六年前の回想13
ゾンビは、ズルズルと足を引きずるように歩くので、足音をほぼ立てない。
だが、今はゾンビとは違い、石の上を歩く時に出る硬質な音がする。
「ジロ……これってまさか、スケルトン?」
エリカが背後で呟いた。
ジロも同じ事を考えていた。
スケルトンは暮れの国以外で目撃された例はない。
幽界特有の不死生命体だ。
だから戦った者は少ない。記録や伝記には暮れの国には骨の兵団を見たという話もある。
無題の日記に出会ったと言う報告は無かったが、警戒すべき敵として記述されていたし、マニーの昔話の中には難敵としてスケルトンがいた。
最下位のスケルトンですら並の人間の戦士よりも力強くそして素早いという。
そして体重も軽いため、攻撃を受けても踏ん張ろうとはせず、受け流しや受け身を上手に使いこなし、ダメージを与えにくい。
弱いスケルトンに対してでさえ、剣速を最大にして相手をし常に一撃必殺を心がけたいたので、骨の不死生命体の相手は非常に疲れるとマニーは、ジロやエリカに言っていた。
その上厄介なことに、人間型のスケルトン達は群れて行動する。
中には人と同じように多彩な魔法を使う骨もいる。
スケルトンであればよいが、その上位体であるリッチーや強力な武具を持つというスケルトンジェネラルなどがアーティファクトに導かれてやって来たとなると面倒そうだとジロは眉をひそめた。
スケルトンは元の骨の持ち主によって強さが変わる。
ドラゴンの骨を素とするスケルトンを例外として、他の生物と違い、大きければ大きいほど仕留めるのが容易くなる。大型中のスケルトンなどは動きも遅く、攻撃が当たれば骨も砕きやすい。
ドラゴンだけがその例に当てはまらないのは、ドラゴンスケルトンは骨が異常に硬い上、骨自体が魔力の宝庫であるため、動きは鈍重だが、防御が固く、その上魔法まで使いこなすので、人間型のスケルトンとは別の強さを持ち得ている。
だがここは昔ルイナスだった一部であるので、足音のリズムから最も厄介な人間のスケルトンだと考えるのが妥当だった。
「ジロ……困ってる?」
「困っちゃいないが、マニー爺さまが面倒だって言ってたから、それなりに気をつけよう。足音を聞く限りじゃ、群れてなくて、一体だけのようだし、エリカは今までと同じように後ろで注意していろ。後、教えてあった《筋力増強》も試すんだ。あれは視力も上がるから、不意も憑かれにくくなる」
エリカは「うん!」とうなずいて下がり、たどたどしい舌足らずな詠唱を始める。
信仰魔法は神殿騎士団の教師達がエリカを鍛えた為、大人も舌を巻く程の詠唱速度だったが、新たに教えた精霊魔法や《筋力増強》なんかはまだまだ年相応だ。
ジロは魔力消費を押さえるために何の魔法も使用しない。
カツン、コツンっと足音は続く。
ジロは剣を鞘走らせ、刃が鯉口を鳴らす音が四方に高く鳴り響く。
すると、足音が止まった。
骨が音に反応した? 聞いたこともない。
スケルトンは魔力に反応を示す。
だからジロは、てっきりアーティファクトに導かれたものだと考え――
――まさか? という思いの後、遅いんだよっという気持ちがわずかに湧いた。
一応、ジロは構えを解かない。
「ジロ! スケルトンが、止まったよ!?」
エリカが距離が離れたため、声を張り上げてジロにそう言った。
その声を合図にしたように、足音がカッ、カッ、カッと再び動き出し、ほとんど駆けているかのような速さになった。
霧中の足音の主は明らかに音に反応を示している。
(これだけ期待させておいて、これで霧の向こうからスケルトンが出てきたら、怒りにまかせて必要以上に破壊してやる)
ジロはそう思い、構えを解いて剣先を下げる。
「あ!!!!」
後ろでエリカが声を上げた。
そしてエリカは走り出す。
ジロの脇をすり抜けようとしたところで腕を掴む。
「ジロ! ジロ!! なんで!?」
エリカは掴まれた事を不思議がっているのではなく、しきりに霧の奥を指さしながら、駆けてくる足音の方を、嬉しそうに見ながら質問をくり返した。
十中八九スケルトンでは無いと思うが、死霊の中には幻術で、幻視や幻覚を見せる個体もいると聞くので、ジロの視界に足音の主が姿を見せるまでエリカを離すつもりはない。
霧が揺れ、人が飛び出してきた。
巨大な人間だと最初は思った。
それはその人間が自分の背丈の倍ほどの荷物を背負っていた為だった。
「リーブ!!!!!」
エリカはジロに掴まれている事も忘れ、リーベルトに向かって手を伸ばした。
旅装を整え、皮鎧とレイピア、そして足音の正体である、軍用の鉄靴を身につけたリーベルトが立っていた。
「待て、エリカ。あれは強力な死霊の見せるという幻覚かもしれない。俺達は全然弱ってはいないが、一応確認だ」
エリカは聞いている様子はないが、ジロが語った事によってリーベルトは状況を把握し、立ち止まった。
「やっぱりエリカの声でしたか。あきれましたね。あなた達は一体何をしているんですか? 騒ぐ声が聞こえなかったら、あやうく通り過ぎてしまうところでした」
「さて、お前がヘタレの従者だったクソ生意気な奴である事を、今どうやって証明しようか?」
「簡単ですよ。小ガルニエ殿。死霊の使う幻術には実体がない。だから魔法で確認してみてください。僕も一応やります」
ジロは知る限りの感知魔法を駆使してあれは人間だと確認し、エリカを離す。
離されたエリカはジロを見る。
ジロはうなずいてみせると、エリカの顔に笑顔が弾けた。
「リーブ!!」
エリカが駆けだして……、そして派手に転ぶ。
う~~~っと言いながら、立ち上がり、また走り出すと、しゃがんで手を広げて待っていたリーベルトに抱きついた。
「どうして!? なんで!?」
っと言葉がまとまらないのか、興奮してリーベルトの登場に驚いている。
「どうして!? なんで、リーブなの!?」
エリカはキャーキャー言いながら、ペタペタとリーベルトの顔を触る。
それを見届け、ジロは煮干しや焼き干しの具合を確認するために野営地へと戻った。
後ろからはキャーキャーとはしゃぐエリカの声と、合流できてホッとしたのか、いきいきと嬉しそうに喋るリーベルトの声が聞こえてきた。




