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六年前の回想 パレード



 予定よりも二週間遅れの出発となった『聖女エリカ』の暮れの国への道行きは、各騎士団から選抜された楽隊の先導があり、式典用に煌びやかに着飾った千人もの騎士に囲まれ、街道を南にゆっくりと進む。


エリカを含める十五名が無事に幽界に着ける為の千人の護衛といえば聞こえがいいが、エリカを幽界へと確実に運ぶための棺桶だとも言えた。


 本来であれば、ペールと休戦状態のキヌサン魔法帝国経由で幽界隣接国のルイナス共和国へ行くのが危ぶまれたが、帝国皇帝からの強い要請によって一行はキヌサン領内へと深く入りこみ、第三帝都を通りぬけて行進した。


 王国内ではエリカを一目見ようとする見物人によってごった返し、異国であり、敵対国でもあるキヌサンでも帝国民からも、エリカ一行は真心のこもった温かな祝福を受けた。


 第三帝都では、さすがに魔法国皇帝は姿を現さなかったが、皇帝から近しい親族や魔法帝国宰相などのVIP達も出席した歓待式典も開かれた。


  ルイナス共和国に入国してからは、その見送る国民の様相が一変した。


 共和国民から、切実というよりも、熱狂的とも言えるほどの扱いを受けた。


 ルイナスは幽界隣接国と言う事もあり、この生け贄行によって国土の安泰が約束されるとあり、たびたび列からエリカへ感謝を伝えようとする人々が続出したため、行軍速度は遅れに遅れた。

 だが、けっして止まる事はなかった。


 王都を出発して一ヵ月後、ルイナス西部で、ついに人界と幽界との国境にたどり着いた。


 ジロが見た限り、国境線には狭い感覚で監視塔が建ち、その間には真新しい小屋が建ち並んでいる。その前には仮設のテントが地平の果てまで伸びている。

ルイナス国軍の大半がこの国境に来ているらしい。

 ルイナスの高官がジロの側へと馬を進め、ある方向を指さした。


 そこには柵で仕切られた真新しい兵舎があり、見送りである王国兵はそこで二ヶ月ほど滞在すると聞いた。

 それらをゴテゴテと装飾された煌びやかな白馬の上から見て、ジロは怒りが湧いてきた。

 無言の脅しである。戻ればルイナス国軍だけでなく王国兵までがお前達を幽界へと押し返すぞと。


 あれは、エリカが『使命』を果たさず、恐れをなして戻ってきた時に追い返す為の兵列だ。


 エリカがそんな覚悟でここに来ているか!と怒鳴りつけたくなった。

 兵を引けと叫びたかった。


 後ろで沿道の群衆ににこやかに笑みを浮かべて、馬車の中から手を振るエリカの首元を見る。

 

 首元には『聖女の願い』がある。

 うまく偽装されているが、繋ぎ目には人為的に魔法的細工が施され、一定距離まで離れれば首飾りが外れる仕組みとなっている。

 

 アーティファクトである『聖女の願い』固有の細工ではなく、伝え聞く事によれば、古代ペール大王国であった時代、王命を受けた伝説の大魔法使いハーゼンが付与した細工だと聞く。


 暮れの国の中心。その祭壇へと来ると首飾りが外れる仕組みだ。


 人の善意からではなく、悪意に似た猜疑心から生み出されたこの細工。

 そして国境線を兵で埋める事。

 その二つが聖女を送り出す詭弁のようにジロは感じた。


 ジロは先頭を下級騎士の一人と交替し、列を乱し後ろへ下がった。

「エリカ、疲れていないか?」

「大丈夫だよ。ちょっとお尻が痛いけど……」

 馬車から首を出して周りに聞かれないように身を乗り出してジロにそう言った。

 馬車の中には第四王女とルイナス王家の王女、そして神殿総長が同席していた。

「明日からはずっと徒歩行だ。今日は国境での休息になるからその間に治しておけよ」

「わかってるもん!」

 とエリカはニカっと笑った。

 相変わらずのスキっ歯だったが、永久歯が顔を見せている事をジロは発見した。


 二人に王国騎士団所属の副団長が近づいてきた。

「ガルニエ隊長殿。離れるようお願いします」

「あの人嫌い~~~~」

 と、人の好悪をあまり言わないエリカが小声で文句を言って、馬車の中へと引っ込んだ。

 ジロは名前も知らない副団長に会釈をして、列の先頭へと戻った。


 送別会はルイナス王国の趣向を凝らした物で盛大に行われた。

 わざわざこれだけのために建てられた迎賓館は煌びやかなものだった。

 エリカは普段見せないようなよそ行きの顔で辛抱強く挨拶を交わし、旅に触るからということで早々に部屋に戻っていった。

 ジロは護衛隊隊長として、エリカがいなくなった、この会の主賓となり色々な人物と代わる代わる挨拶を交わした。

 深夜になると会は続いたが、ジロも自室に戻り豪華なベッドに横になり……一睡もできずに夜が明けた。


 国境を越える前に最後のセレモニーが執り行われ、ジロ以下十三名は下馬し、誓いを立てた後、うっすらと霧のかかる幽界へと足を踏み入れた。



       ◆


徒歩で二時間ほどの場所、リーベルトが荷馬車の合流地点とした、街道から少し外れた見捨てられた農家の廃屋で、荷馬車が止まっていた。

 キョロキョロと周りを警戒していた荷馬車の主である二人はジロ達一行を見つけると駆けつけて来た。

 そしてジロの手を引っ張るようにして荷馬車に連れていく。


リーベルトの手配は確実で、指定した場所に兵士十人と下級騎士三人分の武器防具があった。

 馬車の番をしていた品のありそうな傭兵風の男達二人は、受領を見届けると我先に馬車に乗り、国境方面へと戻っていった。


 ジロは馬が欲しいと今ほど思った事はない。


だが馬は暮れの国には連れて行けない。馬だけではなく騎乗できる生物は一切、暮れの国へ足を踏み入れることを拒むと聞く。

 それだけではなく、どんなに訓練を積んだ馬でも死霊を感じると暴れ馬と化し、その上死霊に取り憑かれれば手強い敵に豹変する。


 魔界の北にある亜人支配地域には飛竜に乗る騎士なども存在すると聞く。

 飛竜ならばと、数々の苦難を乗り越え、協力を取り付けた聖女もいたらしいが、その飛竜と亜人の騎士一行もついには戻っては来なかった。


 魔法付与の鎧と剣を十人の兵士に渡す。

 そしてジロは自分の荷物から自分の分とエリカのアーティファクトを取りだし身につけた。

 下級騎士三人にもそれぞれアーティファクトを渡す。

 

 ガルニエ商会の財力によって、装備を更新された騎士と兵士を見渡すとジロには力が沸いてきた。



 全員に休憩を言い渡し、エリカを隣に座らせて、ジロは荷物の中から複写された『無題の日記』を取り出す。

 何度も何度も読み込んでいた本だが、皆に無用な恐怖を与えないために隊長であるジロしか、この日記帳を持っていない。


 その『無題の日記』とは別に『護衛行日記』が、ジロを含め十五人全員に配られている。

何人かの隊員は、さっそく日記帳を広げ、何かを書き込んでいる。

 それを見て他の隊員もワイワイと喋りながら、まっさらな日記帳を広げた。

 日記を書き、それを生きて持ち帰れば王国から報償金が出る。

 数回前の『暮れの国への道行き』から導入された報償だと聞いている。

 与えられるのは金貨三千枚という途方もない額だ。

 金貨一枚で農村で一家四人が三ヶ月は暮らしていける。

 だから皆は書いている。

 現実から目を背ける事にも繋がる、良いアイデアだとジロは思う。

 一日目のあらかたは、すでにジロも日記に記してある。

 アーティファクトの事、魔法付与の武具の事もすべて正直に書いてある。

 そして一日目以外にはこの事に触れないと決めている。

 いざというとき破り捨てる事になるかもしれないからだ。

 呪物のオルゴールについては、祭壇に着いてから書き込むかどうかを判断しようとジロは考えていた。


 この『一日目』にはマニーに不利益が事が書いてある。

 万が一生き残って人界に戻れたのであれば、これらアーティファクトの事について記述を改編するかどうするかは決めていない。

 マニー爺さまに迷惑がかからないようにしたい。とジロはおもっていた。



       ◆


 今まで、数百年で記録にあるだけで四十二回、聖女行の生き残りはいない。

 だがその道中の詳細は後世に伝わっている。

 いつの頃からか、全員が日記をつけて死んでいるからだ。

 後日その日記を、多国籍の回収部隊が回収し、それを元に編集してこうしてジロが持つ最新版の『無題の日記』が存在する。

 その為、今回の暮れの国の道行きでのルートは行き帰りとも厳密に決められている。


 無題の日記には幽界での注意点や襲われた死霊の種類や撃退法などがかき込まれている。

 無題の日記よれば、行きは決して険しい道行きではない。

 全員が無傷のまま祭壇へと辿り着いたという記録は数多くある。


 だが、祭壇へ『聖女の願い』を届けた後――

 その記述の数は激減する。

 激減というよりは、錯乱した恐怖で理性を失いつつも、己の悲運を後世に伝えようと記録がした記録が一点しかない。

 かかれた言葉を信じれば、祭壇に首飾りを収め、その塔から外に踏み出した途端に、膨大な数の死霊が聖女や護衛を喰い殺すという。

 その後、聖女だけを中に入らせた一行や塔から出なかったと書かれた記述もあったが、どちらの場合も聖女や一行は閉ざされた塔内で餓死し、全員が魂の無い生ける死体となりはて、日記が回収された。


 今回も半年後以降に『聖女救助隊』が派遣されると聞いている。

 この話は自分にだけしかされなかったのだろうとジロは判断していた。


 すべては後世の為に。

 

 国家間で『暮れの国への道行き』の作戦行動が取られる場合は常にそれだけが重要視されてきた。


 個人は切り捨てられる。

 ジロが手にする『無題の日記』からは推測できないが、一体何人が日記を最後の最後まで書き込んで死んでいったのだろうか?ジロはおもった。


 実はほとんどが重要な事が書かれずに回収されてきているのではとさえおもう。

 ジロは自分が実際に死を迎える時、自分で書いた聖女エリカの護衛日記を処分する誘惑に駆られるのではないかと今は心配している。

 千人近い犠牲者の大半がそういった自暴自棄になっていたとしてもジロは驚かなかった。


 だが、それでも日記はこうして残っている。

 自分の運命を呪い、日記に残さないという場合も多々あるはずだ。

 だが、善意の種を残して、死んでいった者達は後世にこの『暮れの国への道行き』への希望を託す為に記録を残した。


 そが今ジロの手元にある。

 そしてもう一方の手には白紙の日記がある。

 そしてジロは国家や人類のためではなく、エリカの為だけに、ここにいる。


 自分は、はたしてどちらに後の世に託すのかそれとも呪うのか、どちらに属する人間なのだろうかと、そうおもった。



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