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六年前の回想 偽りの亀裂


「いいかい? 《疾風光》っていうのは単なる脚力強化とは違うんだ。これは強化で信仰魔法系とごっちゃにする人間もいるが、風の精霊魔法の一種で風の加護を得られる。効果中は向かい風が術者を避けて走れるようになり、追い風は術者の背を押すように風が集まってくるわけだ。だから《脚力強化》よりもより速く走ることができる。欠点としては前面の矢は逸れるけど、後方からの矢には当たりやすくなるって事かな。だから移動用以外にはあまり使われないんだ」

 エリカの治療を受けつつ、リーベルトは魔法の講義をしている。《疾風光》はエリカにはまだ難しい部類の魔法であるが、別に知識として持っていてもよいだろうし、今は講義というよりは雑談に近い。


「他にも結構あるんだよ。信仰系の強化魔法と思いきや、水の精霊の力を借りて血液の強化による筋肉の疑似強化みたいなものもある」

 フンフンとエリカが《治癒》をかけ続けながら、リーベルトの話に耳を傾けている。

「もう《治癒》は必要ない。ありがとう、エリカ。もう大丈夫だよ」

 ファントムとリビングデッド三体との乱戦中に、一撃をいなしきれずに腕に喰らったリーベルトがエリカの治癒に身を委ねながらそう言った。

「いいの! まだなの!」


「エリカ、もういい。リーベルトはもう大丈夫だ」


「ジロは黙ってて! みんなの回復はエリカの役目なの!」

「エリカ、聞け。これからのお前は取捨選択を覚えないといけない」

「しゅしゃせんたく?」

「そうだ。お前の判断で、『これは必要』『これは不必要』って選択する事だ。このリーベルトの怪我を例にすれば、こいつは腕に一撃受けるのを『捨て』、ファントム一体とリビングデッド一体を滅ぼす事を『取った』。そして俺はリーベルトが一撃喰らうのを防ぐ行動を『捨て』て、残り二体のリビングデッドを滅ぼす事を『取った』んだ」

「ジロ!! なんでリーブの事を助けなかったの!?」

「いいかい? ガルニエ先輩は何も僕を見捨てたって訳じゃない。僕がその四体を引きつけている間にガルニエ先輩は他を滅ぼし、残りはその四体だけだった。長引けば後続が迫って来てるってガルニエ先輩もあの時言っていただろう? だからあの時はあの選択が最良だったんだ。先輩は僕が致命傷は受けないという判断を『取った』し、僕も喰らった後はエリカの治癒が完璧なのを『取った』そして結果的に傷は負ったものの、その後すぐにエリカの軽い治癒を受けて、最良の状態で後続を迎え入れる事ができた。そして傷ついた僕の変わりに先輩が前衛を『取って』その後の勝利に繋がった」

「あの時リーベルトが傷を覚悟にあいつらに隙を作らせられなかったらあの乱戦に後続部隊が突っ込んでもっと状況が悪化していたかもしれない」

「でも、もう倒し終わったもん! なのにリーブの傷を治さなくていいなんて、おかしいもん!」

「おかしくないんだよ、エリカ。今は……う~ん。なんて言うか、練習なんだ」

「練習なんかじゃないもん! ここは神殿じゃないもん! リーブもジロも最近は傷ついてるもん!!」

 エリカが怒りながら、リーベルトの傷を治し続けている。

 ジロがリーベルトの腕に当てたエリカの手を掴んで無理矢理引きはがす。

 ジロの手には強い魔力が込められていた。それぞれが干渉しあい、リーベルトに施されていた《治癒》も中断された。


 リーベルトは解放された、傷は完全に塞がったもののまだまだ腫れが残る腕に袖を通して旅装を整える。

 「ジロ!? 何すんの! 離して!? リーブ!? まだポーキスを着ちゃダメ!」

 ジロがエリカの手を離す。そして先に進もうと、辺りの気配を探るために離れていった。

 エリカはしばらくリーベルトの説得を試み続けたが、リーベルトが折れそうになる度に、「脱ぐな!」と声を荒げながらジロが口を挟んだ。


 そしてリーベルトがもう治療を受ける気がなくなったと知るとエリカはジロの元へと憤然としながらやってきた。

「ジロはなんでいじわるするの! リーブと喧嘩しちゃダメって言ってるでしょ!?」

 メッ! がないので本気でエリカが怒っている事をジロも知るが、黙っていた。

「エリカ。お前にはここで大人になってもらう」

「エリカは大人だもん! ジロの方が子供だもん!!」

 そう言いながらエリカは力一杯喚きだした。


「聞け。この旅の目的はみんなで生きて帰る事だ」

 エリカがビクリと体を震わせた。


「知ってるもん! だからリーブの体を治してるのに! なんで!?」

「自分で考えろ。それが分からなきゃ、エリカは大人になったなんて俺もリーベルトも言わない。俺は生きてペールに帰りたいんだ。それにはエリカのお守りのままなんて状況が許さない。あまり甘えるな。ホラ、行け」

 そう言って、邪魔だと言いながら、エリカをグイッとリーベルトのいる方へと押し、背を向けた。


「甘えてなんかないもん! ジロのいじわる!」

「甘えてる。そんで、お前は今や足手まといだ。全然成長していない」

 エリカがショックを受けたと顔全体で現し、ジロを見る眼から大粒の涙が溢れ出してきた。

 ジロはそれを見て、強く舌打ちをしてから大げさに頭を振ってみせた。

「何よ! アタシだってがんばってるもん! ジロのいじわる!! ジロなんて嫌い! 大嫌い!!!」

 死んじゃえっと、エリカは泣きながら言い残し、エリカはリーベルトの方へと駆けていった。



       ◆


「なんだって、こんな状況の時に……とは言いませんが、もっと言いようがあったでしょう? 意図を知っていても、この前のガルニエ先輩には僕も腹が煮えくりかえりましたよ」

 夜営の食事も終わり、就寝前の時間リーベルトがジロを捕まえて、たき火から少し離れた場所へ連れていき、開口一番そう行った。


 大喧嘩の後、一週間が経った。

 エリカはこれまでと打ってかわって、深く落ち込むような素振りを頻繁に見せるようになり、ジロと進んで口を聞くことをしなくなった。

 リーベルトの魔法講義にも集中力を欠くようになり、ジロとの会話も少なくなった。


「あの姿を見ても、あなたはなんとも思わないんですか?」

 その指さす方向には項垂れるようにして座るエリカの姿があった。

 リーベルトは半分怒り、半分悲しんでいた。

 ジロ自身もそうだった。

 ジロはあの時、なんの計算も覚悟もなく、話の流れになんとなく乗っかってエリカを突き放す行動を開始してしまっていた。

 旅程の中幾度もエリカを傷つけないようごく自然な、エリカのジロ離れを模索しつづけたが、あの時のような、突発的なジロ離れの促し方は、ジロ自身想像だにしていなかった。

 自分の根拠のない行動に半分怒り、そして半分悲しんだ。


「……エリカの為だ」

「それにしたって、他にやりようもあったし、いくらなんでも急すぎるでしょう? 今になって思い返して見ても意味が分かりません。あの程度の傷の治療の魔力の消費を押さえるように教えるという事だけで、どうしてあなたはここまで踏み切ってしまったんですか!?」

 ずっと我慢していたのか、声を潜めながらリーベルトは声を荒げながら質問した。

 その言葉を聞いて、ジロは頼みの綱のリーベルトですらも、まだジロ離れができていない事を感じたが、リーベルトに関してはすぐに切り離せるだろうという確信があった。


「きっかけはなんでもいい。でも今のままではダメだ。エリカには自制を、状況に流される事のない精神力を――」

「――それは分かっているつもりですと言ったでしょう!?」

 言ってからリーベルトはしまったという後悔を顔に出し、背後をうかがった。


 エリカが二人を見ていた。言い合いをしている事に気づいた。

 そして立ち上がり、躊躇。その数瞬後には、意を決してオロオロとこちらに来ようとするそぶりを見せ――

「――来るな! いちいち鬱陶しい! なんでもない!」

 ついにジロはまぎれもない怒声を上げて、エリカの動きを封じた。


 最悪で身勝手な発作的怒りだった。

 行き場のない苛立ちをエリカに対してぶつけている事がその態度のすべてに現れていた。


 しまったとジロが思う間もなく、リーベルトがエリカが視線を外した途端に、自分の体でエリカの司会をさえぎるようにジロをぐいっと引き寄せ、鳩尾を力一杯殴る。


 かろうじてジロはうめき声を発することを堪えた。


「あなたの覚悟を尊敬しますが……でも今はあなたの顔を見たくもない」

 そう吐き捨てて、声を殺して泣くエリカの元へ足早に歩き出す。

「今日は夜番は俺がする」

 リーベルトの背に声をかけ、リーベルトは無言のまま、うなずいた。


 祭壇までどう遅く行っても後三日。

 そして二日前からジロは夜番を続け、戦闘も前衛をこなすようになっていた。



 エリカを生還させる。



 ジロは心中で呪文のようにその言葉だけを唱え続けていた。



       ◆


次の日、三人の空気は悪化し続けた。

 ジロの真意を知るリーベルトも、エリカをおもんばかり、なるべくジロとの接触を避けるようになった。

 その昼の戦闘中、ジロは自分のミスで、深手ではないが軽傷でもない肉体的な傷を幾度も身に受けた。リーベルトが「自分に対してのイライラのせいですよ」とたしなめても、ジロにはどうしようもなかった。

 その都度エリカによる傷の手当ても受けたが、ある程度治癒を受けると乱暴にエリカの手をはねのけるようになっていた。


 その度にエリカは涙を流し、治療の続行を懇願するがジロはその申し出を受ける事はなかった。


 その夜ジロは夜番を申し出、リーベルトもそれ受け入れ、眠りに入った。

 治癒魔法の過程で起きる腫れによる痛みが体中の湿布の下で、ジンジンといつまでもジロにまとわりついた。



       ◆


 翌日の夜。

 ジロは無題の日記の開き、リーベルトと書き記すことを相談しながら、その日の戦闘内容を中心に記述を書き終えた。

 そしてこの日、幾百と目を通した地図を再度見る。

「明日。祭壇に着く」

 エリカはすでに横になっている。ジロに背を向けて丸くなっている。

 リーベルトは剣の手入れをしていた。作業の手を止め言葉の裏を見るように、リーベルトはジロの方を向いて、言葉の続きを待った。しかしそれきりだと知って、そうですねっと返事をした後、

「では今日の夜番、よろしくお願いします」

 リーベルトが旅が始まって以来初めてジロにそう言った。


 ジロは自然に微笑みが浮かんできた。

「ああ、もちろんだ」

 ブートガングをジロに手渡すが、いつものように破邪の鎧のポーキスを脱いでジロに手渡そうとはしない。

 リーベルトも悲しげにしながらも、笑顔を見せる。


 互いに声は出さない。

 寝たふりをして、起きてジロとリーベルトを伺っているエリカに気配が伝わらないよう、二人は声や音なく、微笑み合った。


「もう寝ろ。睡眠の魔法をかけてやろうか?」

 リーベルトは長い間逡巡し、

「……そうですね。……朝までグッスリと眠れて、元気いっぱいに朝を迎えられそうなのを、一発お願いします」

 っと言った。

 リーベルトの覚悟がいよいよ決まり、なにがなんでも生き残るという自覚を持った事が、本当に、本当にジロには嬉しかった。


 そしてジロはスラスラと呪文を紡ぎ、《昏睡》をかけリーベルトは抵抗無く魔法を受け入れ、深い眠りにつく。


 ジロは再度呪文を唱え、《昏睡》エリカにかける。


 横たわるエリカの様子に変化はないが、レジストされた感触があるのを、声なく笑いながら受け入れた。


 ジロは今の自分が笑顔を浮かべているのか、それとも泣き出しそうな笑い顔なのかを判断できる自信がなかった。



 ジロは二度の夜襲を退け、夜が明けた。


 一度は大規模な野州であったが、ジロにミスはなく、いつもの自分に戻ったと確信した。




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