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六年前の回想 儀式

 

 エリカが足を踏み入れると鉄扉はゆっくりと動き、一分以上の時間をかけて完全に閉まった。


 塔内は自然光ではない黄色い光に満たされていた。

 ジロにとってマニーからの冒険譚の内、古代の魔法文明による、ランプではない恒久的な照明器具の話は聞いていたが、目にするのはこれが初めてだった。だが、特に思うところはなかった。

 屋内にもかかわらず霧は晴れはしなかったが、薄くなってはいた。

 色合いはオレンジ色を失い、たんなる灰色へと戻っている。

 

 入った場所はエントランスと踊り場を兼ねており広さは三十mほどもあった。

 塔内は吹き抜けになっている。

 鉄扉を入って右に目を向けると壁沿いに螺旋を描くようにして上へと続く階段が伸び、左を向けば下へと壁沿いに階段が消えていった。


 ジロは扉からまっすぐ歩いて丁度反対にあるエントランスの縁へと立った。

 手すりもないエントランスの縁のから上を見上げる。

 壁際の螺旋階段が壁沿いに上へと進み、十mほどのところで階上の床であり、この場では天井にあいた穴に螺旋階段が続いている。


 無題の日記では最下層に祭壇がある事は知っていたが、三人で一旦上階を目指す。

 階段を上った先には……何もなかった。だだっ広い床だけが広がっている。

 隅々まで見たが、死霊も何もない。埃だけが積もっている。


 上階からエントランスへと戻り、改めて縁に立ち見下ろすと階段が霧に吸い込まれていた。他には何も見当たらない。

 これほど広い塔であったが、地上部分は意味が無く、地下がこの塔の建てられた意味であるらしかった。


「どうします?」

 さしものリーベルトですら顔が青い。

「とりあえず、この忌まわしい首飾りからエリカを解放してやりたい。その先は儀式を終えてから考えよう」

 ジロは有無を言わせない口調で言って、先頭を切って下りの階段を降り始めた。


 長い長い階段を下りていく。不思議な黄色い人工光は途切れることなく階段を照らす。

 途中いくつかの小部屋があったが、どの部屋もがらんどうで、備え付けの棚やら、割れた石柱やらが転がっているだけだった。


 二十分ほど下るとようやくで塔内の底部についた。

 底は綺麗に掃除されており、そこに人の手のニオイを感じた。

 文字通り何もない。ただ、その壁面には文字のような絵のような何かがびっしりと意匠が施されていた。

 あるのは祭壇があるという部屋への木戸だけだ。

 木戸の雰囲気は壁面を覆う石細工とは明らかに不釣り合いで、塔ができた後年の人々の手によってつけられた事に間違いなかった。


 ジロは木戸へと歩みを進め、躊躇無く木戸を開く。


 記述通り長く狭い通路がそこにあった。

 ここには人工の明かりはなく、穴のような通路の先がほのかに明るい。

 ジロは用意していたたいまつに火打ち石で火をつける。

 呼吸音と足音だけの空間に火が爆ぜる音が加わる。

 ジロはエリカを返り見る。真っ青な顔色のエリカが首元の『聖女の願い』を握りしめながらうなずいた。


 ジロを先頭に通路を進む。ツルンとした石で傷一つ無い壁面はたいまつの明かりを反射するように、たいまつ一つとは思えないほどの光源を生み出した。


 足元にいくつもの影を抱えながら慎重に歩を進むと、ついに祭壇へと辿り着いた。

 エリカを入り口で待たせて、ジロとリーベルトは室内の危険を捜索する。


 壁面や床面とは全く違う。ごつごつとした材質の岩から切り出したような黒く表面がゴツゴツとした岩のような祭壇が部屋の中央に置かれている。

 中央にはくぼみがある。そのくぼみをよく見ればちょうど『聖女の願い』がはまりこむような作りになっていた。


 記述を信じてはいるが、これから起こることを想像して見上げると、やはり無題の日記の記述通りポッカリと細い穴が開いている。


「エリカ」

 ジロはエリカを呼び寄せた。


 エリカは急いでやって来るやいなや、

「神の御業か天地神明の御代ののち――」

 エリカが手を組んで跪き、朗々と『聖女の願い』を外すという大魔法使いハーゼン細工の取り外し手順に入った。


 エリカが唱えているのは王国で信仰の厚い神への感謝の言葉。

 聖書のその章は要約すれば『神に選ばれたのは喜びであり、死後は天界で幸福になる』という一節だ。

 エリカは目を閉じてその一節を唱えていく。


 ジロの荷物には聖書もある。

 だが、エリカはとうにその章の全てを暗記していた。


 流暢に、エリカによる神への感謝と滅私の言葉が続き、ジロはエリカが聖女に選ばれた時に感じた以上のどこにもぶつける事のできない憤怒があった。

 ふと顔を上げると、リーベルトの顔にも紛れもない怒りが見えた。


 ジロは、ハーゼンにしろ誰にしろ、この取り外し手順の文言を考えた奴は地獄で苦しんでいて欲しいと本気で願った。


 きっとこの文言を唱えれば、

 この先苦難の死が待つ聖女は心安らかに死んでくれるものだと、

 そう思っていたのだろう。



長くも短い文言を言い終えた途端、魔法の呪縛は解除され、美しい首飾りがエリカの首を滑り落ちていき、カツンと硬質の落下音を立てた。


 『聖女の願い』はついにエリカの首元から去った。


 エリカは半年以上も自分の首元にあった首飾りを、恐れるかのように立ち上がり、ジロの腰へと抱きついてきた。

 リーベルトが滑り落ちた首飾りを拾い、ジッとそれを見つめている。

 その端正な顔には憎悪の表情が浮かんでいた。


 エリカは声を殺して号泣している。

 ジロはグッと片手でエリカを支えている。

 

 五分ほど経って、おもむろにリーベルトが首飾りから目を無理矢理引きはがすようにして、ジロの手へと首飾りを手渡した。


 またも首飾りから遠ざかるようにエリカはリーベルトの腰へとすがりつく。


 ジロはエリカに恐怖を与える『聖女の願い』をエリカから永久に遠ざける為に祭壇の前へと立った。


 手元の首飾りを見る。

 力いっぱい投げ捨てて、ごつごつとした祭壇にたたき割りたい衝動に駆られる。


 ジロはエリカを振り返る。

 エリカは涙を浮かべ、ジロを見ていた。


「エリカ!」

 ジロの大声が狭い部屋へで反響する。

 その声にリーベルトがビクリと肩を揺らすが、エリカは動じなかった。

「よく見ておけ。これが最期だ」

 『聖女の願い』を祭壇のくぼみへと置く。


 自然石のように見えた魔力の欠片もなかった祭壇の上へと置くと数秒で首飾りの宝石が発光しだした。

 一番大きい青い宝石から青い光線が天井にある穴へと伸びる。


 青い光の柱がだんだんと強く、太くなっていく。

 室内中を蒼い光が埋め尽くす。

 目が開けてられないほどになった時、唐突に光は消えた。



 そして何から何まで記述通りだった祭壇の儀式は終わった。

 


 『聖女の願い』は消え去り、部屋の天井の穴に、儀式が相成った事を知らせる蒼い光を宿すだけとなった。


 三人は無言で階段へともどる。


 エリカには暗い通路を抜けた所が限界だった。


 ペタンと座りこみ、泣き出した。身も世もない、そんな泣き方だった。

 右からリーベルト、左からジロがエリカの背を支えるようにかがみ込む。

「いいんだ。エリカ、どんどん泣け」



「なんで!? どうしてエリカなの!? どうして!!」



 エリカはずっと、ずっとそう言って泣いていた。



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