六年前の回想 暮れの国、入国
暮れの国が近づいてきた。
変化はまず色彩に現れた。
昼は灰色と白、夜は灰色と白と黒だけだった世界が段々と一色に色づいていく。
淡い光が徐々に、オレンジ色へと変化し始め、灰と白色の霧を追い出すかのように浸食していった。
その色彩に包まれた世界に足を踏み入れた時、ジロは任務的緊張を覚えたものの、その光の根源の中に暖かみを感じた。
日中はずっと夕焼けの野を歩いているかのような錯覚があった。
日が落ちればそれまでの行程と同じようにいつもの夜が来たが、ジロは誰にもこの意見を聞かせなかったのだが、――朝が待ち遠しくなった。
そして日中の光景は毎日、常に新鮮で、何かしらかの不思議な感覚をともなった。
そして正確な入国を知るのはもっと簡単だった。
無題の日記に、
『見落とすはずもなく、完璧に整備された道』
とあったように、暮れの国へ足を踏み入れた時は確かに見落としのしようがなかった。
場所によっては急坂になるほど雨水に削られたような荒れ果てていた街道が、突如、王都ルイネの王城前の石畳よりも、綺麗に舗装された街道となった。
同じ大きさに切り出された石が並べられている。風雨による劣化は少しも見られない。
神代の話とするには歴史が浅すぎる、たったの数百年前。ペールがまだペール大王国として、大陸の魔界以南のすべての土地を支配し、魔界以北の人間種以外の種族と大陸の覇権を巡り、争っていた時代に、魔法技術によって整備された道。
栄光の街道。
見た事もないその街道の存在を知るものは多いが、栄光の街道の魔的な仕組みの詳細は現ペール王国内に、その資料や技術は残っていない。
大半の魔法技術は魔法学術都市であったゲイドルド建国によって、ペール王国から失われた。あるいは永久に失われたと言ってもよいかもしれない。
栄光の街道は不朽の道として、全世界にその名が鳴り轟いているという、異国の船乗りの話もある。
その道に三人は立っていた。
周囲は完全に濃いオレンジ色一色となっていた。
三人は時が経つのも忘れ、言葉を無くして街道に立っていた。
汚れひとつない道。
道以外はこれまでと変わらずに、オレンジ色の光線を浴び、霧の中にうっそうと浮き上がる樹木の海に飲み込まれている点が、余計にこの街道の奇妙さを際だたせた。
半日ほど、周囲を警戒するように進み、道や可視光線以外はそれまでの行程となにも変わらないという事を知った。
道はだんだんと道幅を広げていく。歩測で測ったところ、貴族基準の馬車三十台が並列のまま通ることができるほど広くなり、道の真ん中では左右の様子がオレンジ色の霧に阻まれて目視できないようになった。
エリカ(そしてジロが見たところリーベルトも)が、寄る辺のないその状況に対して一種の子供特有の恐怖を持ったため、一行は道端に沿うように進んだ。
それ以外の変化もある。明らかに死霊の力が上がってきていた。
街道の整備状態向上によって動きやすくなり、格段に戦闘力が上がったジロとリーベルトであったが、それを含めても、戦いは激化した。
ゾンビはリビングデッドと言われる上位種となり、まるで昨日今日死体になったかのようなみずみずしさで、物理的攻撃力を増し、レイスはそれまでのように指揮者としてでなく、兵隊として群れをなしてやって来た。
それを指揮するのはゴーストやファントムという、マニーの冒険譚でしか聞いたことがない、幻の鎧を帯び、幻の矢や槍を飛ばしてくる上位の死霊達であった。
暮れの国での初戦、そのゴーストはいままでの指揮官だったレイスと違い、退却をした。
戦闘は常に死霊側の全滅で終わっていたこれまでと違い、形勢が不利と知ったのか、そのゴーストは、部下であろうレイスやリビングデッドがジロとリーベルトの手により半数が倒された後、一目散に逃げ出した。
その為、その実力のほどは体験できなかった。
その後のファントムと呼ばれる不定形の死霊は精霊魔法攻撃を交えながら、ジロとリーベルトに容赦なく襲いかかってきたものの、対幽界戦の巧者となった二人は問題なく退けた。
アーティファクトの鎧を着るリーベルトが主攻となり、ジロは二人の守りに徹した。
物理力には劣るが、魔法的な力を跳ね返すカートボルクが大いに力を発揮して、ファントム数体を退けた。
旅を通じてジロとリーベルトの連係は、言葉を交わさずとも、どう動けばよいのかを瞬時に判断できるという領域にまで達していた。
旅の最中、ずっと背を預けて戦い、改善点や二人の長所・短所をは二人でおぎないつつ、そして相談しあってこれまでの百日以上の道のりを、数百回もの死霊の襲撃を退けながら、踏破してきた結果であった。
そしてエリカも拙速ながらも戦闘前、魔法抵抗力を減らした状態で、ジロとリーベルトを支援する《筋力強化》や《異常抵抗》などの信仰系魔法や、物理的な矢を用いない《聖矢》を中心とした遠距離攻撃支援を的確に行うようになっていた。
幼いながらもいっぱしの対死霊のエキスパートとなりつつある。
異国では『優秀な戦士を作りたければ戦場を日常とせよ』との言葉通り、エリカの実力はメキメキと上がっている。
ジロの目からは、死霊の標的にならないという『慣れ』の経験を過分に積んだため、自己の守りがやや危ういと思ったものの、本人にも自覚があるようで、支援に没頭するあまり無防備な立ち位置に立つと自分を諫めるように自分を叱咤するかけ声を上げて、支援役として、安全な位置へと駆け戻る。
そんな風にエリカの戦士としての明らかな成長の階段を駆け上っていた。
だが、そんな三人をもってしても、結果的には、暮れの国へ入国以後も、勝利はジロとリーベルトの側にあったが、それがなにかの拍子で逆転しかねないと言う点で、これまでの旅とは一線を画していた。
ファントムの魔法が直撃すればただでは済まず、リビングデッドの剛力に捕まれば戦闘に支障が出る。そんな事が日常となった。
そして帰路の事もある。ファントムの目がエリカにも向けば、勝利をおさめるにしても、より慎重にならざるを得ない。
だから死霊の到来は迷惑でもあったが、帰路の前に充分に経験を積むと言う点ではもっともっと激化してもよかった。
そして毎日、どこか薄氷を踏むような思いを抱えながら、三人は祭壇の塔を目指す。




