデアだった。

 冷気についてはリーベルトの杞憂に終わり、鎧の下に毛糸のベストを着込めば、各自一枚でしのぐ事ができそうだった。


 結果、荷物の五割を削減する事に成功した。


 そして余った道具でリーベルトとジロはある道具を作る。赤子用の抱っこヒモと呼ばれるようなリーベルトの体の前でエリカを抱けるようにする為のハーネスだ。


「状況によっては、先輩が僕の代わりをした方がいいかもしれませんね」


 そう言われジロは考える。

 確かに鉄扉外が想定よりも緩い場合は分岐点までリーベルトの体力を温存させるには、良い手立てだと思いつく。


「やめとこうよ、リーブ。それなら、その時は、リーブを楽にさせたいってジロが思っている所まで、私が頑張って走るから……」


 ジロが自分用にと、もう一つ作ろうとした所で、エリカが静かな声で、そう口を挟んだ。


「いや、それでも僕は、作っておくべきだと思う」


 リーベルトの確固たる決意を表に出すようにしてそう言うと、エリカも抗う事はせず、ジロ用のハーネス作りを手伝った。


 ジロが試着しエリカを体の前にぶら下げると、エリカがが照れているような、泣き顔のような微妙な顔をした。


 何度もおぶったこともあるエリカは、最期におぶった道中よりも確実に軽くなっていた。連日の戦闘と粗食によるものだった。

 

 その体重の軽さは帰路には有利に働くが、長引けば、その分低下している体力が不利にも働く。


 そしてその減量を確認できた事によって、いよいよ三人の時間が無くなりつつある事を殊更に感じさせた。


「ジロ……ごめんね」

 エリカが唐突にハーネスで胸に抱かれながら抱きつき、そう言った。


「先輩、ありがとう」

 リーベルトもそう言った。


 ジロは思わずリーベルトを手招きで呼び寄せ、エリカを挟んで三人抱き合う。

「俺の方こそ、ありがとうな」

 そう言って、力を解き、エリカを下ろす。


 ハーネスの肩にかかる紐の部分を綿で補強してからジロとリーベルトはハーネスを身につける。


 エリカとリーベルトの走るには余分な荷物はジロが持ち、リーベルトはエリカを自分のハーネスにつける。

 跳ねたり少し走ったりして微調整をくり返し、それを見守っていたジロにうなずいてみせる。



 ジロは頼みの綱であるカートボルグの柄の底部に紐を巻き付ける。


 いざとなった時に、学院でしたように手と剣を縛り付けやすくするためだ。


 学院でリーベルトに習って以来、事あるごとに練習していたので細工に時間はかからなかった。

 着込むのは魔石付与の皮鎧。緩む事が無いように弾力ある革ひもをほどほどにきつく縛る。

 汗をかけばさらにきつくなるのを想定しての事だった。


 その背に魔石付与のレイピア二本をくくる。

 腕周りの可動域等を調べ終え、最期の確認でポーチのオルゴールを確かめる。

 他のポーチの大半にはリーベルトと同じように、少量の傷薬と、エリカとリーベルトには決して見せなかった、疲れや痛みを感じさせなくする類の非合法種の薬草やポーションが大量に入っている。


「その皮鎧と細剣も、僕らが無事に帰り着いたら、銘でもつくんですかねぇ?」

 リーベルトがエリカを体の前にハーネスでぶら下げながら、ニコニコと軽口を叩いた。


「そうしたら、私が名前付けるんだもんね! 絶対だからね!」

 エリカが――首を巡らせて同じように笑顔で言い添えた。


「そうだな『ジロの聖鎧』ってのはどうだろうか?」


「反対です」


「絶対、ヤッ!」

 二人が口を揃えて即答した。


 こいつら……と思い、文句の一つも言ってやろうとして、


「そんな、使ってた人が死んだ時に使うような、そんな道具の名前なんかには絶対しないもん!!」


エリカがジロを苦笑以外の何もできないようにするような事を言い、リーベルトもエリカの言葉にウンウンと、うなずいていた。




 ジロは鉄扉の前へと移動する。


 その時、ジロの首筋を触る感触があった。


 振り返ろうとすると、エリカの呪文詠唱が朗々と周囲に流れる。


 その後遅れて、リーベルトが詠唱を始め《多重詠唱》が行われる。


 ジロは参加しなかった。


 それには二人との魔力の絶対量が違うので節約という面もあったが、常識的、魔法常識的、物理的にありえない事だが、自分が詠唱に参加しない方が――



 ――二人の純粋な思いだけの方が、強力な――それこそリーベルトやエリカが着る絶対的な力を発揮するアーティファクト、ポーキスや精霊王の鎧と同等、あるいはそれ以上の――《エナジードレイン耐性》が、例え効果時間が遠く過ぎ去った後であろうとも、ジロの精神には強く発揮されるだろうと――


 ――そう、強く思ったからだった。



       ◆


 多重詠唱が終わり、エリカの小さな手がジロの首筋から離れる。

 リーベルトはそれを見届けた。



 ジロは振り返らなかった。



 ジロが《疾風光》を詠唱する。

 遅れてリーベルトも同じように《疾風光》の詠唱を開始する。


 リーベルトの《疾風光》の発動に遅れる事、数十秒後にジロの《疾風光》が発動する。

 リーベルトは、ジロの詠唱スピードが十秒程度ならば分かるが、いくら何でも遅すぎると内心首をひねったが、原因はわからなかった。



 ジロは振り返らなかった。



 リーベルトにはその理由がわかったし、リーベルトを見上げてきたエリカもわかっているようだった。


 きっとジロ・ガルニエは、その顔に浮かぶ表情を見られたくなかったのだろう。

 リーベルトはそう思った。



「行くぞ」

 


 ジロが力強くそう言うと鉄扉を開けると同時に、外へと飛び出して行った。



       ◆


 ジロが飛び出して、まず目にしたのは敷地の外を埋め尽くす死霊達の群れだった。


 リビングデッドが、お互いを気にする様子もなく、互いを押し退けながら、敷地内へとなだれ込んでくる。ブチブチと肉が切れる音がし、何体ものリビングデッドが足をもつれさせて転倒し、踏みつぶされた。


 後ろからの圧力により先頭の屍人達が次々と踏みつぶされていく。

一連の動きには道中に見られた統制じみたものはなく、狂戦士化したような有様だった。



 ジロは死の群れに怯むことなく加速する。


 死人の群れへと飛び込んだ。


 目の前にいたリビングデッド三体に、物理的強化を施した木剣を力一杯叩き付け、活路を開いた。


「《火球》!」


 後ろからリーベルトの火球が飛び、三体のリビングデッドの横にいた十体近くの死人が吹き飛ぶ。

 ジロはその炎へと突っ込み、その先にいたリビングデッドに剣を叩き付ける。


 その数秒、前へ前へとかかっていた圧力のため、その最中に飛び込んだジロ達を認め、圧力が前後どちらにもかからない、圧力が飽和した状態になった。


 ジロはその瞬間を逃さなかった。先ほどとは違い、リビングデッド一体一体の間に隙間ができている。



 この数秒を逃せば、全方向からの圧力でなす術も無く押しつぶされる。



「ジロ! 魔法が!! 空いっぱいで輝いてる!!!」

 上空を見る余裕など、無い。


「エリカ! リーベルトに指示して当たりそうなのを教えてやれ! リーベルト!! その剣とお前の腕ならなんとかなる! 魔法を斬り裂け!!」

「わかった!」

「はい!」


 ジロは攻撃を受けてたたらをふんだ相手にトドメをさすことなく、《疾風光》によって強化された脚力でさらに一体を蹴り飛ばし、肉壁の中に隙間を発見して駆け抜ける。

 その後ろをピッタリとリーベルトがついてくる。


 その瞬間圧力が戻ってきた。

 

 しかし、すでに遅く、ジロは隙間を縫うように走り木剣を振るう。


 圧力がジロたちの一点に集中しないように動き、剣を振るう。


 腐った肉壁を次々破壊し、致命傷にはなり得ない攻撃は放っておくが、その腐った手足のことごとくをジロの影のようにくっついたリーベルトの、聖剣カートボルグが切り裂いていく。



「全部《氷槍》!! 全部、飛んできそう!!」


 エリカが悲鳴を上げた。

 ジロは上空を見る。


 そして見たことを、一瞬後悔した。


 見える限りの空の全てが輝いていた。ファントムやゴーストが魔法を発動できる状態になっていた。

 手を止め周りを見渡す。リーベルトが魔法を交えながら、ジロが手を止めた分のリビングデッドを切り裂いていく。

(屋内へ! ダメだ、出れなくなって詰む。――なら! あそこだ!!)


「リーベルト井戸だ! 一旦飛び込む!俺の腰につかまれ!!」

 ジロは《筋力強化》高速詠唱する。


「来た!! 全部降ってきた!!」


 上空の死霊たちは地上のリビングデッドもろともジロたちを葬り去ろうと空から雨のような密度で《氷槍》が降ってくる。


 リーベルトがタックルをするかのようにジロの腰にしがみつくと同時にジロは井戸へと飛び込み、カートボルグで蓋をする。ジロは両手両足をつっぱり井戸の壁面へとしがみつく。


 カートボルグの表面で幾百もの《氷槍》が砕け散る爆音が響く。恐ろしいことそれは三十秒ほども続いた。


「今が最後の好機だ!! 出る!!」


 そう言うとジロは井戸から飛び出し、剣を構えながら上空を見る。今度は死霊自体が降ってき始めた。だが大半の死霊はまた魔法を唱えているように見えた。



 地上は――



 ――思っていた通り、道には数百もの肉塊がうごめいている。

 

 その先は――

 

 そう思う間もなくジロは駆け出していた。


 空から降下してくる死霊などよりずっと速く。


 《氷槍》の集団発動の被害を免れたリビングデッドに、今しがた窮地を救ったカートボルグを振るう。


 目の前の物理的圧力がグングンとゆるんでいく。


 数十のリビングデッドと、幾体ものゴーストやファントム・レイスを斬りながら、百歩ほども駆け抜けると――



 ――ジロの目の前に、敵の群れはいなくなっていた。



「抜けた!!」

 リーベルトが歓声を上げる。



 ジロとリーベルトはひとかたまりになって、無人の栄光の街道を駆ける。



 置き土産のようにジロは体中に浴びた腐った返り血を布で拭い、それを投げ捨てた。



 そして、後ろは振り返らない。



 しかし、その理由は扉を飛び出したのとは違う理由からであった。




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